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梅毒感染拡大に対する新宿区保健所の調査と対策

(IASR Vol. 41 p8-9: 2020年1月号)

背景と目的

新宿区内における梅毒発生届出件数は平成22(2010)年では90件であったが, 平成27(2015)年には431件となり, 過去5年間で約4.8倍に急増し, 全国の21.2%, 東京都内の41%を占めるまでに至った。しかし, 平成27(2015)年当時は区内で急増している梅毒の届出件数に影響を与えている背景や感染者の特徴は明らかになっていなかった。

そこで, 平成28(2016)年6月に梅毒発生届に追加して収集すべき疫学情報や優先すべき感染拡大予防策を検討する目的で, 区内医療機関(医師)へ質問紙調査を実施した。その結果, 梅毒発生届に追加すべき項目として, 国籍や梅毒の既往歴等が示唆された1)。さらに自由意見として, 医師の診断スキル向上を目的としたセミナー開催を望む意見が多数寄せられた。

これらの結果を受けて平成28(2016)年11月には, 区内4医療機関の医師の他, 新宿区医師会, 国立感染症研究所, 東京都健康安全研究センター等の専門家から成る「新宿区梅毒対策有識者会議」を開催し, 区内医療機関から届け出される梅毒感染者の特徴を明らかにすることを目的とした「新宿区梅毒発生動向調査」の実施について検討した。さらに, 平成29 (2017) 年5月には, 「医師向けセミナー」を新宿区医師会と共催し, 梅毒の確実な診断と治療の普及を促進するとともに, 区内医療機関に対して「新宿区梅毒発生動向調査」への協力を依頼した。

本稿では, 「新宿区梅毒発生動向調査」の概要とともに, 調査結果から明らかとなった感染ハイリスクグループに対する新宿区保健所の取り組みについて報告する。

新宿区梅毒発生動向調査

対象:区内医療機関において梅毒と診断された者

期間:平成29(2017)年6月1日~平成30(2018)年5月31日

方法:区内医療機関において梅毒と診断した医師が調査票に基づき対象へ聞き取りし, 調査票は梅毒発生届と併せてFAXにて新宿区保健所が回収した。

主な質問項目:「国籍」, 「梅毒の既往歴」, 「性感染症(梅毒以外)の既往歴」, 「就学・就労の有無」, 「性的サービスへの従事歴・利用歴」, 「患者が推定する感染源」

結果:対象731例のうち, 有効回答649例(有効回答率88.8%)を集計した。その結果, 日本国籍の者が95.2 %を占め, 男性469例(72.3%), 女性180例(27.7%)であった。また, 女性のうち30歳未満が75.6%を占めていた。男性のうちMSM(men who have sex with men)が45.6%を占め, そのうち49.3%が再感染例であった。その一方, 異性間性的接触の男性の92.9%, 女性の94.1%が初感染例であった。また, 過去6カ月以内における性的サービスの利用歴・従事歴について, 異性間性的接触の男性のうち43.9%は利用歴があり, 女性のうち56.9%は従事歴があった。さらに35歳未満の女性でみると61.8%は従事歴があった。

結論:感染ハイリスクグループとして「MSM」, 「性的サービスを利用する男性」, 「性的サービスに従事する女性」が示唆された。

対策と考察

新宿区保健所では年間26回のHIV・性感染症(梅毒含む)検査日を設け, 約1,300人が受検している。そのうち 「男性のための検査(MSM検査)」および「夜間検査」は, それぞれ年2回ずつ実施し, 各回約60人が受検している。受検者に対しては, 平成28(2016)年度から新宿区保健所が制作した梅毒保健指導用パンフレットを使用し, 問診場面で「3分予防教育」を実施し, さらに平成29(2017)年度からは研究班2)と作成した若年者向けの予防啓発冊子を活用し, 必要時にカウンセリングを実施している。

新宿区梅毒発生動向調査で「性的サービスに従事する女性」が感染ハイリスクグループとして示唆されたことを受け, 平成30(2018)年度からは年1回 「女性のためのHIV・性感染症検査(レディースデイ検査)」を開始した。令和元(2019)年度は, 首都圏の店舗型性風俗特殊営業1号営業(いわゆるソープランド)を中心とした店舗の雇用主に対して梅毒感染の予防啓発を実施した他, 様々な機会を利用して若年女性向けに梅毒感染の予防啓発および受検啓発を実施した。その結果, レディースデイ検査には37人の女性が来所し, 初めて受検した者が70%, 30歳未満の者が56%を占めた。また, 受検者へのアンケート結果から, レディースデイ検査に来所した理由(複数回答)として最も多かったのは, 「無料で受けられる」(84%)であった。続いて「性感染症(梅毒含む)の検査も受けられる」(74%), 「匿名で検査が受けられる」(48%), 「女性に限定した検査日である」(48%)の順に多かった。新宿区梅毒発生動向調査の結果において, 女性のうち94.1%が初感染例であったことからも, 一度も性感染症検査を受検したことがない若年女性向けに検査日の選択肢を増やすことは重要である。その点では, 対象者を女性に限定したレディースデイ検査を設けたことには一定の意義があったと考える。

感染ハイリスクグループである「性的サービスに従事する女性」および「性的サービスを利用する男性」については, ターゲットを絞った周知が難しい層であり, さらなる予防啓発および受検啓発については今後の課題である。今後も引き続き, 区内医療機関, NPO, 研究機関や東京都等と連携しながら, 調査・分析を通じて対策を検討し, 感染ハイリスクグループへの対策を講じていくことが重要であると考える。

 

引用文献
  1. 遠藤雅幸ら, 日本公衆衛生学会誌 64 10: 589, 2017
  2. 今村顕史ら, HIV検査受検勧奨に関する研究, 保健所におけるHIV検査・相談の現状評価と課題に向けての研究, 厚生労働科学研究費補助金, エイズ対策政策研究事業
 
 
新宿区保健所
 遠藤雅幸 鈴木裕子 島村実奈 池戸啓子 カエベタ亜矢 髙橋郁美

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