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国立感染症研究所における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)変異株のモニタリングと評価

(IASR Vol. 43 p276-278: 12月号)
 

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は, 世界的な流行拡大とともに変異を蓄積し形質を変化させている。変異により新たな形質を獲得したウイルスとして問題になったのは, 世界保健機関(WHO)がアルファと呼称する, 英国で最初に見つかったPANGOLIN(Phylogenetic Assignment of Named Global Outbreak Lineages: PANGO系統)分類のB.1.1.7系統の変異株である。感染・伝播性の上昇が著しく, その後, ほぼ世界的に流行株はアルファに置き換わるに至った。以後, 感染・伝播性の上昇, あるいは既感染やワクチンによる獲得免疫から逃避する性質, あるいはその両方により, 感染者数増加の優位性(growth advantage)を有するB.1.617.2系統の変異株(デルタ), そしてB.1.1.529系統の変異株(オミクロン)に世界的に置き換わって流行してきた。特にオミクロンについては, 潜伏期間の短縮や免疫逃避性の上昇などの形質の変化が著しかった。さらには, オミクロンに分類される亜系統の中で, BA.1系統からBA.2系統, そしてBA.5系統への置き換わりが観察されてきた。デルタの流行時まではわずかであった系統間の組み換えによる変異株も, オミクロン流行以降では様々な種類が検出されるようになっているが, 流行の主流を形成するには2022年11月現在至っていない。

 これまでにSARS-CoV-2変異株はPANGO系統で2,000を超える系統に分類されている。そのすべてが大きな形質の変化をともなっているわけではないが, 検出初期の段階では形質の変化を判断できる疫学情報は十分には得られない。一方で, 疫学情報が十分に得られるのを待っていては変異株の流行を制御することが困難になる。国立感染症研究所(感染研)では, アミノ酸配列の変異からの推測や, シュードウイルスや分離ウイルスを用いた実験系での病原性や毒力, 免疫逃避能の評価, 各国でのサーベイランスにおける変異株の検出情報, 国内外の疫学調査結果や分析の報告, 専門機関の評価レポート, 等を踏まえて, それぞれの変異株の発生動向と形質変化に関する情報をモニタリングしてリスクを随時評価し, 「感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異株について」(以下, リスク評価)としてまとめ, 対策の強化や変更の検討のための情報提供を行ってきた(https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/10745-cepr-topics.html)。

 リスク評価は, おおむね1カ月に1回程度, また特に新規変異株の発生直後などの状況が大きく変化している場合には3日~1週間で更新し, 感染研のホームページ上で公開するほか, 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードに報告してきた。検疫検体におけるゲノム検査でこれまでに報告がない新規変異株が検出された場合にその迅速評価を行ったものを含めれば, 2020年12月22日に第1報を発行してから, 2022年10月までに計35報を報告してきた。

 変異株は, WHOや欧州疾病予防対策センター(ECDC)ほか各国で様々な分類がなされているが, 国内では, WHOによる分類方法を踏襲し, 国内での流行状況を加味して, 感染研が2021年3月から「懸念される変異株(variants of concern: VOC)」と「注目すべき変異株(variants of interest: VOI)」に分類してきた(第7報 2021/03/03 14:00時点)。2021年10月からは監視下の変異株(variants under monitoring: VUM)のカテゴリーを追加した(第14報 2021/10/28 12:00時点)()。見つかった当初からVOCに位置付けられる変異株もあれば, VOIに位置付けられたものの, その後VOCに位置付けられることもなく分類から外れた変異株もある。オミクロンはVOIに位置付けられたのち, わずか2日でVOCに変更するに至った。現在VOCにはオミクロンが位置付けられているのみである。機関によっては, オミクロンをVOCに位置付けつつ, 亜系統を別途分類したり(例:omicron subvariants under monitoring:監視下のオミクロンの亜系統), ある亜系統に特定のアミノ酸箇所の変異が入ったウイルス群を別途分類したりする例(BA.5+R346XをVOIとする, など)もある。VOC, VOI, VUMに位置付けられた変異株については, 国内・検疫での検出数を2021年第17・18週~2022年第23週まで感染症発生動向調査週報(IDWR)で, 以後は感染研ホームページで報告してきた。

 今後SARS-CoV-2の変異がどのような方向に向かっていくかは予測が困難である。オミクロン出現時のように大きく形質が変化した新規変異株により, 流行の動態が再び大きく変わる可能性もあるが, 現時点では, オミクロンと総称される系統の中で, 主に免疫逃避に寄与するがその他の形質は大きく変化していない変異株が生じていると考えられる。世界の人口の免疫状態や, 介入施策も多様になる中で, 変異株の性質が流行の動態に直接的に寄与する割合は低下していると考えられる。変異株の発生動向や病原性・毒力(virulence), 感染・伝播性, ワクチン・医薬品への抵抗性, 臨床像, 等の形質の変化を継続して監視し, 迅速にリスクと性質を評価し, それらに応じた介入施策が検討される必要がある。

 アドバイザリーボード: 国のCOVID-19対策を円滑に推進するに当たって必要となる, 医療・公衆衛生分野の専門的・技術的な事項について, 厚生労働省に対し必要な助言等を行う専門家会議


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