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新型コロナウイルスSARS-CoV-2ゲノム情報による分子疫学調査(2021年1月14日現在)
新型コロナウイルス・ゲノム疫学解析によるクラスター対策
2019年末の中国・武漢市で初めて確認された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2020年1月に国内で初めて感染者が確認された。その後、現在まで地域的な感染クラスター(集団)とその集合体による複数回の感染ピークを生じている。自治体の積極的疫学調査を支援すべく、SARS-CoV-2(一本鎖プラス鎖RNAウイルス、全長29.9 kb)のゲノム配列を確定し、感染クラスターに特有な遺伝子情報およびクラスター間の共通性を解析している。これまでに3回にわたってゲノム情報が示す国内伝播の状況を概説してきた(2020年4月27日1)、2020年8月6日2)、2020年12月11日3))。また、日本国内4,5)、ダイヤモンド・プリセンス号の乗員乗客6)、空港検疫所の陽性検体7)より確定されたSARS-CoV-2ゲノム配列の解析については学術誌にて参照可能である。
国内主流2系統(Pangolin系統 B.1.1.284, B.1.1.214)
年末年始の第3波急拡大と英国で発生した新規変異株 VOC 202012/01の懸念がより一層増しており、本報告においては2021年1月初旬までのゲノム情報から集約されるゲノム・クラスターの分子疫学的考察を示したい。世界各地の研究機関でSARS-CoV-2のゲノム配列が解読されており、2021年1月18日現在で360,375ゲノム配列(分子疫学に適正な完全長配列)がGISAID*1に登録されている8)。国内の陽性検体からも約1.6万のSARS-CoV-2のゲノム情報を確定し、ゲノム情報から得られた塩基変異を基にウイルス株間の関係を示すハプロタイプ・ネットワーク図を作成した(図1上、GISAIDに配列登録済み)。3~4月の欧州系統(Pangolin*2系統 B.1.1.114)から7~9月を中心にPangolin系統 B.1.1.284と B.1.1.214へ波及し、10月以降の第3波ではB.1.1.214が主流になりつつあることが判明した(図1下、図2)。現在の国内で検出される第3波SARS-CoV-2は元を辿れば2つのゲノム系統に由来すると推定される(図1)。それら2つのゲノム系統において起点となる欧州系統との明確なリンク役となるウイルス株はいまだ発見されておらず空白リンクのままである(2020年8月6日そして 12月11日公開時と見解は変わらず)。
2021年1月初旬時点の日本国内におけるPCR検査を主とする総陽性者数はおよそ30万人であることから、全体の5%の陽性者から検出されたウイルスについての分析ができたことになる。しかしながら、主に大都市圏での調査が十分に実施できていないため、本調査は地域バイアスを伴った評価であることがぬぐえない。このため、できうる限り直近の陽性検体においてさらなる追加調査が必須であると考える。
新型コロナウイルス・ゲノムの微小変化(変異)について
SARS-CoV-2は年間約 24-25塩基変異/ゲノムの塩基変異速度を示すウイルスであり9)、その変異の多くは中立的に発生し、ウイルスの性状に大きな変化を来さないと想定される。実際、現在の国内主流2系統(B.1.1.284, B.1.1.214)は614番目のアスパラギン酸DがグリシンGに変異したSpike(S: D614G10))を基本にした3~4月・欧州系統が由来であり、D614Gを継承しながらも特筆すべき追加のアミノ酸変異は認められない。いまのところ、この主要2系統からワクチン・抗体医薬が保有すべきウイルス中和活性を損なうと推定されるアミノ酸変異は検出されていない。一方、英国変異株VOC 202012/01、南アフリカ 501Y.V2, ブラジル変異株 501Y.V3ではSpikeタンパク質に多重変異(N501Y を含む7カ所以上のアミノ酸変異)が検出されており、多様な変異株の世界的な発生動向が注視されている11)。
海外からの流入疑いを示すゲノム・クラスター (Pangolin系統 B.1.346 USA lineage)
主流2系統に加え少数ながら特徴的なPangolin系統を示すゲノムクラスターが検出されている。その多くが散発事例として固有地域内で収束していることが確認されている一方、11月中旬の採取検体からPangolin系統 B.1.346(USA lineage)に分類される12検体がほぼ同時期に複数の自治体から検出された(図1・緑背景; 図3)。B.1.346系統は、武漢系統(1~2月)および欧州系統(3~4月)から14塩基変異(およそ7カ月間の経過)以上も離れていること、現在の主要2系統から大きく系譜が離れていること(図1上)、また、米国での検出頻度が高い(図3右)ことが判明した。これらを総合すると、B.1.346は国内系統の派生株ではなく、海外からの流入による株である蓋然性が高いと判断された。Spikeタンパク質はD614G変異のみ有し、英国・変異株等のようなSpike 多重変異は無い。11月中旬時の「水際対策」に比べて現時点での「水際対策」が米国を含めて厳格になっており、「水際で検出して封じ込めることが可能」なため国内への新たな流入リスクは非常に低い。
おわりに
全ゲノム情報から検出される塩基変異を手がかりに、第1、2、3波の特徴を“ゲノム分子疫学”として分析し、現在の国内の主流系統は2つを起源にしていることを明らかにした。第2波から第3波への推移で分子系統の変遷(B.1.1.284 ➡ B.1.1.214)がみられるが、この主流2系統に英国VOC 202012/01 のようなSpikeタンパク質の多重変異は認められない。また、これまでに知られているウイルス学的性質を変化させるような特筆すべきアミノ酸変異が検出されていない。新型コロナウイルス感染症はクラスター解析によって、わが国の感染リンクの多くが小さな芽として途切れることが示唆されており、多くの“流行の芽”は途中で消滅している可能性がある。むしろ、“特定の場で感染がつながる”ことが本感染症の特徴であるとクラスター解析から示唆されているため、ゲノム情報による分子疫学解析においても“特定のクローンが生き残る”という結果が導き出された可能性がある。ゲノム情報を活用して実験室内で評価しうる“ウイルス学的性質”のみならず、実地疫学解析および理論疫学解析による統合的な解析が感染伝播の促進因子の推定に役立つと考える。今後、ワクチンや抗ウイルス薬等の使用を背景に強い選択圧が感染時に生じると想定されるため、特有の系統が優勢になる可能性があり、継続的なゲノム・サーベイランスとその強化は必須である。また、効果的な感染症対策の提案のため、どのような社会構造が感染の起点となりうるのかさらなる調査を続ける予定である。ゲノム情報を基にして、“分かりやすい形でウイルス同士の関連を可視化”し、感染伝播の特徴や感染症対策の重要性に、より理解が深まることを期待して本情報を公開するものである。
謝辞:検体採取等調査にご協力いただきました医療機関、保健所および行政機関の関係者に深謝致します。
本研究は日本医療研究開発機構(AMED)(研究課題番号:JP19fk0108104,JP20fk0108103)と厚生労働行政推進調査事業費・「新型コロナウイルス感染症等の感染症サーベイランス体制の抜本的拡充に向けた人材育成と感染症疫学的手法の開発研究」(班長・鈴木 基、分担・黒田 誠)の研究支援を受け実施した。
本稿に関連し、開示すべき利益相反状態にある企業等はありません。
*1 Global Initiative on Sharing All Influenza Data (GISAID)8)
GISAIDは、鳥インフルエンザが猛威をふるった2006年8月に医療分野の研究者たちによって設立されたインフルエンザウイルスの情報データベースである。SARS-CoV-2ゲノム情報もGISAIDが主体的に運用し、登録・収集されている。毎年一定数の検体から病原体遺伝子情報を取得して歴年の発生動向を調査し、伝播状況やワクチン株選定等に利活用される。~1,000株/年ほどの日本のインフルエンザウイルス(A/H1およびA/H3)のワクチン抗原(ヘマグルチニHA)および抗インフルエンザウイルス薬阻害ターゲット(ノイラミニダーゼNA)の遺伝的特徴が登録されている。
*2 COVID-19 Lineage Assigner Phylogenetic Assignment of Named Global Outbreak LINeages (Pangolin)
新型コロナウイルスのゲノム情報を元にした分子系統解析ID (https://cov-lineages.org/lineages.html)
参考文献
- 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査
https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9586-genome-2020-1.html (2020) - 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査2 (2020/7/16現在)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9787-genome-2020-2.html (2020) - 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査(2020年10月26日現在)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10022-491p01.html (2021) - Sekizuka T, et al., SARS-CoV-2 Genome Analysis of Japanese Travelers in Nile River Cruise, Front Microbiol 11, 1316, doi:10.3389/fmicb.2020.01316 (2020)
- Sekizuka T, et al., A Genome Epidemiological Study of SARS-CoV-2 Introduction into Japan, mSphere 5, doi:10.1128/mSphere.00786-20 (2020)
- Sekizuka T, et al., Haplotype networks of SARS-CoV-2 infections in the Diamond Princess cruise ship outbreak, Proc Natl Acad Sci USA, doi:10.1073/pnas.2006824117 (2020)
- Sekizuka T, et al., COVID-19 Genome Surveillance at International Airport Quarantine Stations in Japan. J Travel Med In press (2020)
- https://www.gisaid.org/epiflu-applications/next-hcov-19-app/
- Nextstrain,
https://nextstrain.org/ncov/global?l=clock - コロナウイルスの変異を理解する
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v17/n12/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%A4%89%E7%95%B0%E3%82%92%E7%90%86%E8%A7%A3%E3%81%99%E3%82%8B/105638 (2020) - 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株について (第5報)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/10144-covid19-34.html (2021)