本邦における風疹サーベイランスの実施状況
(IASR Vol. 43 p291-293: 2022年12月号)はじめに
風疹の「排除(ある地域において, 常在するウイルスによる伝播のない状態)」, さらには「根絶(世界中で患者発生のない状態)」を達成するべく, 現在各国が風しんワクチンの接種率の向上, サーベイランスの強化, 積極的な啓発活動などに取り組んでいる。
世界保健機関(WHO)における風疹排除の定義は, 適切なサーベイランスシステムの存在下で, ある地域や国において, 国内由来, 海外由来にかかわらず12カ月間以上伝播を継続したウイルスがなく, 地域流行にともなう先天性風疹症候群(CRS)も認められない状態, とされている。さらに, 排除認定を受けるには, この状態が3年間維持されることが必要である。
感染症法における風疹のサーベイランスは, 2008年に5類感染症全数把握疾患へと変更となり, 風疹を診断したすべての医師に対し届出が義務化された。現行のサーベイランス体制になった後, 2012~2013年, 2018~2019年に成人男性を中心とした流行と関連するCRSの報告を認めた1-3)。また, 海外からの持ち込みを発端とするアウトブレイク事例も散見された2,3)。
WHOの風疹排除認定の条件には, 風疹を疑う患者すべてに対し, 迅速に調査および検査を行うことが求められている。本邦では, 2014年に厚生労働省は, CRSの発生をなくすとともに風疹の排除を達成することを目標とした, 「風しんに関する特定感染症予防指針」(以下, 指針)(2017年最終改正)を告示し, 都道府県等に対し, 疑い症例が1例でも発生した際には, PCR検査を含む積極的疫学調査等の実施を求めている。また, 迅速な行政対応を行うため, 感染症発生動向調査システム(NESID)への届出は臨床診断(疑い例)の時点で届出を行うこととし, その後, 検査結果, 臨床症状, 疫学調査の結果等を総合的に勘案した結果, 風疹ではないと診断された場合は届出を取り下げ, その際に都道府県等は取り下げの理由を記載し, 国に報告することとしている。
今回, 国内の風疹サーベイランスの実施状況を評価するため, 2018~2021年までに管轄保健所がNESIDに登録した風疹の届出状況や疫学情報についてまとめた。
対象と方法
1. 対象: 2018~2021年にNESIDに登録された風疹の届出症例(その後届出取り下げとなった症例を含む)を評価対象とした。
2. 方法: NESIDに登録された風疹疑い例のうち, 届出内容の評価や検査結果等で風疹と診断確定となった症例群(確定例)と取り下げとなった症例群(削除例)の疫学情報やPCR検査を含む積極的疫学調査等の実施状況結果を記述し, それを基にサーベイランスの実施状況を評価した。届出医療機関や保健所が備考欄に記載した情報も用いて解析した。
結 果
風疹の確定例と削除例における診断週別の報告数を図に示す。
4年間で確定例は5,350例, 削除例は確定例の約半数に当たる2,358例であった。確定例が少ない時期には報告数全体に占める確定例の割合も低い傾向を認めた。
確定例の基本属性は, 男性4,261例(80%), 女性1,089例(20%), 年齢中央値39歳(四分位範囲:29-46歳), ワクチン接種歴は, 2回接種が87例(2%), 1回接種が356例(7%), 未接種者1,260例(24%), 不明3,647例(68%)であった。
削除例の基本属性は, 男性1,261例(53%), 女性1,095例(46%), 不明2例(1%), 年齢中央値28歳(四分位範囲:17-41歳), ワクチン接種歴は, 2回接種完了者403例(17%), 1回接種者537例(23%), 未接種者357例(15%), 不明1,061例(45%)であった。
削除例2,358例のうち, 取り下げ理由の記録が確認された報告例は1,811例(77%)であった。このうち取り下げ理由がPCR検査結果陰性が1,445例(80%), 検査結果(検査の内容等詳細については記載なし)205例(11%), 抗体検査結果陰性が99例(5%), ワクチン株の検出25例(1%)など検査結果に基づくもののほか, 症状不一致18例(1%), 別疾患と診断5例(0.3%)の記載も認めた。PCR検査結果が陰性と記載のあった届出で, 発病日とPCR検体採取日の登録があった785例のうち, 692例(88%)は発病から7日以内に検体が採取されていた。風疹ウイルス以外の病原体が検出された症例は115例あり, パルボウイルスB19 68例(59%), 麻疹ウイルス29例(25%), ヘルペスウイルス6型または7型11例(10%)の順で多かった(重複あり)。
なお, NESID上, 削除例を発端とした二次感染は確認されなかった。しかし, 確定例からの二次感染は複数確認された。
考 察
風疹は2018~2021年において, 少ない年で約70例(2021年), 多い年で約4,000例(2018年)の届出(削除例含む)がされていた。削除例は, 確定例に比較し, 男性の割合が低く, 年齢が低く, ワクチン2回接種の割合が高い傾向が認められ, 確定例の基本属性とは異なっていた。PCR検査陰性取り下げ例の多くは適切な時期に検体が採取されていた。PCR検査陽性となった場合においても, ワクチン接種歴の情報を鑑み, 検出されたウイルス株がワクチン由来か否かを判定するために遺伝子解析が実施されていた。
以上より, 国内の風疹サーベイランスは, 麻疹サーベイランスと同様に4), 疑い症例が探知された段階での迅速な発生届の提出, 確実な診断のための検査対応, 聞き取り調査等による疫学情報の収集, これらの結果に基づいた確定診断・取り下げの判断, 取り下げ時の対応などが行われ, 医療機関, 自治体, 地方衛生研究所の尽力によりWHOが求める質の高いサーベイランスが行われていると考えられた。
現在, 国内では風疹患者報告が少ない状況にあるが, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により制限されていた国際的な人の往来が段階的に緩和されてきており, 今後, 海外から風疹が持ち込まれ国内で再流行することが危惧される。国内での流行を防ぎ, 風疹の排除を達成するためには, 第5期予防接種を含む予防接種の強化に加え, 発生時に迅速な対応を行うことが重要であり, 質の高いサーベイランスの果たす役割は一層大きくなる。
謝辞:日頃より風疹の診療や発生動向調査にご尽力いただいております医療機関や各自治体関係者の皆様に深謝いたします。
参考文献
- 発生動向調査年別報告数一覧 5類感染症(全数)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/10410-report-ja2020-30.html(2022年10月24日accessed) - Kato H, et al., Vaccine 381(46): 7278-7283, 2020
- 小林祐介ら, IASR 38: 188-190, 2017
- IASR 43: 211-213, 2022