IASR-logo

MSM(men who have sex with men)における細菌性赤痢

(IASR Vol. 43 p34-35: 2022年2月号)

 
1. はじめに

 細菌性赤痢(shigellosis)とは, 赤痢菌属Shigella spp.によって引き起こされる急性下痢性疾患である。患者や保菌者の糞便や, 汚染された手指, 食品, 水などを介して経口感染する。赤痢菌は胃酸に抵抗性があり, 10-100個程度の少ない菌量でも感染が成立する。わが国においては, 開発途上国からの輸入例のほか, 国内発生例も報告されている。汚染された食材による感染や性行為による感染が原因と推定されている。性行為では, 肛門を舐めるなどして直接経口感染する可能性や, 肛門周囲や肛門性交で挿入した性器に触れた手指を介して経口感染する可能性が考えられている。

2. MSMにおける感染リスク

 1998~1999年にかけて米国・カリフォルニア州サンフランシスコ市で実施された症例対照研究では, HIV陽性, MSMが細菌性赤痢の独立した危険因子であることが報告されている1)。76例の細菌性赤痢患者がマッチされた146例の対照群と比較した。多変量解析の結果, 男性では細菌性赤痢の危険因子はMSM〔オッズ比(OR):8.24, 95%信頼区間(CI):2.70-25.2〕, HIV陽性(OR:8.17, 95%CI:2.71-24.6), 口腔と肛門の直接接触(OR:7.50, 95%CI:1.74-32.3), 海外渡航(OR:20.0, 95%CI:5.26-76.3)であった。女性では, 細菌性赤痢症例は海外渡航とのみ関連していた(OR:21.0, 95%CI:2.52-899.0)。

 また, 2004~2015年にかけてイングランドでは88,664例のHIV陽性者, 10,269例の細菌性赤痢患者が報告されたが, 細菌性赤痢患者の9%(873/10,269)がHIV陽性であり, うち93%(815/873)が男性であった2)。2004~2015年にかけて, HIV陽性男性における細菌性赤痢の発生率は年間47/10万例から226/10万例(p<0.01)へと上昇し, 2014年には265/10万例でピークに達した。同期間において女性では年間0-24/10万例と低い水準にとどまった。海外渡航歴がなくHIV陽性の細菌性赤痢患者においては, 91%(657/720)がMSMであった。

3. 国内におけるMSMでのアウトブレイク

 東京大学医科学研究所附属病院において, 2011年9~11月にかけてHIV陽性のMSM5例にS. sonnei感染が確認された3)。検出された菌株の抗菌薬感受性のパターンは全例で同一であり, レボフロキサシンに対して感受性であった。5名の患者間には直接の性的接触はなかったが, パルスフィールドゲル電気泳動(pulsed-field gel electrophoresis: PFGE)法では全例で同様のバンドパターンが確認された。わが国のMSMの間でS. sonnei感染が拡大していることが示唆された。

 感染症発生動向調査(NESID)の報告4)によると, 同時期, 2011年第18~51週にかけて39例から分離されたS. sonneiが, 反復配列多型解析(multilocus variable-number tandem repeat analysis:MLVA)により同一または類似している株であることが示された。これらの39例は, すべて国内感染例で, 男性38例, 女性1例であった。感染経路は経口感染14例, 接触感染4例, その他2例, 不明19例と報告されており, 共通の喫食歴は確認されなかった。一部の症例は男性同性間性的接触と報告されており, ほかの性感染症の合併例も複数報告されていた。当院でも東京都内で性交渉歴があったMSMのS. sonnei感染症例を2012年第1週に診断しており, すでに全国に拡大していた可能性が示唆された。

4. 薬剤耐性菌の問題

 米国において2011~2015年に報告された細菌性赤痢のクラスターを対象として, 感染経路と薬剤耐性の関連を調査した報告では, 32クラスター中9クラスターが耐性菌によるものであった5)。3クラスターがシプロフロキサシンに, 2クラスターがセフトリアキソンに, 7クラスターがアジスロマイシンに耐性であり, 3クラスターがこれらのうち複数の薬剤に耐性であった。MSMによるものは7クラスターであり, すべてにこれらの薬剤のうちいずれかの耐性が認められたが, ほかの25クラスターでは, いずれかに耐性であったのは2クラスターのみであった(p<0.001)。アジスロマイシン耐性は, MSM に関連するクラスターで他のクラスターよりも多く認められた(86% vs 4%, p<0.001)。

 台湾では, 2015年3月3日~5月6日の間にHIV陽性MSMの間で9例のS. sonnei感染者が報告された6)。9例中4名は発症前に口腔-肛門性交があった。9例から得られた菌株はすべてシプロフロキサシン耐性であり, gyrAのS83LおよびD87G変異, parCのS80I変異が関与していた。9株はPFGEおよびMLVAにより同一または類似している株であることが示され, これらのPFGE遺伝子型は米国と日本で出現していることが示された。

 オーストラリアのビクトリア州で2016年1月~2019年5月にかけて男性172例, 女性12例から, 合計184株の多剤耐性S. sonneiが同定された7)。これらはシプロフロキサシン, アジスロマイシン, スルファメトキサゾール・トリメトプリム, アンピシリンの耐性遺伝子をプラスミド性に有していた。遺伝子解析の結果, 171株が明確なクローン系統を形成しており, これらはインド亜大陸や英国のMSMの間で報告されているクローンと関連していた。

 以上の結果から, すでに世界各地のMSMの間で, 複数系統の抗菌薬に耐性のS. sonneiが広く分布している可能性が示唆された。

5. おわりに

 近年, 国内では細菌性赤痢の集団感染事例が報告されているが, 集団感染例を除くと, 国内感染例は疫学的関連の不明な散発例が大半を占めている8)。MSMにおける急性下痢症の鑑別診断として細菌性赤痢も念頭に置くこと, 細菌性赤痢を診断した際に, 性行為に関する問診を追加し, 感染源を確認することが必要である。また, 薬剤耐性菌の可能性を考慮し, 薬剤感受性検査を実施したうえで適切な抗菌薬を選択することが重要である。

 

参考文献
  1. Aragón TJ, et al., Clin Infect Dis 44: 327-334, 2007
  2. Mohan K, et al., Sex Transm Infect 94: 67-71, 2018
  3. Okame M, et al., Jpn J Infect Dis 65: 277-278, 2012
  4. IDWR 2012年第25号, 2012
  5. Bowen A, et al., Emerg Infect Dis 22: 1613-1616, 2016
  6. Chiou CS, et al., Clin Microbiol Infect 383: e11-6, 2016
  7. Williamson D, et al., N Engl J Med 381: 2477-2479, 2019
  8. https://www.niid.go.jp/niid/ja/route/intestinal/1469-idsc/iasr-news/6818-441p03.html

大阪市立総合医療センター
 感染症内科 白野倫徳 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan