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国内における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)N501Y変異株置き換わりに関する分析

(IASR Vol. 42 p174-175: 2021年8月号)

 
背 景

 N501Y変異を有する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)変異株(以下N501Y変異株)は感染性や伝播のしやすさに影響を与える可能性があるとされている。Pango系統B.1.1.7(アルファ株), B.1.351(ベータ株), P.1(ガンマ株)はいずれもN501Yを有しており, 懸念される変異株(variants of concern: VOC)に国内で位置付けられている。国内では2020年12月に英国帰国者からアルファ株が, 同月に南アフリカ共和国からの帰国者からベータ株が, 2021年1月にはブラジルからの渡航者からガンマ株が検出された。特にアルファ株を中心としたN501Y変異株は世界で急速な拡大を認め, 国内では, 2021年2月頃から国内感染の急速な拡大が懸念されていた1)。国内ではゲノム解析に加え, N501Y変異をスクリーニングするPCR法(変異株スクリーニング検査)が開発され, 2月16日に厚生労働省から自治体に対してN501Y変異株スクリーニングの検査数の報告が求められるようになった2)。また, 国立感染症研究所の委託を受けた民間検査会社等においてN501Y変異株スクリーニング検査が開始された3)。我々は委託を受けた民間検査会社の協力を得て, 国内におけるN501Y変異の検出割合についての検討を行った。

方 法

 民間検査会社6社から共有されたN501Y変異検出数, N501Y変異非検出数, 検体提出日, 検査依頼機関の所在都道府県データを用いた。最終的にすべてのウイルスがN501Y変異を有するウイルスに置き換わることを前提に, 各都道府県の変異株スクリーニング検査によりN501Y変異の有無が判明した数(解析不能分を除くN501Y変異検出数と非検出数を合計した件数。以下, 変異株スクリーニング検査数とする)に占めるN501Y変異数の割合についてロジスティック成長モデルにフィットさせ, 推定を行った。また, ロジスティック成長モデルでの推定割合を基に, 観察期間中に従来流行していたウイルスの実行再生産数が1と仮定した場合のN501Y変異株の感染・伝播性の増加率を推定した4)。本報告における解析データは2021年5月16日時点のものを用いた。

結 果

 民間検査会社6社により, 2021年2月18日~5月15日までの間に, 46都道府県で37,823件のN501Y変異の有無が判明し(同期間内に厚生労働省から発表された症例報告数の14.8%にあたる5)), 関西地域(大阪府, 京都府, 兵庫県)では2月上旬からN501Y変異が検出され始め, 4月13日時点でN501Y変異検出割合が90%に達した(2月[5.4%: 8/148], 3月[67.7%: 608/898], 4月[92.0%: 6,264/6,807], 5月(~13日まで)[96.8%: 1,514/1,564])。関東地域(東京都, 埼玉県, 千葉県, 神奈川県)では2月中旬からN501Y変異が検出され始め, 5月13日時点でN501Y変異検出割合が90%に達した(2月[0.6%: 5/802], 3月[6.1%: 131/2,149], 4月[55.3%: 5,475/9,905], 5月(~13日まで)[82.5%: 4,447/5,393])()。全国的にみると, 5月16日時点で50件以上の変異株スクリーニング検査がされていた28都道府県のうち22都道府県でN501Y変異検出割合の推定値が90%に達していた。また, 5月16日時点で従来ウイルスと比較し, N501Y変異株の感染・伝播性の増加率は関東で40.4%[95%信頼区間39.1-41.7%], 関西で34.6%[95%信頼区間32.3-36.9%]であった。

考 察

 変異株スクリーニング検査の多くは, 民間検査会社以外に地方衛生研究所(地衛研)等でも実施されている。地衛研では, 保健所による積極的疫学調査で探知された集団発生事例について包括的にスクリーニング検査が実施される場合があり, N501Y変異の検出割合は集団発生の影響を受けやすいと考えられる。一方で民間検査会社の変異株スクリーニング検査は, 個別に医療機関を受診した症例の検査が多く, 地衛研と比べ集団発生の影響が比較的少なく, 地域の感染状況を反映しやすいと考えられた。ただし, 協力が得られた民間検査会社の数は経時的に増えており, 民間検査会社ごとに検査依頼をする医療機関等の地域分布にも偏りがあるため, 検査数の少ない地域を含め結果の解釈には注意を要する。自治体の差異はあるが, おおむね, 関西地域では4月中旬, 関東地域では5月中旬には9割以上がN501Y変異株に置き換わっていたと考えられた。また, 変異株スクリーニングでN501Y変異が検出された検体を中心に実施されたゲノム検査結果から, その多くは, アルファ株であると考えられた6)。なお, 民間検査会社への変異株スクリーニング検査協力が依頼される以前から, 地衛研では変異株検出のための検査が実施されており, 一部の地域では, 今回のデータで示した2月中旬以前から市中でN501Y変異株感染症例が発生していたことが判明している7,8)。また, N501Y変異株の感染・伝播性は従来ウイルスと比較して35-40%増加していたことが推測された。6月になり国内ではN501Y変異株以外に, L452RもしくはL452RとE484Q変異を有するB.1.617系統の拡大が懸念されている。6月7日以降, 民間検査会社では同変異株検出のためのL452R変異株スクリーニング検査が実施されており, L452R変異を有する株の占有割合について今後も評価していくことが重要である。

 

参考文献
  1. 第22回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000731934.pdf
  2. 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部, 新型コロナウイルス感染症に関する検査数等の報告について(依頼), 令和3年2月16日事務連絡
    https://www.mhlw.go.jp/content/000740117.pdf
  3. 厚生労働省健康局結核感染症課長, 新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査における検体提出等について(要請), 令和3年3月31日一部改正
    https://www.mhlw.go.jp/content/000764303.pdf
  4. EpiPose-Epidemic intelligence to minimize 2019-nCoV’s public health, economic and social impact in Europe, Transmission of SARS-CoV-2 variants in Switzerland
    https://ispmbern.github.io/covid-19/variants/
  5. 厚生労働省, データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報-
    https://covid19.mhlw.go.jp/(2021年5月24日アクセス)
  6. 第34回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年5月12日)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000779013.pdf
  7. 神戸市における 変異株サーベイランスの状況(2021年3月1日 市長臨時会見)
    https://www.city.kobe.lg.jp/documents/41218/20210301_rinjikaiken.pdf
  8. 小林祐介ら, IASR 42: 137-139, 2021

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