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エムポックスの検査体制の全国展開

(IASR Vol. 44 p91-92: 2023年6月号)
 

エムポックスは感染症法上の4類感染症であるが, 国内で届出対象となった2003年以降届出はなく, 国立感染症研究所(感染研)においてのみ病原体診断が可能であった。2022年5月に, 英国から海外渡航歴のないエムポックス患者の発生が複数報告された後, 速やかにエムポックス検査体制の国内展開の検討を開始した。今般, その対応を時系列でに整理するとともに, 今後の新興再興感染症への対応における全国的な検査体制整備の初動に関する示唆を報告する。

全国的なエムポックス検査体制整備の時間経過

2022年5月16日(日本時間5月17日早朝), 世界保健機関(WHO)より, 英国から4例の海外渡航歴のないmen who have sex with men(MSM)のエムポックス症例が報告された。同日, 感染研では所内の検査体制や病原体検出マニュアル等の確認に着手した。5月20日, 厚生労働省(厚労省)より注意喚起等に関する事務連絡が発出されたが, 検体採取方法等については従来の電子顕微鏡を用いた形態学的検討を念頭においた検体から, PCR法を用いることを念頭においた検体を中心とした記載に変更が必要であったことから, 追って示すこととされた。同日, 感染研ウイルス第一部で既存のエムポックスウイルス(MPXV)検査系の妥当性を, 陽性コントロールを用いて確認した(さらに同24日, 保存ウイルスから抽出した核酸を用いて動作確認を行った)。5月24日, 地方衛生研究所(地衛研)・厚労省・感染研で協議し, プライマー・蛍光プローブ・陽性コントロールを全国の地衛研に配布することで合意した。具体的には, エムポックス, 水痘, 天然痘をマルチプレックスreal-time PCR法により同時検出可能な既存の検出系のプライマー・プローブセットを, 全国の地衛研に配布することとし, 検査体制整備に向けた準備を開始した。同日, 病原体検出マニュアル案(PCR部分)について, 地衛研から意見聴取を開始した。しかし, 蛍光プローブの種類によっては, 一部の地衛研が所有する機器では検出不可との指摘があり, 検査系の再検討を行うこととなった。6月7日, ①汎オルソポックスウイルス属ウイルス(MPXV, 牛痘ウイルス, ワクシニアウイルス, ラクダ痘ウイルス, ヤギ痘ウイルス, 天然痘ウイルス)の検出系としてA3L遺伝子またはH2R遺伝子をターゲット領域とするreal-time PCR検出系(SYBR Greenによる)と, ②2色の蛍光プローブを用いたMPXVのF3L遺伝子(FAMによる検出)と水痘帯状疱疹ウイルスのORF38遺伝子(VICによる検出)をターゲット領域とするマルチプレックスreal-time PCR法(TaqManプローブによる)の検出系を病原体検出マニュアルにて示すことを決定した。6月10日には, 感染研から新たなプライマー・蛍光プローブセットを作製業者に発注し, 6月17日に病原体検出マニュアルを公開した(https://www.niid.go.jp/niid/ja/labo-manual.html)。6月22日, 全国の地衛研へのプライマー・蛍光プローブ・陽性コントロールの出荷を開始した。しかしながら, 多くの地衛研で汎オルソポックスウイルス検出用のreal-time PCR(SYBR-Greenによる)用の試薬常備がなく, 検査マニュアルに記載のQuantiTect SYBR Green PCR Kit(QIAGEN)が業者からの納期未定のため検査体制が構築できない, との意見があった。また, 代替試薬となり得るQuantiTect Probe PCR Kit(QIAGEN)も業者の在庫が限られているなどの問題も生じたことから, 各地衛研で使用されていた他のreal-time PCR反応試薬等を用いて検証を行い, 代替法の共有が進められた。7月7日, 地衛研で保有する試薬を用いた検査結果を集計し, ①は25施設で5種類の試薬が使用されすべて良好な結果であった。②は41施設で11種類の試薬が使用され1つの試薬は3施設で結果不良, 別の1つの試薬は2施設でやや不良とされた。その後, 7月22日の時点で全国79施設の地衛研で, 計約1,400件/日の検査が可能となった。

検査系の迅速な全国展開にかかる教訓

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対応の経験を活かし, 関係者の密な連携により, 英国の発生報告からまもなく国内における検査体制の整備に着手し, 国内事例発生前に全国の地衛研に検査試薬の配備を行えたことは大きな成果であった。一方で, 全国展開の合意から試薬の発送に至るまで約1カ月, すべての都道府県において検査が可能になるまでさらに約1カ月を要した。今後の新興再興感染症への検査体制構築の事前準備について, 以下のような教訓があると考えられた。

①病原体検出マニュアルは, 検体採取法も含めて随時検討しアップデートする

②マルチプレックス系によるreal-time PCR法では, その組み合わせについて, それぞれの検査の要否を様々なシナリオで事前に検討する

③全国の地衛研で使用するPCR機器や試薬が異なることを踏まえ, 検査法の方針を決定する際に, 早い段階で感染研と地衛研が協議するとともに, 病原体検出マニュアルに記載された検査法の迅速な検証メカニズムを構築する

④病原体検出マニュアルに記載する試薬は, 国内で入手が容易なものを極力採用する

⑤プライマー・蛍光プローブ・陽性コントロール等検査試薬の速やかな全国展開のための資金の確保と, 迅速な配布を可能にする関係事業者(試薬製造・販売業者, 運送会社等)と連携した供給枠組みを事前に構築する

感染症法および地域保健法改正により, 検査体制を含めた地域の感染症危機対応能力の向上が重要課題である。上記の教訓を踏まえつつ, 新興再興感染症発生を想定した定期的な訓練・演習の実施なども含め, さらなる事前準備と対応基盤の整備が望まれる。

 

国立感染症研究所         
 感染症危機管理研究センター   
  齋藤智也 影山 努 嶋田 聡 横田栄一 吉見逸郎
 ウイルス第一部         
  海老原秀喜 下島昌幸 吉河智城 黒須 剛           
 感染病理部           
  鈴木忠樹 永田典代      
愛媛県立衛生環境研究所      
 四宮博人            
山口県環境保健センター      
 調 恒明            
東京都健康安全研究センター    
 吉村和久

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