国立感染症研究所

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海外で新しく見出されてきた貝類のトキソプラズマ汚染の現状と感染源としての可能性

(IASR Vol. 43 p56-57: 2022年3月号)

 
はじめに

 トキソプラズマの感染経路は, 加熱不十分な肉類に含まれる組織シスト, およびネコ科動物から排出されるオーシストである。わが国ではこれまで豚肉や山羊肉による組織シストを介した感染が重要視されてきた。一方, 近年では海産の二枚貝類が新たなリスク要因として注目されている。二枚貝類はトキソプラズマの宿主ではないが, 濾過摂食性であるため水中のオーシストを濃縮する危険性がある。本稿では二枚貝類のトキソプラズマ汚染について, 台湾におけるリスク要因解析, また, 世界各地でのトキソプラズマ検出報告を含め紹介する。

台湾におけるリスク要因解析

 2008~2013年に台湾全土を対象とし, 急性トキソプラズマ症例について性別や食事歴など複数の要因を含めたリスク解析が行われた1)。多変量ロジスティック回帰分析の結果, 二枚貝(アサリ・ハマグリ類)の生食, およびネコの飼育がそれぞれ独立して有意性を示した。一方で魚やカキの生食は有意性が棄却され, また加熱の不十分な牛, 豚, 羊肉の摂食, ガーデニング等土壌との接触も有意性が示されなかった。欧米諸外国で行われた同様の研究では, これらがいずれもリスク要因として報告されている2,3)。本研究はこれら先行研究と大きく異なり, 台湾地域でのトキソプラズマ感染経路についての特異性を示唆する。わが国においても, 二枚貝類の摂食が一般的であること, 台湾と地理的, 民族的に近しいことから, 二枚貝類のトキソプラズマ汚染リスクについて慎重な検討を要すると考えられる。

二枚貝類からのトキソプラズマ検出例

 二枚貝からのトキソプラズマ検出は世界中で報告がある。例えばイタリア産ムール貝の調査では, 382検体のうち39検体(10.2%)がトキソプラズマ陽性であった4)。ブラジルでの調査では, イガイ類からトキソプラズマは検出されなかったものの, カキの3.3%でトキソプラズマDNAが検出された5)。中国でも市場に流通するカキの2.6%からトキソプラズマDNAが検出されている6)。米国・カリフォルニア州でも, 割合は少ない(1%以下)ものの, イガイ類からトキソプラズマが検出され, 現地の海産哺乳類へのトキソプラズマ感染源であると考えられている7)(本号5ページ&6ページ参照)。またカナダ北部・ヌナブト準州における調査では, 二枚貝390検体のうち8検体(約2%)がトキソプラズマPCR陽性であった8)。さらにトキソプラズマはニュージーランド産イガイ類の16.4%に保持されるとも見積もられている9)。このように, 二枚貝類からのトキソプラズマ検出は世界中のあらゆる地域で報告があり, あまり知られてこなかったものの, 極めて一般的な現象であると考えられる。

貝類に含まれるトキソプラズマの感染性

 前述したイタリアの報告では, 定量PCR解析から検体1g当たりのオーシスト数は平均1個と見積もられている。またいずれの報告でも検査はPCR等の核酸検出により行われており, 含まれる原虫の感染性は検討されていない4,6-9)か, またはマウス感染試験の結果が陰性であった5)。カナダ・ヌナブト準州の例では, 当地における住民のトキソプラズマ抗体陽性率が他地域に比べ高いものの, 二枚貝の摂食とトキソプラズマ陽性率との関連ははっきり示されていない。これらの点から, 二枚貝類由来トキソプラズマの現実的なリスクは完全には理解されていないといえる。他方で, 実験室内でトキソプラズマに曝露されたムール貝は, 少なくとも3~21日間マウスへの感染性を示すとされ10,11), また海水中のトキソプラズマは数カ月間にわたり感染性を維持することも知られる12)

結 論

 二枚貝を原因としたトキソプラズマ感染の直接的な症例は現状ではほとんどないが, トキソプラズマ症は元来, 感染経路の特定が困難な原虫症でもある。わが国での二枚貝のトキソプラズマ汚染状況は知られておらず, 今後の調査を含め, 予防的見地に立った対応が望まれる。

 

引用文献
  1. Chiang T-Y, et al., PLOS ONE 9(3): e90880, 2014
  2. Cook AJC, et al., BMJ 321: 142-147, 2000
  3. Buffolano W, et al., Epidemiology and Infection 116(3): 347-351, 1996
  4. Santoro M, et al., Front Microbiol 11: 355, 2020
  5. Esmerini PO, et al., Vet Parasitol 170(1-2): 8-13, 2010
  6. Cong W, et al., Infection, Genetics and Evolution 54: 276-278, 2017
  7. Miller MA, et al., Int J Parasitol 38: 1319-1328, 2008
  8. Fung R, et al., Zoonoses and Public Health 68(3): 277-283, 2021
  9. Coupe A, et al., Parasitol Res 117: 1453-1463, 2018
  10. Arkush KD, et al., Int J Parasitol 33: 1087-1097, 2003
  11. Lindsay, et al., J Parasitol 90: 1053-1056, 2004
  12. Lindsay, et al., The Journal of Eukaryotic Microbiology 50.s1: 687-688, 2003

ベルン大学 松原立真

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