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アジアリーグアイスホッケー競技大会における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)事例

(速報掲載日 2022/5/24) (IASR Vol. 43 p143-145: 2022年6月号)
 

 北海道釧路市で2022年1月15日、16日にアジアリーグアイスホッケーの試合(以下、試合)が開催され、対戦した両チームの選手・関係者の他、大会関係者や観客で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の集団発生を認めた。本事例で得られたアイスホッケー競技大会のCOVID-19対策に資する知見や課題を報告する。

 症例定義を、上記試合会場にいた選手、チーム関係者、大会関係者および試合の観客のうち、2022年1月15日~2月4日までに検査で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染が確認された者とした。情報は釧路保健所の患者調査票、ゲノム解析結果、関係者への聞き取り、試合会場の視察、北海道大学工学部の協力を得て実施したアイスリンクの換気気流調査の結果から得た。

 全症例172例中、観客が102例(59%)を占めた。全症例中ワクチン未接種者は38例(22%)で、うち11歳以下の観客が29例を占めた。選手の症例42例のうち6例(14%)は2回のワクチン接種を完了していなかった。症例は全員、診断時に軽症または無症状であった。属性別のSARS-CoV-2検査の陽性割合は、選手およびチーム関係者55/59例(93%)、審判や報道関係者等の大会関係者15/76例(20%)、観客102/867例(12%)であった。初発例は試合に先立ち1月12日に発症したチームAの選手であったが、1月13日にチームが同選手に実施したPCR検査では陰性であった。症例全体としては、試合後の1月18日に発症者のピークがある一峰性の発生を認めた(図1)。属性別の発症日の最頻値は、チームAの選手と関係者は17日、対戦相手チームBの選手と関係者、および15日のみ観戦した観客は18日、16日のみ観戦した観客は19日であった。観客の大多数は来場2~4日後に発症していた。観客における症例の多くは選手ベンチ後方の座席に座っており、近距離で多くの観客同士が接触する機会は確認されなかった(図2)。観客は間隔をあけて着席し、自席での飲食が許可されており、飲食時以外でのマスク着用が求められていた。なお、本リンク周囲は選手ベンチ前を除いて保護ガラスと呼ばれる透明な壁で囲まれていた。選手ベンチ後面には保護ガラスが設置がされているリンクもあるが、本リンクでは従前から選手ベンチ後面の保護ガラスは設置されていなかった。氷上に上らず、かつ他症例との近距離接触が確認されなかった大会関係者の症例(オフィシャルボックス内関係者、報道関係者等)がいた。チームA選手1例、チームA関係者3例、チームB選手3例、大会関係者1例、観客3例で検出されたSARS-CoV-2のゲノム解析が行われ、それらはゲノム配列が一致したオミクロン株(B.1.1.529系統)であった。なお、試合両日とも館内ロビーで飲食物の販売や無償提供が行われていたが、飲食提供事業者で発症者は確認されなかった。

 アリーナ内の気流調査の結果、リンク内では温められた空気が天井付近から供給され、客席北側上層部にある排気口から排出されており、天井付近から実験的にスモークを発生させても下層部でそれが測定されず、上層部で空気が循環していることが明らかになった。一方、下層部のリンク上でスモークを発生させるとリンク内およびその周囲に停留する傾向にあり、ベンチ方向やリンクサイドで唯一遮蔽物がないベンチ後ろの客席の方向へゆっくりと向かう気流が確認された。この状況で2階客席後方の非常口を開放しても客席の空気循環は改善が乏しかったが、1階の両チームの選手ベンチの中央付近に設置したファンを稼働させ会場の内から外へ排出すると、ベンチから客席方向への空気の流れは減少した。

 本事例ではアイスホッケーの試合に参加した選手、大会関係者、お互いに近距離での接触機会が乏しかった観客がほぼ同時に発症していた。感染源は先行して感染が確認された選手と考えられた。競技中の近距離での接触とアイスリンク内の換気不十分な状況から1)、選手とチーム関係者および審判の感染経路は飛沫・接触・エアロゾル感染(空気中に浮遊するウイルスを含むエアロゾルを吸い込むことによる感染)いずれも感染経路の可能性があった。また、ピリオド間に氷上に上がる整氷担当者は整氷中のエアロゾル感染の可能性が疑われた。他の大会関係者や観客は客席やリンク周囲でエアロゾル感染により感染した可能性が考えられた。氷の管理のために氷上付近の気流を最小限にするように作られたアイスリンク上で、感染性がある人が、激しい運動量から選手の呼気量が多いアイスホッケー競技2)をした場合、エアロゾル感染が起こり得ると考えられた。また、今回の状況のように極めて換気不良な状況では、扇風機で空気を拡散することによるエアロゾル感染予防効果は乏しいと考えられた。なお、チームBは観客に対し、ホームページ上で健康観察と検査を勧奨していたが、観客の受検状況は把握できていないため、実際の事例規模はさらに大きかった可能性があった。

 アイスリンクにおける観客の感染予防は、リンク内で低層部から十分量の空気を排出する仕組みの確立、会場内の換気の均一化(遮蔽物高さの均一化)、十分な換気下での扇風機やサーキュレーターの使用による換気改善が重要である。アイスリンクの換気改善には限界があるため、観客席でマスクを外す時間を最小限にする、観客の不織布マスクの適切な着用推進、観客のワクチン接種推進、チーム責任者による軽微な症状を含めた選手関係者の健康状態の把握と記録、感度の高い方法での競技大会直前のSARS-CoV-2検査が重要である。また、選手からチーム・大会関係者への感染予防は、ベンチにいる関係者(コーチ、監督等)および試合中に激しい運動をしないリンク周囲にいる関係者(ボックス内関係者、カメラマン、整氷担当等)のN95マスク着用(事前の適切な訓練が必要)、審判を含む関係者の不織布マスク着用の徹底、電子ホイッスルの導入、オフィシャルボックス内への十分な効果が期待できる空気清浄機(HEPAフィルタによるろ過式空気清浄機等)の設置、ワクチン接種推進、大会運営側による選手関係者の健康状態の把握と記録が重要である。なお、アイスリンクは施設ごとに換気状態が異なり、これらの対策の実施とその検証を施設ごとに行っていくことが求められる。

 謝辞:釧路市、釧路市スポーツ振興財団、日本アイスホッケー連盟、釧路アイスホッケー連盟、アジアリーグアイスホッケージャパンオフィスおよび両チーム関係者の皆様に深謝いたします。

 

参考文献
  1. 儀同咲千江ら, IASR 42: 227-228, 2021
  2. 改訂版「身体活動のメッツ(METs)表」 2012年4月11日改訂

北海道釧路保健所 
 髙垣正計 平井秀則 壁谷浩生 後藤真紀
北海道保健福祉部 
 石井安彦 立花八寿子
北海道立衛生研究所 
 大久保和洋 大野祐太 藤谷好弘
北海道大学大学院工学研究院 
 菊田弘輝 林 基哉
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP) 
 大森 俊
同薬剤耐性研究センター 
 黒須一見 山岸拓也
同実地疫学研究センター 
 砂川富正

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