国立感染症研究所

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新型コロナウイルス流行期に高齢者施設で発生したRSV-Bの集団感染事例

(IASR Vol. 43 p87-88: 2022年4月号)

 

 RSウイルス感染症はRSウイルス(respiratory syncytial virus:RSV)の感染により引き起こされる呼吸器感染症である。小児における初感染では細気管支炎や肺炎といった重い症状を引き起こすことが知られているが, 慢性呼吸器疾患等の基礎疾患を有する高齢者においても感染による重症化のリスクがあることが報告されており1), 高齢者施設などでの集団感染には注意が必要である。今回, 2021年8月に県内の高齢者施設で発生したRSVに起因すると考えられた集団感染事例について, 疫学および分子疫学解析を行ったので, その結果を報告する。

 当該施設は定員54名の特別養護老人ホームであり, 2021年8月8日に入所者2名が呼吸器症状を呈した(1名が咳嗽, 1名が咳嗽および喘鳴)ことが確認された。その後, 約2週間で症状を呈する入所者は計20名となった(図1)。20名の年齢は平均86.8歳(中央値:87歳, 四分位範囲:80.5-92), 男性が6名(30%)であった。症状は咳嗽が18名(90%), 鼻汁が8名(40%), 喘鳴が2名(10%)であった。体温37.5℃以上が確認されたのは12名で, 平均37.9℃, 最高38.4℃であった。期間中, 計5名が入院となり, そのうち2名に肺炎の所見が認められたが, いずれも誤嚥性肺炎および肺炎球菌性肺炎と診断された。当時県内では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第5波のピーク期(2021年第33週:陽性者数2,339名)にあり, 症状を呈した入所者に対して, そのつど新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のPCR検査が実施されたが, 陽性となった人はいなかった。インフルエンザの迅速検査についても同様であり, 原因検索のため8月24日に有症状者20名の鼻腔ぬぐい液が採取され, 当所に搬入された。

 搬入された検体についてリアルタイム(RT)-PCR法により, 主な呼吸器ウイルスの遺伝子検査を実施した結果, 20検体中13検体からRSV遺伝子が検出された。さらに, 既報2,3)に従いGタンパクC末端超可変領域を含む塩基配列をダイレクトシーケンス法により解析した結果, 8検体で塩基配列が得られた。解析領域についてこれらの配列を比較したところ, 7検体で100%一致し, 1検体で他と1塩基のみ異なっていた。検査の結果と検体が採取された人の発症日からは, 施設内で同一のウイルスが入所者間において継続的に伝播を繰り返したことで感染が拡大したことが推察された。また, 1塩基のみ他と異なる遺伝子配列が確認された人の発症日は8月23日と, 初発例の確認から約2週間後であり, 施設内における伝播の過程でウイルスに塩基の変異が生じた可能性が考えられた。

 今回得られた遺伝子配列について遺伝子系統樹解析を行った結果(図2), これらはRSV-Bの遺伝子型BA9に分類された。BA9型は近年国内のRSV-Bにおいて優位3), 2021年にも他自治体から報告のあった遺伝子型であり4,5), 2014年以降当所で検出されたRSV-Bもすべて同型である。

 2021年の県内のRSV感染症の定点当たり報告数は全国と同様6)にそのピークは例年よりも早く, またピーク時の報告数は例年を大きく上回った(第29週に最多報告数4.07人/定点)7)。RSV感染症は小児科定点把握疾患であることから, 成人における流行状況の詳細は不明であるものの, 本事例はそのピークから2週間後に発生している。本事例では有症者に先行して症状のあった職員等は確認されていないが, 家庭内等で小児からの感染を受けた無症状の職員等が存在した可能性が考えられた。これらのことから, 本疾患流行時には小児のみならず幅広い対象に対する注意喚起を行うことの重要性が感じられた。

 今回, SARS-CoV-2の流行時期にハイリスク者である高齢者の集団において, SARS-CoV-2以外の原因検索が実施されたこと, また, その結果により適切な感染対策が講じられたことは有意義であったと考える。当所には2021年に病原体定点医療機関からの検体提出がなく, 流行の主体となったウイルスの実態は不明であるが, 2022年に提出された検体からはRSV-A(ON1型)が検出されており, 今後も動向を注視する必要があるものと考える。今後, 継続した遺伝子解析および疫学情報の収集を行い, 蓄積したデータを基に, 県内で発生した症例についてウイルスと疫学の両面の特性から評価をしていくことができるよう, その体制の強化に努めたい。

 

参考文献
  1. 西村秀一ら, IASR 39: 212-213, 2018
  2. Peret TCT, et al., J Gen Viral 79: 2221-2229, 1998
  3. Hibino A, et al., PLOS ONE 13(1): e0192085, 2018
  4. 江川和孝ら, IASR 42: 195-197, 2021
  5. 糟谷 文ら, IASR 42: 261-263, 2021
  6. 感染症発生動向調査週報(IDWR)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html
  7. 茨城県感染症情報センター, 感染症流行情報(週報)
    https://www.pref.ibaraki.jp/hokenfukushi/eiken/idwr/weekly/index.html

茨城県衛生研究所        
 堀江育子 永田紀子 小室慶子 吉田大輔
 岩間貞樹 柳岡利一 
茨城県土浦保健所        
 堺堀典子 小川英子 入江ふじこ 

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