国立感染症研究所

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HUS患者血清中の抗大腸菌抗体価の解析

(IASR Vol. 33 p. 130-131: 2012年5月号)

 

感染症発生動向調査における腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の届出基準は便からのEHECの分離・同定に加え、EHECが分離されない溶血性尿毒症症候群(HUS)発症例においては便からのVero毒素の検出や血清中の抗大腸菌抗体等の検出によって診断された場合にも届出の対象となっている。HUS患者におけるEHECの分離率は60~70%[2008~2010年(注1)]であり、患者血清中の抗大腸菌抗体価の測定による確定診断例は残りの約30%を占める。

2010(平成22)年11月~2011(平成23)年3月にかけて実施した地方衛生研究所等における患者血清中の抗大腸菌抗体価の測定実施に関するアンケート調査によると、全国の78施設のうち、47施設(60%)が未実施(うち、3施設は過去に検査実績あり)、11施設(14%)が実施中、20施設(26%)が不明または回答なし、であった。2011年に富山県・福井県を中心として発生したO111による集団発生事例では、菌が分離されないHUS事例が富山県・福井県以外の他府県(大阪市、横浜市、仙台市)においてもほぼ同時に発生した。これを受けて国立感染症研究所(感染研)・細菌第一部では患者血清中の抗大腸菌抗体価の測定を行い、いずれのHUS発症事例もO111による感染履歴があったものと判定した()。その後、感染研・細菌第一部と大阪府立公衆衛生研究所・細菌課で実施されているプロトコールのすり合わせを行い、プロトコールの統一化を図るとともに、平成23年度希少感染症技術研修会にて配布した。

検査用大腸菌抗原
大腸菌のO抗原は現在O1~O186まで(欠番としてO31、O47、O67、O72 、O94、O122)とOIF1(オー・アイ・エフ・ワン)と呼ばれる計181種類が定義されている。このうち、感染研・細菌第一部では国内におけるHUS起因菌として全体の90%以上を占める7つの主要O血清群(O157、O26、O111、O145、O103、O121、O165)を検査用大腸菌抗原として使用している(検査に用いる菌株を統一する必要はない)。実際の集団発生事例では初期に分離された菌株を使用することによって、重症例における集団発生との関連性を示す上で有用となる。

HUS患者血清
医療機関受診直後に採取した陰性コントロール血清のあることが望ましいが、抗LPS 抗体(IgM)は発症後数日後には高力価を示すことがあるため、実際に陰性コントロールをとることは難しい。したがって、発症日, 血清採取日の情報が重要となる(表中の横浜市の事例では血清が多数採取されていたことで、陰性コントロールに加え、様々な抗体価のものがほぼ時系列に存在する結果が得られた)。なお、IgMは一過的に上昇する可能性があるので、複数検体(血清)のあることが望ましい。56℃で30分間非働化した血清を生理食塩水(またはPBS )等で10~1,280倍以上階段希釈し、小試験管または96穴プレートを用いて等量の大腸菌抗原液と混合後(最終希釈倍数は20~2,560倍以上)50~52℃で1時間以上静置して凝集を確認する(最終判定は数時間~1晩放置後に行う)。

判定基準
特定の抗原のみで凝集し(注2)、凝集価(凝集を示す血清の最終希釈倍数)が試験管法では320倍以上(80~160倍は疑陽性域、40倍以下は陰性域)、96穴プレート法では160倍以上(40~80倍は疑陽性域、20倍以下は陰性域)ある場合を陽性と判定する。陽性コントロールはデンカ生研のウサギ抗血清を、陰性コントロールは生食水またはPBSを用いた場合の結果を用いる。

本解析手法による抗大腸菌抗体価の測定は菌株分離に代わるものではないことは周知の通りであるが、2011年の富山県の事例でみられたように、2種類のEHEC(O111とO157)による感染事例では、どちらの感染によって抗体価上昇が確認されているかを確認する重要な手法となり得る。さらに、菌株分離が困難な場合には、迅速診断の一助となる可能性もある。

最後に、血清の採取・送付にご協力頂きました各関連機関に御礼申し上げます。

注1)齊藤剛仁, 他, IASR 32: 141-143, 2011 & 31: 170-172, 2010
注2)同一血清中に2種類の大腸菌抗体が検出される場合がある。

富山県衛生研究所細菌部 磯部順子
大阪府立公衆衛生研究所感染症部細菌課 勢戸和子
横浜市衛生研究所検査研究課 松本裕子
大阪市立環境科学研究所調査研究課 小笠原 準
国立感染症研究所細菌第一部
伊豫田 淳 三戸部治郎 石原朋子 泉谷秀昌 寺嶋 淳 大西 真 

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