国立感染症研究所

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ラット咬傷歴が認められない鼠咬症例

(IASR Vol. 38 p.43-44: 2017年2月号)

はじめに

鼠咬症(Rat bite fever)は, 主としてラット(ドブネズミやクマネズミ)に噛まれることに起因する動物由来感染症である。3~10日の潜伏期を経て菌血症を起こし, 皮疹や発熱, 多発関節炎などを来たす比較的稀な感染症であるが, 意識障害や肺炎, 髄膜炎など多彩かつ重篤な病態を合併する場合もある1)。今回我々は, ラット咬傷歴が認められない鼠咬症例を経験した。

 症 例

76歳, 男性。2016年9月某日, 午後に過度の眠気を訴え, 夕食摂らず眠っていた。同夜, ベッドの下を漁るような異常行動と言葉が出にくいことに家族が気づいたが, そのまま様子を見ていた。翌朝, 呼びかけに対する反応が悪くなり, 家族とともに当院救急外来を受診した。

初診時の理学所見は, 体温 37.3℃, 脈拍数 92/分(整), 血圧 161/104 mmHg, SpO2(room air) 95%, JCS(Japan Coma Scale)-10で尿失禁状態であった。瞳孔は偏位なく左右同大, 頭痛や嘔吐, 項部硬直など髄膜炎を示唆する所見はなかった。四肢の麻痺はなく, 聴診上心雑音や肺ラ音は聴取しなかった。腹部に異常所見はなかった。右肘関節痛と左股関節痛を認めた。血液生化学所見は, WBC 18,690/μL, Hb 14.9 g/dL, Hct 44.5%, Plt 13.7×104/μL, T-Bil 2.1 mg/dL, γGTP 69 IU/L, BUN 19 mg/dL, Cr 0.98 mg/dL, BS(随時) 176 mg/dL, CRP 5.5 mg/dL, Na 138 mmol/L, K 3.9 mmol/L, Cl 102 mmol/L, Ca 10.1 mg/dL, CPK 107 IU/L, ミオグロビン 138.7 ng/mL, NH3 27 μg/dL, 赤沈56 mm(1時間), 100 mm(2時間)であった。頭部CTでは, 左視床, 基底核および大脳白質に多発する陳旧性梗塞を認めたが, 意識障害を来たすような急性期病変はなかった。胸部~骨盤部造影CTでは, 右肺下葉背側にごく軽度の浸潤影を認めたが, その他に器質的疾患は指摘できなかった。

意識障害の原因が確定できず, 入院のうえ精査を行う方針としたが, WBCとCRPの上昇より感染症や膠原病を疑った。右肺下葉背側の浸潤影は, 意識障害に伴う誤嚥性肺炎の可能性を考えた。補液のみで意識状態はJCS-1まで改善したが, 37℃台前半の発熱と肘関節痛, 腰痛は遷延した。甲状腺機能は正常, 抗核抗体 40倍, 抗Jo-1抗体陰性, 抗ds-DNA抗体陰性であり,代謝性疾患や膠原病は否定的と考えられた。脳波検査でも明らかなてんかん波は認めなかった。入院第4病日にすべての血液培養検体(好気および嫌気, 各2本)からグラム陰性のフィラメント状桿菌が検出された(培養2日目に陽転)。細菌感染症を示唆するプロカルシトニンも1+であったため, 同日よりタゾバクタム/ピペラシリン4.5g×2/日の投与を開始した。入院第7病日には解熱し, WBC 8,740/μL, CRP 0.8 mg/dLと低下, 意識状態も清明となった。分離培養では, ヒツジ血液寒天培地から淡白色の微小なコロニーが純培養上に得られたが, 自動分析装置(VITEC2 compact)では同定不能であった。そのため, 山形県衛生研究所にて16S rRNA遺伝子のダイレクトシークエンスを実施したところ, 得られた塩基配列(Genbank accession no. LC192962)が, Streptobacillus moniliformis基準株(CP001779)の配列と100%一致した。一方で, 同じくラットの保菌が報告されているS. notomytisおよびS. rattiそれぞれの基準株(KR001919およびKR001922)とは, 98.5%(1,420/1,441bp), 97.9%(1,411/1,441bp)の一致率であった。また, 患者の生活環境をあらためて聴取したところ, “屋外に通じる犬用の出入り口や排水口を伝わって侵入したラットが, 家の壁に穴をあけて自由に出入りしている。” といったラットや, その糞尿との接触が起こりうる生活環境であったことが判明した。これらのことから, 軽度の肺炎のみで意識障害が引き起こされるとは考えにくく, 血液培養から検出された起因菌S. moniliformisによる菌血症が意識障害の原因であると判断した。患者は, 抗菌薬投与が奏功し, 入院第13病日に軽快退院となった。

考 察

鼠咬症の起因菌として, グラム陰性桿菌であるS. moniliformis, および, らせん菌であるSpirillum minusが知られている1)S. moniliformisは野生ラットの口腔内常在菌であるが, 2015年にクマネズミ由来株が, S. notomytisとして, S. moniliformisから独立した新菌種として提唱された2)。本症例では16S rRNA遺伝子塩基配列解析によりS. moniliformisと同定され, ドブネズミ由来の感染が疑われるが, 今後, 鼠咬症の原因となるStreptobacillus属菌の簡便な鑑別手法の確立が望まれる。

鼠咬症は, ラットに噛まれて発症することが多いが, ラットとの直接的な接触機会が減った近年では, 本疾患に日常臨床で遭遇する機会は稀であると思われる。しかし, 特にS. moniliformisについては, ラットやその糞尿によって汚染された飲食物等を介した経口感染や吸入感染もよく知られている(Haverhill fever)1,3,4)。本症例も明らかなラット咬傷歴がみられないことから, 上記経路での感染と推定される。発熱, 皮疹, 移動性の多発関節痛を特徴的な症状として, 稀に意識障害や肺炎, 髄膜炎, 肝炎, 心内膜炎など多彩かつ重篤な病態を合併する1,5)。未治療時の致命率は13%とされる5)。確定診断には, 血液や病変部からの菌分離・同定が必要である。治療は, ペニシリン系, セフェム系, テトラサイクリン系の抗菌薬が奏功する。本症例では, 発熱と多発関節痛は認めたが, 特徴的な皮疹やラット咬傷歴がなかったこと, 生活環境について十分な聴取が行われなかったことなどより, 鼠咬症を鑑別疾患として想起することができなかった。原因不明の発熱や意識障害, 特徴的な皮疹がみられた場合には, 患者の居住環境を含む問診(トイレや水質環境, ペットや家畜の飼育歴, 野生動物の存在・接触等)を行い, そして疑いがあれば, 稀な感染症である鼠咬症も鑑別疾患の1つとして挙げるべきであると考えられた。

 

参考文献
  1. 今岡浩一ら, 鼠咬症 (Rat-bite fever), 別冊 日本臨床新領域症候群シリーズ 2013; 24: 181-185
  2. Eisenberg T, et al., Int J Syst Evol Microbiol 2015; 65: 4823-4829
  3. Joshi RM, et al., Med Princ Pract 2010; 19: 409-411
  4. Nei T, et al., BMC Res Notes 2015; 8: 694
  5. Washburn RG, Streptobacillus moniliformis (rat-bite fever), Principles and practice of infectious diseases, 5th edition, Churchill Livingstone 2000; p2422-2424

米沢市立病院
 循環器科 小野寺 啓 上北洋徳 渡邊達也 平 カヤノ
 臨床検査科 渡部千沙 齋藤博子
山形県衛生研究所微生物部 瀬戸順次 鈴木 裕
国立感染症研究所獣医科学部 今岡浩一

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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