国立感染症研究所

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東京都内の中核病院における新型コロナウイルス感染症集団発生と院内感染対策

(IASR Vol. 41 p113-114: 2020年7月号)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は, 東京都内では, 2020年1月24日に中国在住の旅行者に初めて確認され1), 2月には新年会参加者とその関係者での集団発生2)が報告されるなど, 主に市中での感染例が報告されていた。

3月23日, 東京都台東区内の中核病院の入院患者2名がSARS-CoV-2 PCR検査陽性と判明し, 院内での発生が明らかとなった。その後4月13日までに入院・退院患者107名, 医療従事者等73名が陽性と報告される大規模な集団発生となった。この集団発生の疫学や拡大要因に関してはすでに報告されている3)。本稿では対応の過程で行われた院内感染対策について記述する。

集団発生が明らかになった直後は, 陽性患者を個室あるいは多床室にまとめて隔離し, 医療従事者が入室時に個人防護具(PPE)を着用する方法での感染対策が行われた。しかし, 検査の対象が広がるにつれ陽性者数が増加し, 多くの病棟でPCR陽性の患者が確認された。そのため3月28日には, 5階から8階の急性期8病棟を対象に病棟全体を汚染区域とした。医療従事者は3階の専用ブースでPPEを着用, エレベーターで各病棟へ移動し, 病棟から出る際に各階のエレベーターホールでPPEを脱いだ。PPEは防水ガウン, 防水ズボン, シューズカバー, キャップ, 手袋(二重), N95マスク, サージカルマスク, フェイスシールドを着用としていた。サージカルマスクは, N95マスクを汚染から保護するとともに, マスクに装着するタイプのフェイスシールドを用いるために使用した。患者ケア時は長袖ガウンをさらに着用し, 外側の手袋とガウンを患者ごとに交換する方法がとられた。

3月30日時点では, 病棟勤務者は防護具を着たまますべての病棟業務を行っていたため, 周囲の環境に触れて汚染が広がるリスクがあった。また, 必要以上にPPEを着用したまま働くことで疲労とストレスが強くなり, かえって手指衛生などの基本的な感染対策手技が徹底できていない様子もみられた。これは, 多くの看護師が感染あるいは濃厚接触による自宅待機のため職場を離れざるをえず, 元々病棟勤務ではない看護師が病棟業務に当たったことや, その他の職員が廃棄物収集などの業務に入っていたことも背景にあると推測された。

そこで, 感染対策の徹底と勤務環境の改善を目指して5つのポイントを設定し, それぞれ以下のように進めた。

①コホーティング

すべての入院患者を対象にPCR検査が実施されていたため, その結果に応じてPCR陽性者を3病棟, 陰性者を3病棟にコホーティング(2病棟は閉鎖)する方針とした。PCR陰性の入院患者のうち, 陽性者と同室だった者は濃厚接触者として陰性者病棟の一部に集めた。PCR陰性者病棟の有症者は, 個室隔離した上でPCR検査を行い, 陽性であればPCR陽性者の病棟に移す方針とした。職員のPCR検査が終わるまで看護単位の再編成が難しかったこともあり, 数日かけてコホーティングを進めた。

②ゾーニング

PCR陽性者病棟では, 病室内を汚染区域, それ以外の場所を清潔区域とし, 汚染区域の範囲を小さくすることとした。

③PPEの着用ルール変更

すべての病棟において, 病室に入る際に必要なPPEを着用し, 退室の際に脱ぐことを原則とした。ゾーニングを徹底し, 勤務中常に着用しているサージカルマスク以外のPPEを着用したまま廊下やナースステーションなどの清潔区域に入ることがないよう取り決めた。また, 着脱前後の手指衛生をあらためて徹底した。

PPEの使い方は既存の資料を参考に定めた4,5)。PCR陽性者病棟では, 病室に入る際に, 長袖ガウン, キャップ, 手袋, N95マスク, サージカルマスク, フェイスシールド(サージカルマスクに装着するタイプ)を着用, 退室時にはN95マスクを除いて破棄し, 退室後にN95マスクを外して保管するとともにサージカルマスクを着用することとした。PCR陰性者病棟では, 入院患者が新たに発症する可能性を考え, 飛沫予防策と接触予防策をとる方針とした。病室に入る際に, 長袖エプロン, 手袋, サージカルマスクを着用, さらに吸痰時などエアロゾルを発生しやすい状況ではN95マスクとフェイスシールドを追加することとし, 退室時にはPCR陽性者病棟と同様に対応した。

PPEの不足傾向もあり, 状況に応じて多少変更を加えながら, またN95マスクは適宜再利用しながら感染予防策を行った。

④環境清掃, 環境消毒の徹底

病棟全体が汚染されていると考えられたため, 清潔区域を確保するための環境清掃と消毒をゾーニングの変更に合わせて行った。その後も高頻度接触面を中心に清拭を頻回に行うなど, 清潔区域維持のための対策を行った。

⑤感染対策の教育

看護師や医師はもちろんのこと, 病棟業務に入っていたコメディカルや事務職なども対象に, 手指衛生のタイミングと方法, 適切なPPE選択と着脱方法, 医療廃棄物の処理方法などの指導を行った。

医療機関内でCOVID-19の集団発生が起きると, 病棟看護師がしばしば濃厚接触者となり, 職場を離れることとなって病棟運営に支障を生じやすい。その結果, 多くの医療従事者が不慣れな環境で感染対策をとりながら混乱と不安の中で働くことになる。感染対策の方針を明確にし, 安全に業務が行えるよう配慮することは, 不安を軽減し, 全体の方向性を示すことにもつながる。本稿がその参考になれば幸いである。

 

参考文献
  1. 東京都保健福祉局報道発表資料(2020年1月24日)
    https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2020/01/24/20.html
  2. 東京都新型コロナウイルス感染症対策本部都内患者(2月13日判明)の積極的疫学調査の実施状況(第3報)(2020年2月16日)
    https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2020/02/17/30.html
  3. 厚生労働省クラスター班永寿総合病院調査チーム支援報告(2020年4月15日)
    http://www.eijuhp.com/user/media/eiju/chousasiennhoukoku.pdf
  4. 国立感染症研究所, 国立国際医療研究センター 国際感染症センター, 新型コロナウイルス感染症に対する感染管理(2020年6月2日改訂版), 2020
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9310-2019-ncov-01.html
  5. 一般社団法人日本環境感染学会, 医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド
    http://www.kankyokansen.org/modules/news/index.php?content_id=328
 
 
国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンター
 具 芳明 坂口みきよ 田島太一 藤友結実子
国立保健医療科学院健康危機管理研究部    
 竹田飛鳥                 
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース  
 中村晴奈                 
東京都台東区台東保健所           
 小竹桃子 加藤麻衣子           
東京都健康安全研究センター         
 草深明子 岡田麻友            
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 斎藤史武 高久かおり

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