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AFP症例の病原体診断には「周到な準備」と「現場の連携」が不可欠である-非流行期に診断されたEV-D68関連AFM症例の検討から-

(IASR Vol. 41 p29-30: 2020年2月号)

はじめに

急性弛緩性脊髄炎(AFM)は急性弛緩性麻痺(AFP)の1つでありウイルス感染を契機に急激に発症する脊髄炎である。小児に好発し, 多くは神経学的後遺症を残す1)。原因病原体検出には急性期の適切な検体採取が不可欠であるが, 臨床の現場ではしばしば困難であり検出率は高くない。本稿ではAFMの病原体診断を確実に行うための重要な点を述べる。

急性弛緩性脊髄炎の病態について

エンテロウイルスD68(EV-D68)はエンテロ(腸管)ウイルス属にもかかわらず, 腸管よりも気道で増殖しやすいユニークなウイルスである。主に喘息や気管支炎といった呼吸器疾患の起因病原体であるが, AFPなどの神経症状を呈する患者の気道からも検出されている。2015年秋に全国で多発したAFPはいずれも上気道症状に続いて出現しており, 一部の症例の呼吸器由来検体からEV-D68が検出されたことからEV-D68とAFMの関連が強く疑われている1)。しかし, 麻痺症状出現後ではEV-D68の検出率は低下しており, 2015年の本邦の報告ではAFM 59例中EV-D68が検出されたのは9例である2)。したがってAFMの原因の詳細は未だ「不明」とされており, 原因病原体の同定率の向上は喫緊の課題となっている。

適切な検体採取に必要な点

当施設は「エンテロウイルス等感染症を含む急性弛緩性麻痺・急性脳炎・脳症の原因究明に資する臨床疫学研究」研究班(研究代表者:多屋馨子)の研究事業として中国・四国地区の小児科基幹病院にAFMなどの重症神経感染症診断の重要性を啓発し, 急性期の検体採取法・保存法の指導を行った。慌ただしい急性期の臨床現場で複数の検体を迅速かつ適切に採取することは非常に困難である。現場スタッフの意見を踏まえた結果, 急性期の正確な検体採取には, 「事前の周到な準備」と「関連部所との連携」が必要であることが推察された。具体的には以下の3点である()。1つ目は, 感染症の担当医を事前に決めておき, 「重症神経感染症(AFPや急性脳炎・脳症)急性期には検体採取を行う」ことを関連スタッフに周知しておくことである。2つ目は複数の検体を採取するために5点セット(血液, 髄液, 咽頭ぬぐい液, 尿, 便)の採取容器を事前に準備しておくことである。3つ目は検体の適切な管理法を関連スタッフへ事前に確認しておくことである。マスクの適切な着用はスタッフの感染予防に加えて検体へのコンタミネーション予防にもなる。検査技師にはディープフリーザーの保存場所の確保と分注保存を依頼しておくと良い。

2017年のEV-D68関連AFMについて

病原微生物検出情報(IASR)によるとEV-D68は2, 3年おきに検出報告数が増加しており, 最近では2015年と2018年秋に流行を認めた。これに対し2017年の報告例はわずか5例であり, このうち4例は喘息や気管支炎といった呼吸器疾患から検出され, 1例はAFP症例から検出された4)。この1例は上記の指導施設の症例である。症例は2歳7か月の男児, 感冒様症状の出現2日後よりふらつきを認め, さらに2日後に両下肢弛緩性麻痺が出現し受診をした。同施設では小児重症神経疾患に対する病原体検索のための検体採取について関連部所内で前述の通り連携を取っていたため, 来院当日に5点セットが適切に採取されていた。精査の結果咽頭ぬぐい液からEV-D68が検出され, 本症例ではEV-D68とAFMの関連が示唆された3)。本症例からは2点重要なことが示されている。1つは適切に検体採取を行えばEV-D68の検出率が上がることである。もう1つはEV-D68の大規模な流行を認めておらずともAFMを発症しうることである。

考 察

AFMの疾患概念は2015年の多発を機に本邦でも認識されてきた。しかし未だに病原体の検出率は低い。原因として, ①AFP出現後の検体検出時期が短いと推察されること, ②AFPの症例数が少なくスタッフの病原体検索認識が不十分であること, ③呼吸器由来検体や便を採取していないこと(症状が麻痺であるため, 急性期の保存検体が髄液しか残っていない場合がある), ④採取検体の保存状態が不十分であること(RNAが分解されていることがある), 等が考えられる。これらの原因はいずれも事前に適切な情報を周知・把握することで対応可能である。AFMは急性疾患であるため発症時に必ずしも小児神経専門医が診療するとは限らない。したがって, すべての小児科医が適切に初期対応をするべき疾患であり, そのための啓発を今後も継続していく必要がある。今回明らかになったもう一つの重要な点は, EV-D68の流行がたとえ小規模であってもAFMを発症することである。EV-D68は数年に1回大きな流行をきたしているが, 小規模な流行は日本のどこかで毎年おきている。すなわちAFPを診療した医師は常にEV-D68感染を疑い, 速やかに検体(5点セット)を採取する必要がある。

おわりに

AFMは難治性疾患であり, 病因・病態の解明のためには病原体診断率を向上しなければならない。そのためには「周到な準備」と「現場の連携」が不可欠である。これらは実際にAFPが発症する前に念入りに行っておくことが望ましい。またEV-D68の流行の有無にかかわらずAFP症例をみたら速やかに5点セットの採取を行う必要がある。

 

参考文献
  1. 厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「エンテロウイルス等感染症を含む急性弛緩性麻痺・ 急性脳炎・脳症の原因究明に資する臨床疫学研究」研究班: 急性弛緩性麻痺を認める疾患のサーベイランス・診断・検査・治療に関する手引き
    https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/AFP/AFP-guide.pdf
  2. Chon PF, et al., Clin Infect Dis 66(5): 653-664, 2018
  3. Hatayama K, et al., IDCases, 17: e00549, doi: 10.1016/j.idcr.2019.e00549. 2019
  4. 月別エンテロウイルス68分離・検出報告数, 2005-2019年 (病原微生物検出情報:2019年9月5日現在報告数)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/rapid/topics/ev68/151006/ev68mon_190905.gif
 
 
岡山大学病院 小児科
 八代将登

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