積極的疫学調査の情報に基づく新型コロナウイルス感染症の潜伏期間の推定
(IASR Vol. 42 p131-132: 2021年6月号)
はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の潜伏期間(incubation period)は感染した日から症状出現するまでの期間を指し, 検査陽性者の隔離期間や濃厚接触者の追跡期間を決定するうえで重要な情報である。COVID-19の潜伏期間に関する報告は海外からの主に数理モデルを用いた解析1)であり, 国内の実測データを用いた報告はほとんどない。今回, 福岡市で実施された積極的疫学調査の情報を用いて潜伏期間の分布を推定したので報告する。
方 法
福岡市において2020年2月19日~11月15日までにCOVID-19と診断された3,192名に対して実施された積極的疫学調査の調査票(行動歴と接触者情報)を基に, 接触場所や接触日が明確な新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染者(感染者)と被感染者のペアを抽出した。福岡市外の感染者から被感染者が感染したペアの場合も, 接触日が明確な被感染者は解析対象とした。被感染者は, 感染者の濃厚接触者としてPCR検査が実施され検査陽性となった症例と定義した。また, 家庭, 職場, 病院, 施設などで複数回接触した可能性がある症例や, 接触した日が記載されていない症例, 疫学調査票がない症例は, 感染日を明確に特定できなかったため本解析からは除外した。この感染者と被感染者のデータを用いて, 被感染者が感染者と接触した日から発症日までの日数(潜伏期間)を算出した(図1)。さらに, COVID-19に関連する症状別に, 症状が出現するまでの日数を算出した。なお, 潜伏期間の分布は正規分布ではないが, 他文献との比較を容易にするため平均値を示した。
結 果
調査対象期間中に福岡市で診断されたSARS-CoV-2感染者3,192名から, 調査票の記載に基づいて176の感染者-被感染者のペアと, 福岡市外の感染者から感染した被感染者33名を特定した。感染者は125名, 被感染者は209名であった。本解析に含まれた接触場面は会食が51.2%で最も多く, 職場(14.4%), 車内(7.2%), ゴルフ等のスポーツ(5.6%)が続いた。年齢は20代(44.5%), 30代(23.6%), 40代(11.6%)の比較的若い年齢層が8割を占めた。
被感染者209名のうち35名(16.7%)は無症状で, 3名(1.4%)は発症日が不明であったため解析から除外した。有症状者171名のうち, 追跡期間中に認めた症状は, 発熱(37℃以上)が121名(70.8%), 倦怠感91名(53.2%), 咳嗽75名(43.9%), 咽頭痛69名(40.4%), 頭痛67名(39.2%), 鼻閉・鼻汁62名(36.8%), 味覚・嗅覚障害59名(34.5%), 筋肉痛50名(29.2%), 下痢41名(24.0%), 呼吸困難感21名(12.3%), 嘔気・嘔吐14名(8.2%), 結膜充血6名(3.5%), 意識障害1名(0.6%)であった(複数症状あり)(表)。潜伏期間の平均値は4.82日(標準偏差2.71)であった(図2)。最も早く出現する症状は発熱(平均4.78日)で, 倦怠感(5.3日), 咽頭痛(5.4日), 咳嗽(5.7日)と続いた。味覚・嗅覚障害(6.9日)や呼吸困難感(7.1日)の症状は感染から1週間ほど経過して出現していることが分かった。
考 察
本解析の結果, 潜伏期間の平均は4.82日で, これまで報告されている潜伏期間の平均5.1-6.4日よりもやや短かった2,3)。初発症状としては発熱が最も多かったが, 37℃以上を発熱と定義すると接触から平均4.8日で出現するのに対し, 38℃以上を発熱と定義すると接触から平均5.48日で出現しており, 症状自覚までの日数は長くなる。また, 味覚・嗅覚障害や呼吸困難感などのCOVID-19に特異的な症状は, 発熱や咽頭痛, 倦怠感などより遅く出現する傾向があった。発症前後に感染性が高まることを考慮すると, 37℃台の発熱や倦怠感, 咳嗽などの軽微な症状であっても, 早期の自己隔離や受診・検査へとつなげることが重要である。
謝辞:本調査にご協力いただきました福岡市役所, 市内各区保健所, 福岡市保健環境研究所の皆様, 医療関係者の皆様に感謝申し上げます。
参考文献
- He X, et al., Nature Publishing Group 26(5): 672-675, 2020
- JA B, et al., Euro Surveill 25(5): 330, 2020
- Lauer SA, et al., Ann Intern Med 172(9): 577-582, 2020