IASR-logo

3類感染症に位置づけられる主な腸管細菌感染症の発生動向

(掲載日 2016/10/18)

コレラ、細菌性赤痢、腸チフス、パラチフスはそれぞれ輸入感染症として重要であり、現在の感染症法下で全数届出疾患(いずれも3類感染症)として感染者数が把握されている。本稿では、これら4つの細菌性腸管感染症について、感染症発生動向調査の報告を基にした近年の発生状況を記述し、現在および今後の問題点を考察する。

1.細菌性赤痢

感染症法施行後(1999年4月~)は毎年減少し続けていたが、直近3年間では年間140~160例の報告で横ばいとなっている()。例年、国外感染例が過半数を占めるものの、国内での感染も一定数みられている。国外感染の地域は、従来と変わらずアジアが多く、国別ではインド90例、インドネシア47例、フィリピン、カンボジア各32例などでの感染が多く報告されている(渡航先複数例を含む)。菌種ではShigella sonneiの報告が最も多く、S. flexneriがそれに次ぐ。

一方、国内では2014年に幼稚園で、2015年には小学校においてS. sonneiの集団感染事例が発生している。集団感染例を除くと、国内感染例は疫学的関連の不明な散発例が多い。海産物の喫食が原因と推定された感染例もみられるが、感染原因不明例が大半を占めている。

なお、近年国内でも男性同性間性的接触(MSM)による細菌性赤痢のアウトブレイクの報告1)があり、今後性的接触による感染にも留意する必要がある。

2.腸チフス

報告の大半は国外感染例であり、2011年は21例で旧伝染病予防法時代を含め過去最少の報告数であった()。一方、2013年は関東地域で原因不明の国内感染例の散発が相次いで発生し2)、国内感染が26例(40%)と増加して、感染症法施行後では最多となった。また、2014年にも19例の国内感染が報告され、このうちの半数以上は東京都内の飲食店で起きた食中毒の患者であった3)。

国外感染例の直近5年間における推定感染地は、インドが55例で最も多く、次いでインドネシア21例、ネパール20例、ミャンマー13例、バングラデシュ11例などであり、南アジア、東南アジアでの感染が多数を占めた。

近年は、日本に住む腸チフス流行地域出身の在留外国人が、友人や親類を訪ねるために母国へ渡航(visiting friends and relatives : VFR)した際に感染したと思われる患者も一定数報告されている。保菌者が感染源となりうるというチフス菌の特徴から、国内では輸入食品を介した感染の可能性だけでなく、VFR患者(または保菌者)を介した感染(水・食品媒介、接触等)にも今後は留意する必要がある。

3.パラチフス

従来は年間20~30例程度の報告であったが、直近3年間は年によって報告数が大きく変動した()。国内での感染は稀で、直近5年間では国外での感染が報告の94%を占めた。国外感染例の主な渡航先(推定感染地)としては大多数がアジアで、特にインド、バングラデシュなどの南アジアが従来は多く、他にインドネシアなども多く報告されていた。しかし、2013年はカンボジアへの渡航者が16例と急増し4)、例年最も多い感染地であったインドを上回り、パラチフス患者報告増加の一因となった()。また、2015年にはミャンマー渡航歴のあるパラチフス患者が18例と増加し、報告の過半数をミャンマーにおける感染者が占めた()。

年によって報告される感染地が変化した理由は、日本からの渡航者数の増減だけでなく、現地の流行状況、渡航者の訪問先など様々な要因が関係していると思われる。近年ミャンマーを訪れる渡航者数は日本人を含めて増加の一途をたどっており、パラチフスのみならず腸チフスや細菌性赤痢の患者報告も増加傾向にあるため、流行地として注意が必要である。

4.コレラ

2012年以降は10例未満の報告が続いている()。直近5年間に報告された患者は、2011年の1例を除いていずれも国外での感染である。患者の渡航先(推定感染地)は、フィリピン14例、インド10例が多く、他に中国、インドネシア、マレーシア、シンガポール、ウズベキスタン、バングラデシュが各1例であった。なお、2015年の7例はすべてフィリピンでの感染が推定されていた。患者から分離されたコレラ菌株のほとんどはO1エルトール小川型であったが、中国での感染者1例からはO139が分離された。

国外感染例の感染地はほとんどがアジアであり、インドやフィリピンでの感染が多い傾向は従来と変わっていない。

 

感染症法施行後、上述した4疾患はいずれも国外感染例の減少が全体の報告数減少に反映されてきた。一方で、2007年の検疫法改正後、コレラが検疫疾患から除外されたことで、下痢症患者に対する検便検査の法的根拠が無くなり、検疫所で下痢などの申し出のあった者に対する検便が実施されなくなった。そのため、海外渡航後の下痢症患者が医療機関へ受診する機会が減少していると思われ、近年の国外感染例の報告数は必ずしも実態を正確に反映しているとは言えない。輸入感染症対策として、海外渡航者に対して渡航先の感染症情報の提供と注意喚起をすること、ならびに渡航中/帰国後に下痢を発症した者に対し検疫所への相談、医療機関への受診を促すことが必要である。

 

参考文献
  1. Okame M, et al., Shigella sonnei outbreak among men who have sex with men in Tokyo, Jpn J Infect Dis 65: 277-278, 2012
  2. 齊藤剛仁, 腸チフスの発生動向と小児―海外渡航歴のない患者の増加(2013年)―, 小児科 55: 1037-1045, 2014
  3. 市川健介ら, 生サラダが原因と推定されたチフス菌による食中毒事例―東京都, IASR 36: 162-163, 2015
  4. Saitoh T, et al., Increase in paratyphoid fever cases in Japanese travellers returning from Cambodia in 2013, Epidemiol Infect 144: 602-606, 2016
 
国立感染症研究所感染症疫学センター

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan