国立感染症研究所

国立感染症研究所 実地疫学研究センター・同感染症疫学センター・同細菌第二部

2022年1月7日現在

(掲載日:2022年12月26日)

 百日咳は、百日咳菌(Bordetella pertussis)の気道感染により、約7~10日間の潜伏期間を経てカタル症状を呈して発症する。その後長く続く咳嗽に加え、連続性の咳嗽発作や咳嗽後の嘔吐、吸気性の笛声(whoop)といった特徴的な症状を呈する。合併症として二次性の肺炎やけいれん、脳症などを合併することがあり、特にワクチン未接種の乳幼児が罹患すると重篤化し易い。新生児やワクチン未接種の乳児が発症すると咳が明確でないまま重篤な無呼吸発作などを起こし、それに伴いチアノーゼやけいれんを認めることがある。呼吸管理のため入院加療となった症例を含む事例や死亡例の情報も報告されてきた1)。

 2017年12月31日まで、百日咳は感染症法上の5類感染症定点把握対象疾患であった。全国約3,000の小児科定点医療機関において診断された百日咳患者の年齢(群)、性別が毎週報告され、累積患者数、流行状況などを把握する重要な情報源として活用されてきた。しかし、小児科定点からのみの報告であり、感染源や予防接種歴などの情報は報告に含まれないなどの制限があった。また、届出基準が臨床診断(2週間続く咳嗽と特徴的な咳嗽)のみであり、重症例でありながら咳嗽の期間が短く届出基準を満たさず報告されなかった患者、定点医療機関の診療圏外で発生した集団発生などに含まれる患者などを含め、正確な百日咳患者の疫学状況を把握することは困難であった2)。

 より正確な国内の百日咳の把握の必要性が高まるなか、わが国では2018年1月1日から国内の百日咳サーベイランスはすべての医師が届出を行う5類全数把握対象疾患へと変更された。特異度の高い検査法として、遺伝子検査の1つである百日咳菌LAMP法(loop-mediated isothermal amplification)が開発され3)、同検査の健康保険適用認可などの環境も整ったことがその背景にもあったと考えられた。なお、届出にあたっては原則として検査診断が求められている。2021年6月3日から、イムノクロマト法による病原体の抗原の検出が届出基準に追加された4)。以下、2021年1月4日から2022年1月2日まで(2021年第1週から第52週まで)の百日咳サーベイランスの結果のまとめを還元する。なお、過去のまとめについては国立感染症研究所、百日咳のウェブサイトを参照のこと(https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ha/pertussis.html)。

 報告対象期間に感染症発生動向調査(NESID)へ746例の百日咳の報告があった(2022年1月7日現在)。そのうち、感染症法上の届出基準を満たし、かつ、「感染症法に基づく医師届出ガイドライン(第二版)(以下、届出ガイドラインと略す。)」5)において示された基準の考え方に合致するとみなされた患者は712例(95%)であった(以下、特記しない限り届出ガイドラインの基準を満たした患者について述べる)。全届出症例746例のうち、百日咳患者の都道府県別人口10万人あたりの報告数は、徳島県(6.0例)が最も多く、次いで福島県(5.9例)、熊本県(2.2例)であった。

図1. 百日咳症例の年齢分布と予防接種歴(2021年第1週~第52週)(n=712*)

(*)百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(第二版)に則った症例のみを抽出 https://www.niid.go.jp/niid/ja/pertussis-m/610-idsc/10875-pertussis-guideline-211228.html

 

 百日咳患者の年齢分布並びにワクチン接種回数を図1に示す。初回ワクチン接種前の時期を含む6か月未満児(2%)、1歳をピークとした1歳から5歳未満までの小児(25%)、6歳をピークにした5歳から15歳未満までの学童期の小児(23%)、さらには小児科定点報告では把握できていなかった20〜30代の成人(25%)においても患者が散見された。全体の45%に当たる320例に4回の百日せき含有ワクチン接種歴があり、5-15歳未満に限定するとその割合は84%(139/165例)であった。

 検査診断方法について複数の検査方法の記載がある場合、診断の確からしさに基づいて分離同定>遺伝子検査>ペア血清>単一血清抗体価高値、の順に一つの診断方法を選択した(イムノクロマト法は百日咳菌以外のBordetella属細菌に交差するため、今回の更新情報ではイムノクロマト法以外の診断方法を優先した)。そのうち、全届出症例746例では、単一血清抗体価高値が67%、次いでイムノクロマト法が28%であった。血清抗体価に基づく診断は、出来るだけペア血清を用いることが望ましいが、ペア血清による有意な抗体価上昇のみで診断された患者は1%であった。その他、百日咳菌の分離同定1%、遺伝子検査3%、臨床診断に加えて疫学的リンクありの患者は1%であった。単一血清抗体価高値のみで診断、報告された全481例のうち、届出ガイドラインの基準を満たす検査結果(抗PT-IgG抗体100 EU/mL以上、百日咳IgM/IgA抗体のいずれか、あるいは両方陽性)に基づいた報告例は460例(96%)であった。実施された検査方法の年齢別割合をみると、10歳未満ではイムノクロマト法の実施割合が高く、10歳以上では単一血清抗体価による診断例の割合が50%以上と高かった。また、2020年と比べて全体的に遺伝子検査の割合は減少した(図2)。国内では、精度の高いLAMP法が保険収載されており、より正確な百日咳の診断に有用であることから、LAMP法を含む適切な時期5)の病原診断を積極的に活用することが推奨される。

図2. 年齢群別の診断検査法の割合(2021年第1週~第52週)(n=712*)

(*)百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(第二版)に則った症例のみを抽出

 

 全届出症例のうち、重症化のリスクが高い6か月未満児の患者は、調査期間中に18例の報告があった。このうちワクチン未接種者が8例(44%)存在し、1回目の百日せき含有ワクチン接種前の時期に当たる3か月未満児の症例が6例(33%)含まれていた。また、6か月未満児の症例において推定される感染源は、同胞が最も多く(44%)、次いで父親(6%)、祖父母(6%)と報告されていたほか、感染源不明の症例が半数以上を占めた(家族内不明11%、不明44%)(推定感染源の重複あり)。診断方法はイムノクロマト法が9例(50%)で最も多く、次いで単一血清抗体価高値6例(33%)、ペア血清2例(11%)、遺伝子検査1例(6%)であった(ただし、この年齢群における血清学的診断は国際的には推奨されていない)。症状・所見としては、無呼吸発作が1例 (6%)であった。入院歴の記載があった症例は、6か月未満児の症例では1例(6%)であり、生後6か月以上の症例では13例(2%)であった。6か月未満の患児の感染源の多くが兄姉であったことから、これらの年齢層、特に学童期における百日せき含有ワクチンの追加接種等の対策の必要性が示唆された。

 百日咳のサーベイランスが原則として検査診断による全数報告に変更され、4年が経過した。小児科定点サーベイランスでは情報が不十分であった成人の百日咳や、診断方法、予防接種歴、さらには重症化のリスクが高い6か月未満児症例の感染源に関する情報が得られた。一方、2020年以降は百日咳の発生動向に変化が見られた。新型コロナウイルス感染症対策として、「人と人の距離の確保」「マスクの着用」「手洗いなどの手指衛生」などの感染対策の実施が推進したことによる影響が考えられる6)。2021年6月3日からはイムノクロマト法による診断が届出基準に追加されたが4)、本検査法は百日咳菌以外のBordetella属細菌に交差反応するため、百日咳の正確な検査診断の課題である。新しい検査法の普及に加え、新型コロナウイルス感染症の流行収束後には行動制限の緩和等により百日咳の発生動向が変化する可能性が高い。今後も現行の全数報告の維持と詳細なデータの分析、それらの情報に基づいた予防策の提言、実施が重要である。

 なお、感染症サーベイランスにおける届出基準、特に百日咳の届出ガイドラインにおける基準は、サーベイランスとして標準的な診断による患者報告を収集するためのものであり、臨床現場において医師が患者個々に対して行う診断とは異なることがあることに留意されたい。

 

関連資料 2021年第1週から第52週(*)までにNESIDに報告された百日咳患者のまとめ(2021年第52週週報データ集計時点 )

 

【参考文献】

1. Kilgore PE, Salim AM, Zervos MJ, Schmitt HJ. Pertussis: Microbiology, Disease, Treatment, and Prevention. Clin Microbiol Rev. 2016. 29: 449-86.

2. 国立感染症研究所「百日せきワクチンファクトシート」平成29(2017)年2月10日

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000184910.pdf

3. Kamachi K, Toyoizumi-Ajisaka H, Toda K, Soeung SC, Sarath S, Nareth Y, Horiuchi Y, Kojima K, Takahashi M, Arakawa Y. Development and evaluation of a loop-mediated isothermal amplification method for rapid diagnosis of Bordetella pertussis infection. J Clin Microbiol. 2006. 44:1899-902.

4. 厚生労働省健康局結核感染症課長「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第12条第1項及び第14条第2項に基づく届出の基準等について」の一部改正について 令和3年6月3日

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000788097.pdf

5. 百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(第二版)

https://www.niid.go.jp/niid/ja/pertussis-m/610-idsc/10875-pertussis-guideline-211228.html

6. 新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針令和2年3月 28 日(令和2年5月 14 日変更)新型コロナウイルス感染症対策本部決定

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/kihon_h_0514.pdf

 

 


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