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2021年5~6月にかけて関東地方で発生した新型コロナウイルスB.1.617.2(デルタ株)症例に関する実地疫学調査で得られた2つの製造業事業所の対策に関する考察

(IASR Vol. 43 p145-146: 2022年6月号)

 

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のB.1.617.2系統変異株(デルタ株)は, 2021年3月下旬に検疫で初めて検出され, 4月以降国内で急速に拡大した。この頃, 関東地方の自治体Aでは, 非正規の労働者を多く含む従業員数1,000名を超す製造業事業所2カ所でデルタ株の集団感染事例が確認された。これら2事例では工場内外でのデルタ株の広がり方が異なっていたため, 工場内で行われていた対策とともに報告する。

 本事例における症例の定義を, 2021年5月8日~6月27日にかけて2事業所に勤務し, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染が確認され自治体A保健所に報告された人, とした。デルタ株陽性例は全ゲノム解析によるデルタ株感染確定例, またはL452R変異株PCRスクリーニング検査陽性例とした。情報源として, 保健所が実施した積極的疫学調査結果, 工場の勤務・健康管理の記録, 自治体Aの衛生研究所が実施した解析結果を用いた。

 調査期間に自治体Aに報告されたCOVID-19感染者は893例あり, うち95例が症例定義に合致した。事業所Bから85例(B1工場31例, B2工場54例), 事業所Cから10例であった。定義に合致した症例全体の年齢中央値は44歳(四分位範囲:31.5-53), 女性が78例(82%), 有症状者が79例(83%)であった。また, 外国籍が74例(78%)含まれ, うち49例(52%)は非正規職員であった。デルタ株はスクリーニングPCR検査で15例が判明し, 加えて全ゲノム解析で4例が確定した。確定例4例から検出されたウイルスゲノムは同一または1塩基違いであった。

 事業所Bは5月22日発症者を初発として工場B1で感染が広がり, その後工場B2にも拡大し, 約1カ月間にわたり両工場で新規症例が確認された()。非正規社員を中心として従業員の勤務状況が迅速に確認できず, 探知後の検査は包括的に行われていなかった。濃厚接触者の迅速な同定が困難であったため, 部分的な操業が1週間以上行われていた。各工場では, 症例はお互いの感染可能期間に勤務が重なっていた。休憩室の利用時を含み, 手洗い, 社会的距離の確保, 黙食, 換気等の感染対策が不十分な状況が散見された。日々の健康観察として, 作業場に入る前に発熱と黄色ブドウ球菌食中毒などの食中毒を意識した項目は確認されていたが, 呼吸器症状に関しては確認されていなかった。社内に多言語でCOVID-19対策のポスターが掲示されていたが, 外国籍労働者の理解状況については確認されていなかった。ワクチンは正社員に対してのみ実施が予定されていた。B1とB2の両工場から確認された症例間に明らかな疫学的リンクを認めなかったが, 両工場と駅を往復する送迎バスでは, 両工場従業員が同乗していた。寮生活者を含め多くの従業員のプライベートの活動は不明であり, 一部は他事業所での仕事の掛け持ちに関する情報が寄せられた。

 事業所Cでの健康観察は発熱や食中毒を意識した項目のみであったが, 就業前後に多言語による確認と記録が行われていた。休憩室では密を避ける工夫と黙食が徹底されており, 休憩室やロッカーの使用状況を個人単位で記録していた。また, 従業員勤務記録は非常勤を含め迅速に確認できた。なお, 職場内におけるワクチン接種状況は不明であった。

 非正規労働者が多く勤務する製造業2事業所で同時期にデルタ株による集団感染が確認され, 事業所Bでは約3週間にわたり症例が確認され計85例となった。両事業所の症例間に明らかな疫学的リンクは認められなかったが, 遺伝子解析では同一もしくは近いゲノムを有する株が検出された。両事業所にウイルスが持ち込まれた経緯は不明であり, 周辺の流行状況から複数の持ち込みがあった可能性も否定できなかったが, 事業所B内の不十分な感染対策状況から事業所内で感染が広がったとしても矛盾しない結果であった。また, 事業所Bから検出されたウイルス株と同一の株はその後国内で広く検出が認められた1)

 一方, 事業所Cでは少数の症例発生に留まっており, 事業所間の対策の違いが影響した可能性がある。事業所Cでは, 休憩場所と時間が記録されており, 黙食も厳密に守られていた。両事業所とも非正規従業員が一定数いたが, 事業所Cでは非正規を含めた従業員の勤務記録が迅速に利用可能であり, 検査が円滑に実施され, 症例の早期探知と対応が実施されていた。これらの対策が事業所Cでの感染拡大を最小限に抑えていた可能性があり, ワクチン接種とともに, 事業所において進めていくべき対策と考えられた。

 本調査の制限として, 自治体A以外に居住する両事業所従業員の感染者の状況が十分把握できていなかったこと, 事業所Bでは健康観察や適時の検査が不十分であり, 診断に至らなかった感染者がいた可能性があったこと, が挙げられる。

 2022年に入り, 国内ではオミクロン株が主流となっているが, 事業所における感染対策の徹底は, 事業所の安全な運営および地域における感染拡大防止に引き続き重要である。

 
参考文献
  1. 国立感染症研究所, 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株について(第12報)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/10554-covid19-52.html(2022年2月3日閲覧)

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