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家庭用淡水水槽を介したBurkholderia pseudomallei感染症(類鼻疽)の報告ー米国

(IASR Vol. 42 p288-289: 2021年12月号)

 

 類鼻疽(メリオイドーシス)は, 歴史的には主にオーストラリア北部やタイなどの東南アジア地域で患者が確認されてきたが, この数十年で地理的範囲は大幅に拡大しており, 世界的には年間16万以上の患者が発生していると推定されている。また, 患者の発生状況や環境培養の結果から, 中南米, カリブ海, メキシコの一部, テキサス州などの米大陸の一部でBurkholderia pseudomalleiが環境中に常在していることが疑われている。一方, これまでに米国で報告されたほぼすべての患者は, 米国本土以外の感染症流行地域に居住または渡航したことと関連がある。

症例の報告

 2019年10月, 米国疾病予防管理センター(CDC)は, メリーランド州保健局から, 州在住者の血液培養検体からB. pseudomalleiが分離されたとの報告を受けた。患者は56歳の女性で, 2日前に出現した発熱, 咳, 胸痛のため, 9月20日に入院した。患者には多発性筋炎, 関節リウマチ, 糖尿病の既往歴があり, 症状発現の1カ月前に長期の免疫抑制剤(メトトレキサート, アザチオプリン, プレドニン)を中止していた。抗菌薬を投与する前の入院0日目に血液培養を行い, 4つの血液培養でグラム陰性桿菌が分離され, これらの桿菌はB. pseudomalleiと同定された。さらに入院2~4日目に行った3回の血液培養でも同じ菌が分離された。患者は入院0~3日目にセフトリアキソンとアジスロマイシンを投与され, 4日目にB. pseudomalleiが確認されたためメロペネムに変更された。その後, 症状は徐々に改善し発熱も治まったものの, 菌血症が持続したため集中治療期間を延長し, 入院11日目に退院した。退院後, 外来にてメロペネム点滴を継続していたが, 投与開始3週間後に肺膿瘍が疑われ再入院し, ST合剤も併用した。その後臨床症状は改善し, 最終的にメロペネムを10週間, ST合剤を12週間投与し, 治療を完了した。

調査の方法

 2019年10~12月にかけて, 患者と他の世帯員への調査を行った。渡航歴がないことを確認し, 患者宅の水槽, 熱帯魚との接触に焦点を当てて調査を行った。11月にはB. pseudomalleiへの曝露源を評価するために患者宅で環境サンプルを採取した。患者は2つの淡水水槽を持っており, それぞれの水槽から水サンプル(約50mL)とバイオフィルムの綿棒標本(水槽Aから3個, 水槽Bから2個)を採取した。その他, 家庭内で16のサンプル, 合計23サンプルを採取した。12月には, 水槽AとBの水, 水槽Bの砂利, 水槽Bのフィルター, 水槽Bの魚の死骸, 水槽Bの人工植物を追加で採取した。

 臨床分離株は生化学検査とPCRを含む検査アルゴリズムを用いてB. pseudomalleiと確定された。すべてのサンプルはCDCで培養と同定を行い, さらに臨床分離株MD2019aについてmultilocus sequence typing(MLST), MD2019a, MD2019b(水槽Bから分離された株), MD2019c(水槽Bのバイオフィルムのスワブ検体から分離された株)について, 全ゲノムシーケンス(WGS)を実施した。

結 果

 この患者はメリーランド州在住で米国外に旅行したことがないことがわかった。家族や親しい人の中に, 患者と同様の病気にかかった人はいなかった。

 MLSTの結果, マレーシア, タイ, ベトナムの例で確認されていた配列タイプ369であった。臨床分離株のWGSでは, シンガポールやマレーシアに代表される東南アジアのゲノムと類似していた。分離株が東南アジアに関連していたこと, 患者に渡航歴がなかったことから, 調査チームは患者の自宅で追跡調査と環境サンプリングを行った。

 11月に採取された23の環境サンプルのうち, 合計3つのサンプル(すべて水槽Bから)が, 培養およびPCRによりB. pseudomalleiが陽性であった。その他の11月のサンプルはすべて陰性であった。12月に採取された水槽Bの水と砂利のサンプルも, 培養とPCRによりB. pseudomalleiに陽性であった。水槽Aからの水サンプルは陰性であった。

 MD2019a, MD2019b, MD2019cのゲノム配列を比較したところ, MD2019aとMD2019cの間には1塩基多型(SNP)はなく, MD2019aとMD2019bの間には1つのSNPのみが検出された。この結果は, 3つの分離株がすべてクローンであることを示した。

 患者は, 2019年7月に大型小売店で水槽と砂利, 小売店のペットショップで水槽A用に熱帯魚のチェリーバーブを3匹購入し, インタビュー時にはすべて生きていた。また, 水槽B用に熱帯魚のファンシーテールグッピー3匹を同じ店から購入したが, 2019年8月中にファンシーテールグッピーは死亡した。発症後の10月中に, 同じ店からB水槽用に熱帯魚のタイガーバーブを3匹購入したが, 11月中に死亡したと報告した。

 患者は, 水槽Bの水が水槽Aの水よりも濁った状態が続き, 清潔に保つのが難しかったこと, また最近では8月に, 水槽Bの水や砂利の中に素手や腕を入れて掃除をしながら沈殿物を崩したこと, を報告した。

考 察

 メリオイドーシスは, 世界中の熱帯・亜熱帯地域の水や土壌に生息するグラム陰性桿菌B. pseudomalleiによって引き起こされる, 生命を脅かす可能性のある重篤な細菌性疾患である。B. pseudomalleiへの曝露は, 汚染された粉塵や水滴の吸入, 汚染された水の摂取, 汚染された水や土壌との直接的な接触, 特に切り傷や擦り傷を介して起こる。急性の場合, 潜伏期間は1~21日だが, 潜伏感染が何年も後に活性化することもある。メリオイドーシスは1912年に報告され, 歴史的には主にオーストラリア北部や, タイなどの東南アジア地域で症例が確認されてきた。しかし過去数十年の間に地理的範囲は大幅に拡大している。

 渡航歴のないメリオイドーシス患者の本調査は, 家庭用淡水水槽からヒトへのB. pseudomallei感染が起きうることを示した。本事例ではサプライチェーンのどこで細菌が持ち込まれたのかは調査中であるが, これを検討することで, 管理上重要な場所での監視を強化し, 小売店や消費者への曝露を防ぐことができる。

 CDCでは, 水槽の取り扱いや清掃, 魚への給餌の前後に石鹸と水を使って十分な手洗いを行うこと, 魚や水槽を取り扱う際に手の切り傷を覆うために手袋を着用するか, 傷が完治してから行うこと, 免疫不全の人がいる可能性のある場所では魚の水槽の清掃を行わないこと, 5歳未満の子どもには魚の水槽の清掃をさせないこと, を推奨している。


 
〔Dawson P, et al., Emerg Infect Dis 27(12), 2021〕
抄訳担当:国立感染症研究所     
実地疫学専門家養成コース
 鵜飼友彦
実地疫学研究センター
 島田智恵

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