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散発2事例からのコクサッキーウイルスA群21型の検出―東京都

(IASR Vol. 35 p. 48-49: 2014年2月号)

 

東京都健康安全研究センターでは、感染症発生動向調査事業の一つとして、都内の内科病原体定点医療機関(15定点)から提供されるインフルエンザ様症状を示す患者検体の検査を行っている。2013年第35~36週(8月26日~9月8日)に採取された2検体から、国内では非常に検出の稀なコクサッキーウイルスA群21型(以下CA21と略)が検出されたので報告する。

検体は、第35週および第36週に23区内の異なる区から咽頭ぬぐい液が各1検体ずつ搬入された。患者(39歳、17歳)は、いずれも発熱(38.3℃、39℃)、筋関節痛、上気道炎等の風邪様症状を呈していた。患者の発症前行動は、約2週間前にフィリピンへの渡航歴がある例と国内に滞在していた例で、両者に共通性は無かった。また、患者の発症時期から推定すると、両例とも国内における感染が強く疑われた。

病原体検索は、エンテロウイルスの遺伝子検査として、ノンコード領域に設計されたスクリーニング検査用プライマーを用いてPCRを行い、増幅産物の配列をNCBIのBlastで相同性検索した結果、CA21の配列に最も近いことが明らかとなった。このためエンテロウイルスの遺伝子型別として有用なVP1領域に設定されたCODEHOP PCR法1)プライマーを用いてVP1領域を増幅し、得られた315bpの塩基配列について相同性検索を行ったところ、CA21ウイルス(JN169053.1)と98%の相同性で一致した。また、エンテロウイルスC種を中心としたVP1遺伝子を用いた遺伝子系統樹解析の結果では、検出された2例ともCA21のクラスターに入ることが確認された (図1)。

一方、A549細胞を用いたウイルス分離試験においても、本事例株はエンテロウイルスに特徴的なCPE(細胞変性効果)を示したが、既存のエンテロウイルスプール血清を用いた中和試験では該当する型が認められなかった。国立感染症研究所ウイルス第二部第二室(エンテロウイルス室)より分与されたエンテロウイルスC種に分類された単味抗血清数種を用いて中和反応を試みたところ、抗CA21血清(20単位で使用)で観察2日までに中和された株と、観察2日目までは抗CA21および抗CA24血清(20単位で使用)で発育阻止を起こしたものの観察4日目に抗CA21のみの中和を確認した株が認められたことから、これらをCA21株と同定した。

CA21ウイルスの国内の検出報告は少なく、特に臨床材料からの報告は1986年に埼玉県の刑務所施設での発生例以来27年ぶりとなる。海外では2006~2010年に中国で行われた調査で患者の26.2%からCA21が検出されており2)、フィリピン等でもウイルスの検出報告がある3)。また、環境材料(下水検体)からは2010年、2011年に福岡で検出が報告されていることから、今後、国内での発生が危惧されるウイルスの一つといえる。都内では、本例以降、病原体定点検体からCA21は検出されていないため、ウイルスの伝播および拡散は発生しなかったことが推察される。しかし、都内の異なった地域での複数例の感染は、今後のエンテロウイルス発生動向を調査する上で留意する点となった。

 

参考文献
1) J Clin Microbiol 44: 2698-2704, 2006
2) Emerg Infect Dis 18: 821-824, 2012 
3) Virus Genes 45: 207-217, 2012

 

東京都健康安全研究センター微生物部
 新開敬行 原田幸子 吉田 勲 長島真美 林 志直 甲斐明美

 

2013年に手足口病患者から検出されたコクサッキーウイルスA6について―仙台市

(IASR Vol. 35 p. 49-50: 2014年2月号)

 

2013年、仙台市における手足口病の定点当たりの患者報告数は第25週から増加し始め、第34週でピークに達した後減少した。ピーク時の報告数は定点当たり6.46人で、2012年(6.12人)とほぼ同じ小規模の流行となった。

ウイルス分離・同定は、病原体定点で採取された咽頭ぬぐい液をRD-A細胞に接種後37℃1週間培養し3代目まで継代した。細胞培養にてCPEが認められた検体については、培養上清を精製後、国立感染症研究所から分与された抗血清で中和試験を試みた。中和試験により血清型を決定できなかった分離株については、塩基配列の解析(VP1およびVP4領域)により決定した。また、検体(咽頭ぬぐい液)から市販のキットを用いてRNAを抽出し、CODEHOP PCR法1)によりVP1領域の遺伝子を増幅した。増幅産物を精製後、ダイレクトシークエンス法により塩基配列を決定し、血清型の同定を行った。

手足口病患者の検体(咽頭ぬぐい液)は、非流行期の2012年12月~2013年1月にかけて3検体が搬入され、細胞でのCPEは観察されなかったが、遺伝子検査によりコクサッキーウイルスA6(CVA6)遺伝子が検出された(表1)。その後、流行開始とともに6月中旬から検体が搬入され始め、10月までに16検体が搬入された。このうち11検体で細胞培養にてCPEが認められ、4検体からの分離株は中和試験によりCVA6と同定された。残り7検体からの分離株も遺伝子解析によりCVA6が6株、CVA2が1株と同定された。一方、遺伝子検査では16検体すべてにおいてCODEHOP PCR法による増幅産物が確認され、遺伝子解析の結果、CVA6遺伝子が14検体から、ライノウイルスが3検体から、CVA2が1検体から検出された。このうち2検体からはCVA6遺伝子とライノウイルス遺伝子が同時に検出された(CODEHOP PCR法による増幅産物はエンテロウイルスが376bpであるのに対し、ライノウイルスは330bpで、混合感染の場合、2本のバンドが検出された)。

検出されたCVA6のVP1領域の系統樹解析の結果、増本らが報告2)した2011-Japan-B のクラスターに属する遺伝子が4検体から検出されたが、残り10検体から検出されたCVA6遺伝子は、清田ら3)が報告した2013-Kumamotoと同一クラスターに分類された。また、2名のヘルパンギーナ患者検体から検出されたCVA6の遺伝子もこのクラスターに分類された()。

2011年に国内でCVA6による手足口病が流行した際、仙台市内で検出されたCVA6は、遺伝子解析の結果、5検体すべて2011-Japan-A のクラスターに属していた。新しいクラスターに属するCVA6は、2012年8月にヘルパンギーナと診断された検体から検出されたのが最初で、2012年12月~2013年1月の非流行期の手足口病の検体から検出された遺伝子もこのクラスターに属していた。また、清田ら3)が報告した2013-Kumamotoと同一クラスターに分類されたことから、今シーズンのCVA6は新しいタイプが流行したものと思われる。さらに、2013年7月以降に搬入された多くの検体でRD-A細胞においてCPEが認められ、ウイルス分離が可能であったことから、2011年に流行したCVA6と大きな違いがみられた。今後は、非流行期も含め、手足口病から検出される病原体の動向に注意する必要があると考える。

 

参考文献
1) Allan W, et al., J Clin Microbiol 44: 2698-2704, 2006
2) IASR 33: 60-61, 2012
3) IASR 34: 233, 2013

 

仙台市衛生研究所
  千田恭子 菅原瑶子 関根雅夫 中田 歩 勝見正道 小林正裕  
長谷川小児科医院 長谷川純男    
かやば小児科医院 萱場 潤

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HHV6と複数種のピコルナウイルスが検出された1歳9カ月の男児における急性脳症事例

(IASR Vol. 35 p. 50-51: 2014年2月号)

 

急性脳炎は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」における全数把握5類感染症である。2007年4月の法改正後、急性脳炎としての届出の対象は炎症所見が明らかでなくとも、同様の症状を呈する脳症も含まれるようになった。2007~2010年に急性脳炎(脳症)の症例983事例を調査した研究において、先行する感染症から検出された病原ウイルス上位3種類はインフルエンザ:263症例、ヒトヘルペスウイルス6(HHV6):168症例、ロタウイルス:40症例であり、低頻度でRSウイルス(RSV):17症例、アデノウイルス:7症例、ヒトパレコウイルス(HPeV):2症例などが検出された。ウイルスの重感染(HHV6/RSV)およびウイルスと細菌の重感染(ロタウイルス/カピロバクター)は合わせて5症例(0.5%)報告されているものの報告数は非常に少ない。また、約4割の症例からは病原体が検出されていない1)。今回、急性脳症と診断された患児の検体からHHV6、エンテロウイルス68型(EV68)、HPeV1型およびコクサッキーウイルスA6(CA6)が検出された。また、その家族において患児から検出されたウイルスを含む複数種のピコルナウイルスが検出されたので報告する。

患児は1歳9カ月の男児。当初発熱(38.4℃)および活気不良のため、近医(耳鼻咽喉科医院)を受診し、突発性発疹が疑われた。診察中、けいれんが出現したため救急搬送された。救急搬入時、発熱(39.3℃)を伴うけいれん重積状態で、その後も意識障害が遷延したため急性脳症と診断された。咽頭ぬぐい液および糞便検体に対してはロタウイルス、アデノウイルスおよびRSVの簡易検査が実施され、全血に対してはHHV6の検索が民間検査会社に依頼された。また、家族において感冒様症状の発生が認められたため、エンテロウイルス(EV)感染症等も疑い、大阪府立公衆衛生研究所に病原体検索が依頼された。

民間検査会社の検査により、全血から低コピー(3×102コピー/ml)のHHV6が検出された。ロタウイルス、アデノウイルスおよびRSVの簡易検査の結果はすべて陰性であった。当所には髄液、血清、咽頭ぬぐい液および糞便が検体として提出された。EVに対する遺伝子解析2)を実施した結果、咽頭ぬぐい液および糞便検体からEV68が検出された。また、RD-A、Vero E6、FL、LLC-MK2、Caco-2およびHEp-2細胞で病原体分離を試みたところ、糞便検体を接種したRD-A細胞にCPE(細胞変性効果)が観察された。培養上清に対する遺伝子検索の結果、EVは陰性であったが、EVに類似したCPEを示すことがしられるHPeV1型3)が検出された。そこで、HPeVを標的としたrealtime RT-PCR4)を実施したところ、咽頭ぬぐい液検体からもHPeV遺伝子が検出された。2013シーズン、大阪府では手足口病およびヘルパンギーナの患者からEV71およびCA6が多数検出されていた。特にCA6は培養細胞よりも哺乳マウスでの分離効率が高いため、糞便検体を哺乳マウスに接種したところ、CA6が分離された。髄液検体からHHV6、HHV75)およびHPeVの遺伝子検出を試みたが、いずれも陰性であった。なお、追加で搬入された血清からは、EVおよびHPeVのいずれも検出されなかった。

患児が急性脳症を発症した2013年9月上旬に先行して、母親がその4日前から感冒様症状を呈していた。患児発症の前日から父親にも発熱を伴う感冒様症状が出現し、3歳4カ月の姉も患児と同日から発熱を伴わない感冒様症状を呈していた(図1)。家族全員から咽頭ぬぐい液および糞便検体を採取し、上述の方法で病原体検索を実施した。遺伝子検索の結果、家族内で初発患者と思われる母親の糞便検体からEV68が検出された。また、姉の咽頭ぬぐい液からはライノウイルスおよびHPeV、糞便検体からはエコーウイルス18型(Echo18)およびHPeVが検出された。しかし、父親の検体はすべて陰性であった。家族からの検体に対する培養細胞によるウイルス分離培養結果はすべて陰性であった。なお、家族それぞれから検出されたウイルスと検出方法を表1に示す。

HHV6は主要な脳炎(脳症)の原因ウイルスである。しかし、本症例では血液から検出されたHHV6のDNAコピー数は低く、髄液からは検出されなかった。一方、少数ではあるがEV68、HPeVおよびCA6も脳炎(脳症)患者から検出された報告がNESIDに登録されている。血液からHHV6が検出されているとはいえ、全血からであることから、細胞分画にウイルスが潜伏していた可能性も考えられる。しかし、臨床的には急性脳症の発症に先行して、突発性発疹と診断されていることから、HHV6が原因であった可能性は否定できない。本事例では、複数のピコルナウイルスの感染が確認されており、そのことが病態に関与していた可能性も十分に考えらる。急性脳症の患児に複数のウイルスが重感染する報告は極めて稀である。この報告が可能になったのは、医師による詳細な家族歴の聴取と地方衛生研究所との密な情報交換、培養細胞および哺乳マウスでのウイルス分離培養を実施した成果である。原因病原体が不明であることが多い脳炎(脳症)の原因を検索する際には、地域の感染症流行状況から総合的に検索する対象を絞り込む必要があると考えられた。また、多種の細胞株で病原体の分離培養を試みること、場合によっては哺乳マウスによる分離培養を実施することも病原体検索に効果的であると思われた。

 

参考文献
1) Saito Y, et al., Brain & Development 34: 337-343, 2012
2) 石古 博昭, 他, 臨床とウイルス27: 283-293, 1999
3) Pham NTK, et al., J Clin Microbiol 48: 115-119, 2010
4) Nix WA, et al., J Clin Microbiol 46: 2519-2524, 2008
5) 病原体検出マニュアル「突発性発しん」

 

大阪府立公衆衛生研究所感染症部ウイルス課  
 中田恵子 山崎謙治 駒野 淳 加瀬哲男     
市立枚方市民病院小児科  
 桝田 翠 茂原聖史 大場千鶴 村田真野 柏木 充

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風疹と先天性風しん症候群の排除、2000~2012年

(IASR Vol. 35 p. 52: 2014年2月号)

 

2012年12月までに、WHO加盟194カ国のうち計132カ国(68%)が風疹含有ワクチン(RCV)を導入した。RCVを定期予防接種スケジュールに取り入れている国が全世界人口に占める割合は、2000年の31%から2012年には59%に増加し、RCVを接種した乳幼児の割合は、2000年の22%から2012年の43%へ増加した。RCVを導入した132カ国のうち、124カ国(94%)が初回RCV接種を初回麻しん含有ワクチンと同時に接種しており、8カ国(6%)が2回目の麻疹含有ワクチンと同時に接種している。RCVは11%の国で麻疹ワクチンと合わせて接種されており、89%の国では麻疹と流行性耳下腺炎(水痘ワクチンも含む場合有り)と合わせて接種されている。

2012年には、ヨーロッパ地域(EUR)(30,536例)と西太平洋地域(WPR)(44,275例)で他地域(19,219例)より多くの症例が報告された。この年には2,000例を超える風疹アウトブレイクがルーマニア、日本、ポーランドで報告された。これらの国では、確立した風疹対策プログラムがあったが、プログラム開始初期のRCV導入を女性への接種に焦点を絞っていた。アメリカ地域(AMR)では、2009年に最後の土着株症例と先天性風疹症候群(CRS)が報告され、現在風疹とCRSの排除を維持している。EURでは、2012年には風疹症例数が30,536となり、2000年の621,039から95%減少したが、2011年と比べると増加した。

EURとWPRでの風疹流行から、対策が進んでいる地域でも大規模な流行の危険があることを示している。女性と子供を対象にしたワクチン接種政策を開始すると、風疹の流行を抑えるものの、男性という感受性を持つ大きな集団が取り残されてしまう。この結果、男性での流行の危険性が高くなり、ワクチン未接種妊婦への感染の危険性が高まってしまう。2012年の麻疹含有ワクチンの接種率とRCV接種率との差(83% vs 43%)は麻疹と風疹対策の統合が進んでいないことを示している。風疹対策は次の段階に入ってきており、各国は風疹予防接種対策の導入と強化、風疹とCRS症例のサーベイランス強化に努めるべきである。

 

(CDC, MMWR 62(48): 983-986, 2013) 

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パキスタンにおけるポリオ根絶へ向けた現状、2012年1月~2013年9月

(IASR Vol. 35 p. 52: 2014年2月号)

 

ポリオ常在国3カ国の一つであるパキスタンでは、野生株ポリオウイルス(WPV)感染症例は、2011年198例、2012年58例、2013年は1~9月に52例と減少した。しかし、2012年1月以降のWPV感染症例110例のうち、92例(84%)は紛争地域である連邦直轄部族地域(FATA)およびカイバル・パクトゥンクワ(KP)州で発生しており、報告は年々これらの地域に集中してきている。WPV感染症例110例のうち96例(87%)は36カ月未満で、45例(41%)は経口ポリオワクチン(OPV)未接種、16例(15%)は3回以下の接種で、4回以上接種者は45例(41%)のみであった。2013年1~9月のWPV感染症例52例からはすべて1型ポリオウイルスが分離された。また、伝播型ワクチン由来ポリオウイルス[cVDPV、OPVの接種率が不十分な地域で出現する伝播型ワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)]は2012年1月以降52例が報告されている。本事例におけるcVDPVは2型であった。cVDPVは2012年にバロチスタン州から14例報告された後、国内の他地域に広がり、2013年にはFATAで30例規模の流行を起こし、この流行は現在もまだ続いている。このcVDPV 52例のうち、47例(90%)は36カ月未満で、26例(50%)はOPV未接種、4回以上のOPV接種者は17例(33%)のみであった。WPV3型は、2011年に2例、2012年にFATAから3例報告されたが、2012年4月を最後に報告はない。急性弛緩性麻痺(AFP)症例のうち適切な便検体が採取された症例の割合はパキスタン全体で89%、FATAは73%、KP州は85%、15歳未満の10万人あたりの非ポリオAFP(NPAFP)率はパキスタン全体で6.3、FATAは7.9、KP州は9.1であった(AFPサーベイランスは、適切な便検体が採取される割合が80%以上であることと、NPAFP率が1.0以上であることを基準に評価される)。

2012年の国内の1歳未満の乳児への3回の経口ポリオワクチン(OPV3)の接種率は89%であったが、2012年のNPAFP率の結果からは、接種率はもっと低いものと考えられる。月齢6~23カ月のNPAFP症例におけるワクチン接種率はパキスタン全体で65%、バロチスタン州で28%、FATAで38%、KP州で57%であった。2012年1月~2013年9月に、5歳未満の子供を対象に、全国的な補足的ワクチン接種活動(SIAs)が7回、地域のSIAsが9回実施された。しかし、2012年1~7月までの対象者のうち、15%(約17万人)は主にFATA居住者であるなどからSIAsが行えなかった。SIAsが行えなかった対象者の数は2013年には33~35%(37万7千人~40万人)へと増加した。これは、地方政府のワクチン接種禁止令(南北ワジリスタン)およびポリオ接種従事者への攻撃(2012年7月以降22人のポリオ対策従事者と4人の警官がFATA、KP州、カラチでの活動中に死亡)が原因である。

最近のイスラエルやシリアでのポリオ流行のウイルス株は2012年のパキスタンの株と遺伝的に関連していた。このことは、パキスタンの紛争地域はパキスタン国内のみならず、全世界的なポリオ根絶計画への大いなる脅威となっていることを示している。パキスタンでのポリオ流行を止めるためには、人道的、宗教的、そして政府の関与によるさらなる努力が必要である。

 

(WHO, WER, 88(47): 501-508, 2013)

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今インフルエンザシーズンの初めに経験したA(H1)pdm09亜型ウイルスによる健康成人の重症インフルエンザ肺炎症例について―札幌

(IASR Vol. 35 p. 41-42: 2014年2月号)

 

我々は、インフルエンザ流行期のごく初期である2013年11月中旬に、本邦ではここ2インフルエンザシーズンほど影を潜めていたA(H1)pdm09亜型ウイルスが原因と思われる健康成人の重症インフルエンザ症例を経験したので報告する。

症 例: 患者は39歳の女性で、HIVを含め免疫不全はなく、10年前に弁膜症の治療を受けているものの、日常生活上の健康問題はほとんどなかった。2013年11月上旬から37℃台の微熱を伴う乾性咳漱があり、同月16日、38.0℃の発熱と呼吸困難のために札幌のA病院を訪れた。当初咳喘息が疑われ入院し、19日胸部レントゲンとCT検査で両側の間質性肺炎像が認められ、鼻腔ぬぐい液を用いた迅速検査でA型インフルエンザ抗原が陽性となった患者である。その後低酸素血症が確認され急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態に陥り、ICUで挿管管理下に置かれた。

12月に入って喀痰からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出されたため、細菌性肺炎としての治療も開始されており、報告日(12月13日)現在、多臓器不全の傾向にある。

ウイルス学的検査成績と診断と抗ウイルス治療: 入院後9日目に採取された気管吸引喀痰と11日目に採取された咽頭ぬぐい液についてウイルス分離とLamp法によるウイルス遺伝子検出を行ったところ、前者からLamp法でA(H1)pdm09ウイルス遺伝子が検出された。また、11月20日と12月2日に採取されたペア血清について市販の抗原(デンカ生研)を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験を行ったところ、A/California/07/2009(H1N1pdm09)ウイルス抗原に対して急性期HI価1:10のところ、2週間後の血清で1:320と大きな上昇が認められた。一方、A/Texas/50/2012 (H3N2)、B/Massachusetts/2/2012(山形系統)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)に対してはすべて1:20 となり、A(H1)pdm09ウイルスによる感染があったことが血清学的にも支持された。なお本症例の診断上、先行する間質性肺炎・肺線維症などの基礎疾患は除外されていることから、同ウイルス感染による重症肺炎と診断される。

インフルエンザが強く疑われ始めた19日(発症3日後)から、ウイルスに対する特異的治療としてラピアクタ300mg/日、タミフル150mg/日がそれぞれ11月28、30日まで投与されたが、症状の改善には至らなかった。

考 察: 札幌地域では2013年11月4日採取の試料からA(H3) 亜型ウイルスが分離されているものの、その後は11月15日採取の試料からA(H1)pdm09亜型ウイルスが今シーズン初分離されているが1)、本症例はそれとほぼ同時期、流行のごく初期に出現した重症インフルエンザといえる。

本疾患の原因となったと思われるA(H1)pdm09亜型ウイルスは、2009~2010年にかけて大流行した。初期には健康成人にも多くの肺炎が報告されたが2)、その後二次感染による重症化も報告されている3)。本症例はこれらの報告を髣髴とさせるものであった。その後本邦では、同ウイルスはごく少数しか分離されていない4)。しかしながら、世界的にみると、一昨年あたりから分離ウイルスの中で大きな割合を占めるようになってきており5)、今後わが国でも再び警戒しておく必要があろう。その観点で、患者は職員が海外と行き来のある旅行関連の会社に勤務しており、今回の原因ウイルスが海外から持ち込まれた可能性もある。一方、同ウイルスがすでに水面下で地域流行していて感染した可能性も否定できない。

本症例はA病院にとって今シーズン最初のインフルエンザ症例であり、当初は喘息との判断で一般病棟に入院している。迅速検査で感染が疑われた後で隣のベッドの患者1名、病棟看護師数名がインフルエンザを発症し迅速診断陽性となり、一時病棟での感染拡大が疑われる事態となった。重症化した二次感染例は出ず無事収束したものの、ほとんど準備のできていない状態での突然のインフルエンザの出現は、医療現場に大きな動揺をもたらす出来事であり、日常的な感染対策の重要性が改めて認識させられた。

 

参考文献
1) 札幌市衛生研究所, 札幌市における主な感染症の発生動向、インフルエンザ第48週 
http://www.city.sapporo.jp/eiken/infect/trend/graph/l501.html
2) Chowell G, et al., N Eng J Med 361: 674-679, 2009
3) CDC, MMWR 58: 1071-1074, 2009
4)  IASR 33: 285-294, 2012 
5) Influenza update, WHO,
http://www.who.int/influenza/surveillance_monitoring/updates/2013_12_09_surveillance_update_200.pdf

 

手稲渓仁会病院  
  武井健太郎 水戸陽貴 岸田直樹 芹澤良幹
国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター  
  伊藤洋子 大宮 卓 西村秀一

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan