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臨床的に梅毒と診断した日本人患者から分子疫学解析によって本邦で初めて検出されたbejelの病原体Treponema pallidum ssp. endemicum

(IASR Vol. 41 p4-5: 2020年1月号)

風土病性トレポネーマ症には, yaws(いちご腫, 熱帯フランベジア), bejel(ベジェル), Pinta(ピンタ, 熱帯白斑性皮膚病)が知られており, それぞれTrepone-ma pallidum ssp. pertenue(TPE), ssp. endemicum(TEN), T. carateumが原因菌である。ベジェルは20世紀にはヨーロッパからほぼ根絶されたが1), アフリカ西部のサヘル地域やボツワナ, ジンバブエ, アラビア半島の一部等の乾燥地域で未だに流行している2,3)。その他の地域ではフランス, カナダから輸入感染事例が報告されている4,5)。我々は国内感染が強く疑われるベジェルの5例を東アジア・太平洋地域で初めて遺伝学的に確認した6)。本稿ではその後検出された2例を追加し, 併せて報告する。

患者はいずれも陰茎の潰瘍病変等の臨床症状と血清反応より梅毒トレポネーマ〔Treponema pallidum ssp. pallidum (TPA)〕の感染を疑い, 病変部から得られた検体をもとにTreponema pallidum遺伝子のTpN47とpolA領域の核酸増幅検査を実施した242例のうち陽性となった70例中の7例(10%)である。

我々は今般, 日本国内で流行しているTPAの分子疫学解析を行うため, 2011年から臨床検体の収集を開始し, MSM(men who have sex with men)と異性愛者から検出されるTPAの遺伝子型が異なること, 異性愛者の男女で主に流行している型がSS14の一つである14d/f-SSR8であることを日本で初めて報告した7)

その過程で型別が容易でないTPAを複数のMSMから検出した。当初はTPAと考えていたが, TPA/TPE /TEN間で相同性が比較的低いtp0548遺伝子3)とtp0856遺伝子8)の塩基配列を用いて系統樹解析を行い, ベジェルの病原体TENであることをみいだした(図表)。

我々はこれら7例がTENの感染事例であり, ベジェルの国内初症例群と結論づけた。発症時期が2014~2019年とばらつきがあるものの, 全員が日本人のMSMであること, 海外渡航歴の無い患者が含まれること, 渡航歴のある患者も渡航時期と病期が合致しないことから, 全員が国内で感染したと推定される。

風土病性トレポネーマ症の病原体であるTENは, 形態学的・血清学的にTPA, TPE, T. carateumと区別できず, また感染初期の臨床症状が似ていると報告されている9)。さらに, これらの病原体は少なくとも99%のゲノムDNA配列の相同性を有している8)。TpN47領域, polA領域は, TPAと他の風土病性トレポネーマ症の病原体の遺伝子と遺伝学的に差が小さく, 風土病性トレポネーマ症を鑑別するには, TPAの遺伝子と相同性の低い領域を標的とした核酸検査が必要である。また, 現状ではこのような核酸検査は保健診療外である。今回, 我々がTENを初めて発見できたのは, TPAの分子疫学研究を精力的に実施した成果と考える。

幸いなことに, ベジェルは梅毒と同じ抗菌薬治療が奏功する。海外ではペニシリンまたはアジスロマイシンの単回投与が推奨されている10)。日本ではペニシリンの単回注射製剤が未承認のため使用できないので, 梅毒の治療法と同じペニシリン製剤の経口投与が適応される。また今回, 23SrRNA遺伝子領域の解析が不可能であった1事例を除くすべてのTEN株にマクロライド系抗菌薬の耐性変異と考えられている23S rRNA遺伝子のA2058G変異が検出されたため, ペニシリンに対するアレルギーを持つ梅毒患者への第二選択薬とされるアジスロマイシンは推奨できない。治療の選択肢の観点から, ベジェルの感染拡大が懸念される。

 

参考文献
  1. Lipozenčić J, et al., Clin Dermatol, 32(2): 219-226, 2014
  2. WHO Data
    http://apps.who.int/neglected_diseases/ntddata/treponematoses/treponematoses.html
  3. Noda AA, et al., Clin Microbiol Infect, 2018
    https://doi.org/10.1016/j.cmi.2018.02.006
  4. Vabres P, et al., Ann Dermatol Venereol, 126(1): 49-50, 1999
  5. Fanella S, et al., Emerg Infect Dis, 6(18): 1002-1004, 2012
  6. Kawahata T, et al., Emerg Infect Dis, 2019
    https://doi.org/10.3201/eid2508.181690
  7. Kojima Y, et al., J Clin Microbiol, 57(1), 2019 doi:10.1128/JCM.01148-18
  8. Staudova B, et al., PLoS Negl Trop Dis e3261, 2014
  9. Bennett JE, et al., Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, 8th ed, Saunders, Philadelphia, 2015; p2710-2713.
  10. WHO Fact sheets of yaws (bejel, pinta).
    http://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/yaws
 
 
(地独)大阪健康安全基盤研究所
微生物部ウイルス課
 川畑拓也 阪野文哉 森 治代 本村和嗣
同 企画部研究企画課
 小島洋子
大阪薬科大学 薬学部 感染制御学教室
 駒野 淳
京都大学大学院医学研究科 臨床病態検査学
 篠原 浩
そねざき古林診療所
 古林敬一

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