はじめに

 1989年にC型肝炎ウイルスの遺伝子断片が捉えられてから24年が経ち、治療法は多いに進歩してきた。遺伝子型1bで高ウイルス量症例に対しては従来のインターフェロン (IFN)とリバビリン(RVB)併用療法ではSustained virological response (SVR)40-50%程度であったが、プロテアーゼ阻害剤の併用によりどこまで改善するか期待されている。さらに、近い将来導入されるNS5A阻害剤、ポリメラーゼ阻害剤により、IFNのない経口薬での治療で、HCVの撲滅も間近に迫っているといっても過言ではない。しかし、我が国にはいまだに約150万人、全世界には約1.7億人もの感染者が存在すると推定されており、HCVは感染後、持続感染により慢性肝炎をひき起こしやすく、さらに肝硬変、肝細胞癌へと進行することがあるので、公衆衛生上最も重要な病原ウイルスのひとつである。

感染症法における取り扱い (2012年7月更新)

 「ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)」は全数報告対象(5類感染症)であり、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出なければならない。届出基準はこちら

治療・予防

 急性B型肝炎は本来、自然治癒する傾向が強い疾患である。治療上最も大切な点は極期を過ぎたか否かを見極めることであり、劇症化への移行の可能性に留意しながら対処する必要がある。 特に、肝予備能を反映するプロトロンビン時間、ヘパプラスチンテストなどの凝固系検査は明らかな改善傾向を示すまで測定し、また腹部超音波、CT検査により肝萎縮の程度を把握する。急性B型肝炎の生命予後は、重症化、劇症化しなければきわめて良好である。劇症化した場合には血漿交換、人工肝補助療法、生体肝移植などの治療が必要となる。

 B型慢性肝炎の治療ガイドラインの基本的な方針は以下のように推奨されている。慢性肝炎に対する初回治療では、HBe 抗原陽性・陰性や HBV ゲノタイプにかかわらず、原則として Peg-IFN 単独治療を第一に検討する。慢性肝炎に対する再治療では、従来型 IFN・Peg-IFN による前回治療に対する再燃例に対しては Peg-IFN 治療による再治療を考慮する。前回治療において効果がみられなかった IFN 不応例ではエンテカビルによる治療を行う。エンテカビル治療を中止したものの再燃した 症例においてもエンテカビルによる再治療を考慮する。肝硬変に対しては初回治療よりエンテカビルの長期継続治療を行う。

 HBV感染の予防は感染経路を遮断することであり、輸血用血液および血液製剤のウイルス検査、またはワクチン接種が有効である。B型肝炎ワクチンは我が国では1985年に認可され、翌年からは母子感染防止事業にグロブリン製剤との併用で用いられ、大きな成果をあげている。また、医療従事者などのハイリスクグループにおいても予防接種が感染防止に有効である。第一世代のワクチンは、HBVキャリアの血漿より精製されたHBs抗原を用いたものであるが、その後、組換えDNA技術を応用してHBs遺伝子を酵母や動物細胞で発現させ製造した第二世代ワクチンが使用されている。WHOは5歳児のHBVキャリア率1%以下を到達目標とし、その手段としてB型肝炎ワクチン接種を勧奨しており、既に、多くの国や地域ですべての児(新生児、学童)にワクチンを接種する「ユニバーサルワクチネーション」が導入されている。ワクチン接種によって抗体を獲得し、HBVキャリア化しやすい小児期をHBV抵抗性に保持することが目的である。ユニバーサルワクチネーションの効果は接種対象となる小児のHBV感染を防ぐだけでなく、小児から大人への感染を防ぐ効果も期待できる。アメリカではユニバーサルワクチネーションを導入した結果、ユニバーサルワクチネーション対象年齢以外の急性B型肝炎数も減少した。一方、「セレクティブワクチネーション」はHBVキャリア母から生まれる児を対象とした感染防止プログラムである。妊婦検査、B型肝炎ワクチン及びHBIGを併用した処置を行う。日本では母子感染防止事業として1986年から実施され、1995年度からは健康保険の給付対象となっている。その結果、HBs抗原陽性率は減少した。このプログラムを完全に実施できれば、94〜97%の高率でキャリア化を防ぐことができるが、胎内感染、妊婦検査の漏れ、処置の煩雑さや不徹底、産婦人科と小児科の連携(新生児は産婦人科で診るがそれ以降は小児科に移るため、予防処置が引き継がれないことがある)などプログラムの不完全実施、さらに家族内の水平感染、など難しい面もある。また、対象児は感染を免れHBV抵抗性となるが、その他の児はHBV感受性のままである。国別急性B型肝炎報告数の年次推移によると、患者が多かった米国、イタリアはユニバーサルワクチネーション導入後、急性患者数が減少している。一方、もとから患者数が少なかった国はセレクティブワクチネーションを選択する傾向があるが、ノルウェーのように、ハイリスク集団からHBV感受性者に性感染を通して流行が広がるケースもある。

 公共経済学的な観点からB型肝炎ワクチンを論じた報告は少ないが、各国により事情は異なると考えられる。HBVのキャリア率、HBV感染によって引き起こされる疾患、特に肝硬変や肝がんによる死亡数、ワクチンのコストなどが重要な要素となる。米国の場合、80万人から140万人のHBVキャリアが存在すると推定され、年間2,000から3,000人がHBV感染に関連する原因で死亡している。1982年からハイリスク群に対するワクチン接種とキャリアの妊婦からの垂直感染予防が実施され、1991年より全出生児に対してワクチン接種開始、1995年から11〜12歳児に接種開始、1999年から19歳以下に全員接種開始、2005年からは出生後24時間以内に全員接種開始、2006年からハイリスク群の成人も全員接種が開始された。ハイリスク群以外の20歳以上の成人についてはワクチン接種が自己負担である。その効果として急性肝炎症例数が減少しているが、経済的な効果についてはまだ報告されていない。日本と同じくセレクティブワクチネーションが行われているアイルランドの成績では人口10万対8.4人の急性肝炎があり、HBVを含む6種類の混合ワクチンを用いるとすれば、ユニバーサルワクチネーションのほうが、差し引き費用が少ないと結論している。日本の本格的な費用対効果分析のためには適切なデータが必要であり、今後の調査が望ましい。地域別ユニバーサルワクチネーション導入の状況は、WHO加盟地域の92%がB型肝炎ワクチンを定期接種に組み込み、3回接種実施率は71%に達する。セレクティブワクチネーションは、日本、イギリス、北欧などの数カ国にとどまる。特に西太平洋地域においては出生後24時間以内接種及び3回接種を2008年において加盟37の国及び地域中26カ国が達成した。西太平洋地域における5歳児のHBs抗原陽性率はワクチン接種実施前の約9.2%から2007年には1.7%まで減少したと推定されている。

 B型肝炎ワクチンは長く世界中で使われているが、安全性の問題が起こったことはない。ワクチン接種によるHBVエスケープミュータント(中和抵抗性変異ウイルス株)の発生が危惧されているが、エスケープミュータントはHBV自然感染下でも発生する。これについては現在も研究が進められている。現在の標準的な見解では、「ユニバーサルワクチネーション実施下では、HBVエスケープミュータントが一定の割合で検出されるが、そのような変異株が広がる兆候はみられない」とされている。B型肝炎ワクチン接種の副作用としては、5%以下の確率で、発熱、発疹、局所の疼痛、かゆみ、腫脹、硬結、発赤、吐き気、下痢、食欲不振、頭痛、倦怠感、関節痛、筋肉痛、手の脱力感などが見られる。いずれも数日で回復する。ワクチン成分(酵母)に対するアレルギー反応がある人はHBIGを選択するが、予防効果は短期間である。多発性硬化症などいくつかの副作用の疑いが報告されてきたがいずれも科学的な根拠は否定されている。

 B型肝炎ワクチンによる抗体獲得率は若いほど高い傾向にある。40歳までの抗体獲得率は95%、40〜60歳で90%、60歳以上になると65〜70%に落ちる。HBV曝露後には早期(7〜14日後まで)にHBIGの筋肉内接種に加えてB型肝炎ワクチンを接種すれば感染予防効果が期待される。また、HBVキャリア化予防効果については、台湾で1,200人の児童を対象にして、ワクチン接種時の7歳から7年後の14歳まで経過観察を行ったデータがある。これによると、対象者のうち、経過観察期間中に11人がHBV感染していたことが判明した(HBc抗体陽転)が、HBVキャリア化した児童はいなかった。B型肝炎ワクチンは全接種者の10%前後のnon responder、 low responderが見られる。この場合は追加接種、高用量接種、接種方法変更(皮内接種)などで対応する。遺伝子型が異なるウイルスに対するワクチンの有効性は今のところ不明である。遺伝子型が異なっていても血清型が重複し、血清型間の交差反応が認められていることからある程度の有効性は期待できる。また、自然感染において異なる遺伝子型ウイルスの重複感染が大きな社会問題となったことはない。しかしながら、遺伝子型が異なるウイルスの抗原エピトープの立体構造がワクチン株と異なる場合、ワクチンによる感染防御能が弱くなる可能性があるという研究結果もある。前述のエスケープミュータントの問題も含めて、今後の検討が必要である。ワクチン3回接種後の防御効果は20年以上続くと考えられている。抗体持続期間は個人差が大きい。3回接種完了後の抗体価が高い方が持続期間も長い傾向がある。

 

病原診断

 B型肝炎のウイルス診断としては、HBs抗原・抗体、HBc抗体、HBe抗原・抗体、HBV
DNA
検査、およびHBV DNAポリメラーゼ活性の測定が行われている。HBVの感染状態ではHBs抗原が持続的に産生されており、HBs抗原が陽性であれば現在B型肝炎に感染していると診断できる。最近、HBs抗原測定系は大変感度が良くなり、HBs抗原測定により感染者が見出される。急性B型肝炎の場合には、HBs抗原に加えて、IgM-HBc抗体高力価陽性を確認することで、急性肝炎で早期に陰性化するHBs抗原により見逃すことがなくなる上に、キャリアの急性増悪のIgM-HBc抗体低力価陽性と鑑別できる。

 無症候キャリア(免疫寛容期)ではHBVは増殖しているが、ALTは正常で、肝臓組織もほぼ正常である。この時期は、血中HBV DNA量が多く、HBe抗原、HBs抗原陽性、肝内cccDNAも多い。HBe抗原陽性の慢性肝炎では、HBV排除のための宿主免疫反応が起こり、肝炎の症状を示す。この状態が長期に続くと肝硬変へと病状が進展していく。多くの患者では、HBe抗原が陰性化し、HBe抗体が陽性化(セロコンバージョン)し、非活動性キャリアとなる。しかし、HBV DNAはあまり低下せず、肝炎の再燃を繰り返し、肝硬変や肝癌へ病状が進行する症例もある。肝炎が落ち着いた非活動性キャリアでは、血中HBV DNA量が減り、肝発癌の可能性も下がる。一部の症例では、さらにHBs抗原も陰性化し、ほぼ正常に近い回復期となる。しかし、HBs抗原は陰性化しても肝細胞内にはcccDNAが残存しているので、HBVが完全に排除されたわけでなく、抗がん剤、免疫抑制剤等でB型肝炎の再活性化がみられることがあり、十分な経過観察が必要である。これまでHBVの活動性の評価には上記のようにHBe抗原・抗体およびHBV DNAが中心であったが、最近は抗ウイルス療法の新しいマーカーとして、HBs抗原量やHBコア関連(HBcr)抗原量が用いられるようになってきた。

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