国立感染症研究所

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本邦初報告となるロスリバーウイルス感染症の輸入症例

(IASR Vol. 34 p. 380-381: 2013年12月号)

 

ロスリバーウイルス(Ross River virus: RRV)感染症は主にオーストラリアを中心としたオセアニアでみられる、RRVによって引き起こされる感染症である。これまで日本国内において確定診断された症例はなく、今回本邦初の症例を経験したため報告する。

患者は31歳の女性で、主訴は関節痛であった。2013年1月13日からワーキングホリデーを利用して、オーストラリアに渡航していた。2月28日~3月6日までタスマニアへ旅行した以外はメルボルンに滞在していた。3月14日の起床時に左足背の疼痛と腫脹、右膝の疼痛を自覚し、歩くのも困難なほどであった。翌日には疼痛が悪化し関節可動域制限も出現したため、現地で家庭医を受診した。血液検査を施行されたところ、WBC 4,600/μl、Hb 13.9g/dl、Plt 180,000/μl、ESR 7mm/hr、AST 20IU/l、 ALT 14IU/l、CRP 0.03mg/dl、その他検査でも特記異常なく、原因ははっきりしないとのことで消炎鎮痛薬処方となった。その後も症状は軽快、悪化を繰り返しながら持続したため、4月中旬に現地の整形外科を受診した。血液検査を施行され、WBC 3,800/μl、Hb 12.3g/dl、Plt 180,000/μl、ESR 5mm/hr、その他の検査でも特記すべき異常はみられなかった。RRV、バーマ森林ウイルスといったウイルス疾患も考慮され、ウイルス抗体検査に提出され、消炎鎮痛薬にて経過をみることとなった。5月初旬から疼痛は徐々に改善し、またこの頃RRVの抗体検査が陽性であったことが判明した(現地検査の結果:RRV serology; IgG antibody: low positive、IgM antibody: positive 2013/4/19、IgG antibody: positive、IgM antibody: positive 2013/5/9)。症状が続くため5月12日に帰国し、関西空港検疫所からの紹介で5月15日に当院受診となった。経過中、発熱、皮疹など関節痛以外の症状はなかった。

初診時、意識清明で血圧109/59mmHg、脈拍76回/分、体温37.4℃であった。左足関節、足背に自発痛・圧痛あるが腫脹熱感発赤なく、右膝に自発痛・圧痛あるが腫脹熱感可動域制限といった関節炎所見はなかった。その他特記すべき身体所見はみられなかった。当院初診時の血液検査においても炎症反応の上昇はなく、特記すべき異常値を認めなかった。

オーストラリアで発症した関節炎を主体とした症状、現地での検査結果より、RRV感染症を疑い、国立感染症研究所に検査を依頼した。初診時の血液検査にて、RRV IgG ELISA(panbio)陽性、IgG absorbed IgM ELISA(panbio)陽性、IgM capture ELISA(in house)陽性であり、RRVの急性感染と考えられた。その後初診時から2週間後に再度検査を行ったが、やはりRRV IgGは陽性であり、IgMはcapture ELISAにおいて、1:1,600から1:400と抗体価の低下を認め、RRVの急性感染として矛盾しない所見であった。そのためRRV感染症と診断した。

RRVは蚊によって媒介されるアルボウイルスの一種であり、トガウイルス科、アルファウイルス属に分類される。オーストラリアでは毎年約4,000人の患者が発生しており、主に北部、西部を中心に、雨期(12月~2月頃)に流行する。オーストラリア以外でも、パプアニューギニア、ニューカレドニア、フィジー、サモア、クック諸島といった近隣の国で発生が報告されている1)

RRV感染症の潜伏期間は通常7~9日であるが、3~21日に及ぶこともある2)。関節炎・関節痛、皮疹や倦怠感、筋肉痛、発熱、リンパ節腫脹といった全身症状が主な症状である。関節炎・関節痛はほぼすべての患者に生じ、主として小関節、多発性で、手関節、膝関節、足関節、指関節、肘関節などが対称性に侵される。関節痛が長期間続くことが特徴で、通常3~6カ月、ないしそれ以上続く場合もある。皮疹は1~5mmの紅色斑状丘疹がおよそ50%の患者にみられる。倦怠感は50%以上、筋肉痛は58%、発熱は33~50%の患者でみられる1)。全身症状は通常1週間程度で軽快する。 

診断には流行地への渡航歴と、蚊への曝露を問診することが重要となる。検査所見の異常は少なく、時にわずかな白血球の上昇、赤沈の亢進がみられる。CRPは正常なことが多い。血清学的診断として、ELISAによる抗体検査が流行地であるオーストラリアでは利用できる2) 。日本の一般検査会社は抗体検査を実施していないが、国立感染症研究所ウイルス第一部第2室に依頼できる。ウイルス血症は感染後数日しか持続せず、その時期にPCRでRNAを検出できることもあるが、感度は高くない。IgMは感染後数カ月持続するので、IgMの検出は最近の感染を示している。またIgGのペア血清を測定し、陽転あるいは有意な上昇がみられれば最近の感染と考える。

治療はNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)による対症療法を行う。ワクチンはなく、防蚊対策が予防には重要である。

これまで日本で確定診断されたRRV患者の報告はない。しかし、ドイツ、シンガポール、イスラエルでは既に渡航者におけるRRV感染症が報告されており3-5)、日本からオーストラリアへの渡航者の多さを考えると、今後日本でも輸入症例の診断が増加するものと思われる。

原因不明の関節痛、発熱、皮疹の患者を診る際には、RRV感染症も念頭において、流行地への渡航歴を確認する必要がある。

 

参考文献
1) Harley D, Sleigh A, Ritchie S, Ross River virus transmission, infection, and disease: a cross-disciplinary review, Clin Microbiol Rev 14: 909-932, 2001
2) Harley D, Suhrbier A, Ross River Virus Disease, In: Magill AJ, Ryan ET, Hill DR, Solomon T, editors, Hunter’s tropical medicine and emerging infectious diseases (Ninth edition), Elsevier inc p315-317, 2013
3) Tappe D, Schmidt-Chanasit J, Ries A, Ziegler U, Muller A, Stich A, Ross River virus infection in a traveller returning from northern Australia, Med Microbiol Immunol 198: 271-273, 2009
4) Hossain I, Tambyah PA, Wilder-Smith A, Ross River virus disease in a traveler to Australia, J Travel Med 16: 420-423, 2009
5) Kivity S, Eyal M, Hanna B, Eli S, Protracted Rheumatic Manifestations in Travelers, J Clin Rheumatol 17(2): 55-58, 2011

 

京都市立病院感染症科 
     杤谷健太郎 篠原 浩 土戸康弘 清水恒広
国立感染症研究所ウイルス第一部第2室 
     モイメンリン 高崎智彦

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