国立感染症研究所

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北海道における新規オルソナイロウイルス(エゾウイルス:Yezo virus)によるマダニ媒介性急性発熱性疾患の発見

(IASR Vol. 41 p11-13: 2020年1月号)

北海道でマダニと思われる虫刺咬後, 発熱と下肢痛を主訴に受診した患者より, 過去に報告されていない新規オルソナイロウイルスが検出された。この新規ウイルス感染症について, 検査法の整備, より詳細な調査研究が必要と考えられる。

患 者

患者は, 高尿酸血症, 高脂血症の既往歴がある札幌市在住の40代男性。5月中旬(刺咬当日)道央圏域の山林にて約4時間滞在し山菜採取を行った。同日マダニの目撃や刺咬の自覚はなく, 体調は普段と変わらず過ごしていた。刺咬翌日の夕方, 右側腹部に米粒大の虫刺咬に気付き自己抜去した。刺咬後5日目の朝から39℃台の発熱が出現しその後も持続した。刺咬後7日目には両下肢痛が出現し歩行困難となったため, 刺咬後9日目, 精査・加療目的に市立札幌病院に入院した。

入院時, 血圧138/96mmHg, 脈拍99/分, 体温38.9℃。右下腹部に虫刺咬痕と思われる小丘疹とその周囲の発赤を認めたが, その他身体所見に明らかな異常は認めなかった。入院時, 白血球1,600/μL(Baso 1.0%, Eos1.0%, Stab3.0%, Gran65.0%, Lym24.0%, Mono 5.0%, A-Ly1.0%), ヘモグロビン 15.2g/dL, 血小板 87,000/μL, Dダイマー5.5μg/mL, AST 3703U/L, ALT 1783U/L, LDH 4069U/L, ALP 188U/L, CK 5847U/L, CRP0.63mg/dL, フェリチン55,200ng/mL。尿検査にて潜血3+, 赤血球1~4個/HPF, ミオグロビン尿を認めた。HBs抗原, HBc抗体, HCV抗体, HIV1/2スクリーニング検査, IgM-HAV抗体, IgG-HAV抗体, IgA-HEV抗体, TP抗体定性, RPR定性は陰性であった。EBウイルスDNAは4,500コピー/mLであったが, EBウイルス抗体はVCA IgG抗体とEBNA IgG抗体ともに陽性, VCA IgM抗体とEA IgG抗体ともに陰性で既感染パターンを示した。サイトメガロウイルス抗体はIgM・IgG抗体とも陰性, CMVアンチゲネミア(C10/11法)は陰性であった。胸腹部骨盤造影CTにて明らかな感染源や臓器腫大は認めなかった。

入院日より回帰熱, ライム病を疑いセフトリアキソンが開始された。症状が持続したため, 入院3日目にリケッチア感染症を疑いドキシサイクリン, さらに野兎病を疑いゲンタマイシンを追加した。同日行った骨髄生検では検体のほとんどが末梢血であったが, わずかに血球貪食像が認められた。入院5日目, 著明な異型リンパ球増多(白血球 8,200/μL, A-Ly 76.0%) が出現したが, CD45ゲーティング, 骨髄生検, 臨床経過から造血器悪性腫瘍は否定された。入院日ならびに入院15日目のライム病IgM・IgG抗体, 回帰熱IgM・IgG抗体, ダニ媒介脳炎ウイルス中和抗体, 日本脳炎ウイルス中和抗体, ツラレミア抗体, リケッチア抗体は陰性, 入院日の血液培養2セット, ライム病ボレリアPCR, 回帰熱ボレリアPCR, 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスPCRは陰性であった。これらの検査からはボレリア感染症, リケッチア感染症, 野兎病, ダニ媒介脳炎, 日本脳炎, SFTSの診断に至らなかった。抗生物質はセフトリアキソン8日間, ドキシサイクリン14日間, ゲンタマイシン6日間を投与した。入院5日目より症状改善し後遺症なく入院15日目に自宅退院となった。

入院2日目にマダニ刺咬部位と思われる小紅斑を皮膚生検し精査を行った。皮膚検体からはRickettsia helveticaと一致するgltA遺伝子領域の増幅産物が得られ, マダニによる刺咬が疑われた。

オルソナイロウイルス検出経緯

ウイルス性疾患が強く疑われる病態から, 遺伝子学的検査にてフラビウイルス, アルファウイルス, およびフレボウイルスの検出を試みたが陰性であった。入院日の患者血清をVero細胞に接種し, この培養上清を次世代シークエンサーで解析したところ, オルソナイロウイルスの遺伝子断片が検出された。この遺伝子断片を検出するプライマーを用いて検査を実施したところ, 入院からおよそ10日間, 患者血清および尿からウイルス遺伝子が検出された。

さらなる解析により, オルソナイロウイルス遺伝子である3分節RNAの塩基配列を解読できた。本ウイルスをエゾウイルス(Yezo virus, YEZV)と呼称することとした。系統解析により, YEZVがTamdy血清群に近縁な新規ウイルスであることが明らかとなった()。

考 察

患者の病態からウイルス性熱性疾患が強く疑われた。患者回復とともにYEZV遺伝子が検出されなくなったことや, その他疾病の除外診断から, YEZVが原因の急性熱性疾患の可能性が極めて高い。発熱を伴う白血球減少・血小板減少症は同じくウイルス性のマダニ媒介性疾患であるSFTSに類似した症状であった。フェリチンの著明高値は血球貪食症候群を示唆したが, 今回検査した骨髄検体においては確定診断には至らなかった。また両下肢痛, CK高値, ミオグロビン尿から, 本患者では筋炎や横紋筋融解様の病態が特徴的と考えられた。

オルソナイロウイルス属のウイルスは多くがダニ媒介性であり, 人に病原性を持つウイルスが複数確認されている。特に, YEZVに近縁なTamdy血清群に属するTacheng tick virus 1は, 中国でマダニ媒介性熱性疾患との関連が報告されている1)。したがって, YEZVがマダニ媒介性熱性疾患の病原となる蓋然性は高い。ウイルスの分離培養や回復期血清中の抗体検出は現在試行中である。

今後, 類似疾患患者の発生に注視し, YEZV感染症の発生動向を調査する必要がある。特に, SFTS様症状でSFTSウイルス感染が否定された患者については, 北海道内外を問わずYEZV感染を疑うべきであろう。また, マダニや野生動物におけるYEZV感染状況を調査し, ウイルスの分布地域を明らかにすることが急務である。

 

参考文献
  1. Liu X, et al., Clin Infect Dis, 2019 doi: 10.1093/cid/ciz602.
 
 
市立札幌病院 感染症内科
 児玉文宏 枝川峻二 永坂 敦
北海道大学大学院 獣医学研究院 微生物学教室
 松野啓太
北海道大学大学院 獣医学研究院 公衆衛生学教室
 好井健太朗
北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 分子病態診断部門
 澤 洋文
札幌市保健所
 山岸彩沙 古澤 弥 山口 亮 矢野公一
北海道立衛生研究所
 山口宏樹 後藤明子 駒込理佳 三好正浩 伊東拓也
北海道保健福祉部健康安全局
 小山内佑太 角 千春
国立感染症研究所 獣医学部
 堀田明豊 前田 健
国立感染症研究所 ウイルス第一部
 安藤秀二 西條政幸

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