国立感染症研究所

 

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低・中所得国における麻疹・風疹排除の課題と対策―ラオスとベトナムの血清疫学研究から―

(IASR Vol. 45 p59-61: 2024年4月号)
 
はじめに

世界保健機関(WHO)では, 各地域において麻疹・風疹排除目標が掲げられ, 各国でワクチン接種やサーベイランスの強化など, 様々な取り組みが行われている1-3)。しかし一部の低・中所得国では, 高い接種率を達成しながら麻疹や風疹のアウトブレイクを繰り返しているため, その原因の究明と対策が求められている。そこでWHO世界麻疹風疹特別実験室に指定されている国立感染症研究所ウイルス第三部と, WHO協力センター(保健システム強化)である国立国際医療研究センター国際医療協力局がラオス, ベトナムを対象に血清疫学研究を実施し, 排除への課題を考察した。

ラオスの事例
4,5)

ラオスの一般人口(約750万人)における麻疹・風疹のIgG抗体保有率を推定し, 集団免疫の獲得状況および国家予防接種プログラムの有効性を評価する目的で, 多段階クラスターサンプリング法による全国血清疫学調査を, 2014年および2019年の2回にわたり実施した()。2014年の調査では, 麻疹と風疹の抗体保有率はそれぞれ83.9%〔95%信頼区間(95%CI): 83.8-84.0〕と75.4%(95%CI: 75.3-75.5)と推定された。年齢群ごとにみてみると, 定期接種(生後9~11か月)を受けているであろう1~2歳では, 接種率(82%, 2013年)に対して, 実際の抗体保有率は著しく低かった〔麻疹48.6%(95%CI: 40.0-57.1), 風疹50.7%(95%CI: 42.5-58.9)〕。また, 調査直近では2011年に9か月~19歳を対象とした補足的予防接種(SIA)が実施されており, 風疹についてはSIA対象年齢群(5~21歳)における抗体保有率は, 非SIA対象年齢群(22~39歳)のそれよりも有意に高く〔88.2%(95%CI: 84.5-91.8) vs 74.6%(95%CI: 70.7-78.5), p<0.001〕, 予防接種による抗体獲得効果が高いと考えられた。一方麻疹については, SIA対象年齢群における抗体保有率は有意に低く〔86.8%(95%CI: 83.0-90.6) vs 99.0%(95%CI: 98.3-99.8), p<0.001〕, また年齢とともに抗体保有率が高まることから, 野生の麻疹ウイルスへの自然曝露による抗体獲得の影響がより大きいと考えられた。この調査結果にもとづき, 国家予防接種プログラムは, 定期接種の強化, 抗体保有率の低い年齢層を対象とした2回のSIA(2014年: 9か月~10歳, 2017年: 9か月~5歳)を実施し, 2019年の調査では, 全人口における抗体保有率は麻疹では83.9%(95%CI: 83.8-84.0)から98.3%(95%CI: 97.7-98.8), 風疹では75.4%(95%CI: 75.3-75.5)から87.8%(95%CI: 86.4-89.2)となり, いずれも10%以上の増加が認められた。

ベトナムの事例

ベトナムでは, 2019年に南中部の4省(Khanh Hoa, Ninh Thuan, Binh Dinh, Quan Ngai)において, 多段階クラスターサンプリングによる血清疫学調査を実施した。人口比例抽出法を用いて計48村を無作為に抽出し, それぞれの村で40世帯を無作為に抽出した。各世帯における1~39歳の世帯構成員全員を調査対象として, ろ紙に採取した血液を用い, 麻疹, 風疹IgG抗体価を測定した。

麻疹IgG抗体陽性率は, 全年齢でおおむね98%以上と高かった。風疹IgG抗体陽性率は1~4歳で約80%であり, 年齢とともに上昇を認め, 10代で100%近くに達した一方, 20歳以上では70%前後であった。ベトナムでは1981年に麻疹予防接種が導入され, 繰り返し行われたSIAは毎回95%以上の高い接種率を認めており, 全年齢群で麻疹IgG抗体陽性率が高かったのはプログラム実績を反映したものと考えられた。風疹については, 2014年に予防接種が導入され, 当時実施されたSIA(接種率95-98%)の対象者の風疹IgG抗体陽性者が上昇している一方, 妊娠可能年齢の女性が多く含まれる20代以上において抗体陽性率が充分でなく, 先天性風疹症候群(CRS)の発生リスクは引き続き高いものと思われた6)

考察―低・中所得国における麻疹・風疹排除の課題と対策

低・中所得国においてはワクチンの温度管理が十分でない場合が多く, 麻しん風しん混合ワクチンを接種すると, 高温曝露に対する安定性の違いにより麻しんワクチン成分が不活化され, 麻疹IgG抗体陽性率が風疹IgG抗体陽性率より低くなることがある。2017年ラオスにおいて首都からヘルスセンターに運搬される際のワクチン温度を経時的に測定したところ, 9.0%の期間で8℃を上回り, 1.3%の期間で0℃を下回っていた7)。パプア・ニューギニアにおけるパイロット研究では, 風疹IgG抗体陽性率は82%で, 麻疹IgG抗体陽性率(63%)より高値であった8)。低・中所得国においてはワクチン温度管理に特に留意する必要がある。

ラオス, ベトナムにおいてSIA対象外であった若年成人における風疹IgG抗体陽性率が低く, 今後もCRSが発生し続ける可能性がある。成人を対象とする風しん含有ワクチンによるSIAが必要であろう。

サーベイランスが脆弱で, 報告接種率が信頼できない低・中所得国においては, 予防接種プログラムを評価するには血清疫学研究が有用である。各疾患の有病率や抗体保有率を別々に評価すると費用がかかるが, 多種類の抗原・抗体を同時に測定することにより, 研究費用全体の半分以上を占める調査準備(調査員トレーニング等), フィールド調査, 検体輸送に要するコストを削減できる9,10)

協力機関: ラオス人民民主共和国保健省, ベトナム社会主義共和国ニャチャン・パスツール研究所, ロンドン大学衛生熱帯医学大学院, 順天堂大学熱帯医学・寄生虫病学講座, 世界保健機関(WHO), 国連児童基金(UNICEF)

 

参考文献
  1. WHO, Tenth Annual Meeting of the Regional Verification Commission for Measles and Rubella Elimination, in the Western Pacific
    https://www.who.int/publications/i/item/RS-2022-GE-14
  2. 駒林賢一ら, IASR 44: 50-51, 2023
  3. 染谷健二ら, IASR 43: 208, 2022
  4. Hachiya M, et al., PLoS One 13: e0194931, 2018
  5. Miyano S, et al., Int J Infect Dis 129: 70-77, 2023
  6. Hachiya M, et al., Int J Infect Dis (投稿中)
  7. Kitamura T, et al., Heliyon 7: e07342, 2021
  8. Ichimura Y, et al., IJID Reg 3: 84-88, 2022
  9. Okawa S, et al., Int J Infect Dis 125: 51-57, 2022
  10. Komada K, et al., J Virus Erad 8: 100309, 2022
国立国際医療研究センター国際医療協力局
 市村康典 大川純代 駒田謙一 蜂矢正彦 宮野真輔         
国立感染症研究所ウイルス第三部    
 森 嘉生 梁 明秀

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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