国立感染症研究所・感染症情報センターには地方衛生研究所(地研)から「病原体個票」が報告されている。これには感染症発生動向調査の定点およびその他の医療機関、保健所等で採取された検体から検出された病原体の情報が含まれる(参考図)。
図1.週別インフルエンザウイルス分離・検出報告数、2013年第18週~2014年第4週
図2.都道府県別インフルエンザウイルス分離・報告状況、2013年第36週~2014年第4週

 *2013/14シーズンは2013年第36週/9月~2014年第35週/8月(検体採取週)。

図の元データは、以下の速報グラフ(病原体個票による報告)。

データは、土日祝日を除く2日前に地研から報告された情報。過去の週に遡っての追加報告もある。現在報告数は、地研より報告された日を表す。

<参考図> 週別インフルエンザ患者報告数とインフルエンザウイルス分離・検出報告数の推移、2008年第36週~2011年第41週
インフルエンザウイルス分離・検出状況 2012年第36週(9/3-9)~2013年第20週(5/13-19)
(2013年5月16日現在報告数)
インフルエンザウイルス分離・検出状況 2011年第36週(9/5-11)~2012年第25週(6/18-24)
(2012年7月19日現在報告数)
インフルエンザウイルス分離・検出状況 2010年第36週(9/6-12)~2011年第19週(5/9-15)
(2011年9月6日現在報告数)
インフルエンザウイルス分離・検出状況 2009年第19週(5/4-10)~2010年第19週(5/10-16)
(2010年5月13日現在報告数)
国立感染症研究所感染症疫学センター 病原微生物検出情報事務局
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<速報>家族内感染が疑われたオセルタミビル投与前の小児患者から分離された抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルス―三重県

(掲載日 2014/1/24)

 

2013/14シーズン、国内で分離されたA(H1N1)pdm09ウイルスの抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスにおいて、31株中6株(19%)がオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスであった1)(2014年1月6日現在)。

これらの抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルスのうち5株は、2013年11月および12月に札幌市で発生した散発事例2)である。今回、本県において2013年12月に札幌市に滞在していた抗インフルエンザ薬の投与歴のない患児より、抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルスが分離されたので報告する。

本県では、2013年9月3株、12月下旬1株、2014年1月上旬に3株の計7株のA(H1N1)pdm09ウイルスが分離された(2014年1月14日現在)3)表1)。これらの7株についてNA遺伝子を対象とした遺伝子塩基配列の解析およびTaqMan RT-PCR法の2法を用いた275位のアミノ酸におけるヒスチジン(H)からチロシン(Y)への置換(H275Y耐性変異)のスクリーニングを実施した。

H275Y耐性変異のスクリーニング
H275Y耐性変異の検出には臨床検体およびMDCK細胞により分離したA(H1N1)pdm09ウイルス株から抽出したRNAを用いた。NA遺伝子塩基配列の解析により7株のうち1株(A/Mie/27/2013)が、臨床検体およびMDCK細胞分離株ともにH275Y耐性変異を有することが判明した。さらにA/Mie/27/2013株を用いたTaqMan RT-PCR法による解析からも同様の結果(耐性株)を得た。

なお、A/Mie/27/2013(耐性株)のNA蛋白は、札幌市の耐性ウイルス株と同様2)にV241I、N369K、N386Kの変異を有していた。

ノイラミニダーゼ(NA)阻害薬に対する感受性試験
国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センターで実施されたA/Mie/27/2013(耐性株)のNA阻害薬に対する感受性試験では、オセルタミビル、ペラミビル、ザナミビル、ラニナミビルに対するIC50値は364.80nM、16.52nM、0.18nM、0.93nMで、感受性参照株と比較してオセルタミビルおよびペラミビルに対する感受性が著しく低下していたが、ザナミビルおよびラニナミビルに対しては感受性を保持していた。

HA遺伝子系統樹解析
今シーズンに本県で分離された7株中6株のA(H1N1)pdm09ウイルスについてHA遺伝子系統樹解析を実施した。これらの株はすべて、HAタンパク質にD97N、S185Tのアミノ酸置換を持つクレード6に分類された(図1)。

A/Mie/27/2013(耐性株)は、2013/14シーズン初期(2013年9月)にインドネシアへ渡航歴のある患者から分離された株(A/Mie/22/2013株、A/Mie/23/2013株)4)とのHAアミノ酸と比較すると、3カ所(アミノ酸番号:15、269、283)が異なっていた。

H275Y耐性変異株が分離された罹患者の疫学情報
本事例の患児は、オランダから帰国後、2013年12月20~24日まで札幌市に滞在していた。その後、三重県へ帰省し、同年12月25日に亀山市のインフルエンザ定点医療機関(小児科)を受診した。検体採取前に抗インフルエンザ薬の投与は受けておらず、薬剤により患児の体内で耐性ウイルスが選択的に発生した可能性は否定される。 

また、患児がインフルエンザ症状を発症する前に、父母に発熱症状が確認されていた。父親についての詳細な検査情報はないが、母親は患児が発症する前日に医療機関を受診し、インフルエンザ迅速診断キットによりA型インフルエンザと診断されたがA(H1N1)pdm09ウイルスへの罹患の有無は検査には至っておらず不明ではあるが、家族内感染の可能性が考えられた事例だと思われた。なお、母親にはザナミビルが処方されていた。その後、本患児は受診しておらず、予後および感染拡大等の詳細は不明である。

2013年11月には、A(H1N1)pdm09ウイルスによる健康成人の重症インフルエンザ肺炎の症例報告5)がされており、特に2009年の流行時に重症化となる傾向がみられたハイリスクグループ(基礎疾患、乳幼児、妊婦等)への感染6)には注視する必要があると思われる。本事例は、札幌市で耐性株がまとまって検出された時期に患者家族が札幌市に滞在していたことと、遺伝子配列が札幌市の耐性株と全く同じであったことから、札幌で耐性株に感染し、三重県に持ち帰ったケースと考えられる。今後、国内でのA(H1N1)pdm09ウイルスの流行動向および抗インフルエンザ薬耐性株の出現状況を注意深くモニタリングし、医療機関における投与薬剤の選択戦略を検討するための情報提供をしていきたいと考えている。

謝辞:本報告を行うにあたり、NA阻害薬に対する感受性試験の実施および貴重なご意見をいただきました国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センターの高下恵美先生、藤崎誠一郎先生、小田切孝人先生、田代眞人先生にお礼申し上げます。

 

参考文献
1) 国立感染症研究所、抗インフルエンザ耐性株サーベイランス
http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/2068-flu/flu-dr/
2) 高下恵美, 他, IASR速報
http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrs/4232-pr4081.html
3) 三重県感染症情報センター, 2013/14シーズンのインフルエンザウイルス分離・検出状況   http://www.kenkou.pref.mie.jp/topic/influ/bunri/bunrihyou1314.htm
4) 矢野拓弥, 他,IASR 34: 343-345,2013  
http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2257-related-articles/related-articles-405/3989-pr4051.html
5) 武井健太郎, 他,  IASR速報
http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrs/4216-pr4073.html
6) 熊野浩太郎,臨床とウイルス38(1) : 106-120,2010

 

三重県保健環境研究所   
 矢野拓弥 前田千恵 赤地重宏 山寺基子 松野由香里 永井佑樹
 小林章人 楠原 一  小林隆司 福田美和 中川由美子 高橋裕明
 奈良谷性子 山内昭則 天野秀臣 西中隆道  
鈴鹿保健所 太田茂治 坂井温子  
落合小児科医院 落合 仁  
独立行政法人国立病院機構三重病院 庵原俊昭

 

 

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2013年に沖縄県西表島で発生したレプトスピラ症

(IASR Vol. 35 p. 14-15: 2014年1月号)

 

2013年の夏季に沖縄県西表島の河川を感染源とするレプトスピラ症が多発したので、その概要を報告する。

同年6~10月、八重山地域の医療機関からレプトスピラ症を疑う症例の検査依頼が当研究所に、また西表島を旅行後に本土で発症した観光客の検査依頼が横浜市および岩手県から国立感染症研究所にあり、PCR検査、抗体検査および分離菌の同定検査を実施した。

実験室診断によりレプトスピラ症が確定した8例を表1に示す。陽性者の年齢は、10代、20代および40代が各2名、50代および60代が各1名で、性別は全員男性であった。感染月日が明らかな4例の潜伏期間は、5~11日であった。感染地域は8例とも西表島で、川や滝でのレジャー活動または労働が感染機会と推定された。検査結果は、血液から菌が分離された症例が4例、抗体検査またはPCR検査で陽性と診断された症例が4例であった。感染血清群は、Pyrogenesが5例、 Hebdomadisが2例、Grippotyphosaが1例であった。PCR検査を実施した6例中5例が陽性であったが、そのうち4例は血液または尿のどちらか一方が陽性であった。また、両方とも陰性であった1例(No.5)は、抗菌薬投与後に検体が採取されたとのことであった。以上のことから、PCR検査を実施する際には、急性期の血液と尿の両方を検体とし、抗菌薬投与前に検体が採取されていたかどうかを確認することが、診断の信頼性を確保する上で重要と思われた。

確定診断8例の主な臨床症状として、発熱が8例すべてでみられ、眼球結膜充血が6例,筋肉痛が5例、消化器症状(下痢・嘔気等)が4例、関節痛、ショック症状および頭痛が3例、黄疸が2例、リンパ節腫脹および髄膜炎様症状が1例でみられた。No.1以外の7例が入院を要した。血液検査の各中央値は、T-Bil 1.2 mg/dL、AST 48.5 IU/L、ALT 60.5 IU/L、BUN 19.9 mg/dL、Cre 1.5 mg/dL、CRP 18.5 mg/dL、WBC 11445/μL(好中球89.0%)、Hb 14.2 g/dL、PLT 16.4/μLで、肝機能障害が5例、腎機能障害が4例、播種性血管内凝固症候群(DIC) が1例でみられた.また8例すべてでCRP の高度上昇がみられた。尿検査では、検査した7例中4例が尿潜血陽性、3例が尿蛋白陽性であった。

レプトスピラ症は急性熱性疾患で、感冒様の軽症型から、黄疸、出血、腎不全を伴う重症型(ワイル病)まで、その臨床症状は多彩である。通常5~14日の潜伏期の後に、38~40℃の発熱、悪寒、頭痛、筋痛、結膜充血などの初期症状をもって発病する。今回の8例のうち、重症型の3主徴のいずれかを呈した症例はNo.4~7の4例で、No.7では髄膜炎も合併してみられた。これら4例は発症から受診までの日数が4日以上経過していた。一方、発症から受診までの日数が2日以内であった2例(No.1および3)は、肝機能および腎機能に異常はみられず、発熱も37℃台と比較的軽症であったことから、早期受診・早期診断の重要性がうかがえた。

西表島は面積の90%が亜熱帯の自然林で覆われ、イリオモテヤマネコ等の様々な生物が生息し、夏季には数多くある川や滝でのカヌーやトレッキング等のエコツーリズムが人気である。過去、西表島を含む八重山地域では、1999年夏季に河川でのレジャーに携わる人々の集団発生 (IASR 21: 165-166, 2000)や、西表島旅行中に感染し帰省後に発症した例(IASR 24: 327, 2003およびIASR 29: 8-10, 2008)が報告されている。また、2005~2012年においても、当所の検査で西表島河川での感染者が毎年確認されている。2013年は3月に新石垣空港が開港し、首都圏からの直行便の運航が可能となったことで、4~9月の八重山入域観光客数は556,818人と過去最高を記録した(前年比34.5%増)。今後も観光客数は高い水準で推移すると思われることから、西表島のレジャー関連業者や観光客に向けたレプトスピラ症の予防と早期受診に関する知識の普及啓発が重要と思われた。

 

沖縄県衛生環境研究所 
  岡野 祥 新垣絵理 高良武俊 加藤峰史 仁平 稔 喜屋武向子 久高 潤   
沖縄県八重山保健所   
  饒平名長令 前津政将 桑江沙耶香  大屋記子 宮川桂子
沖縄県立八重山病院  小坂文昭 松本奈央 伊勢川拓也 島袋 彰   
石垣島徳洲会病院 中川吉丈   
済生会横浜市南部病院 北澤篤志   
横浜市衛生研究所 松本裕子   
岩手県立中央病院 橋本 洋   
岩手県環境保健研究センター 梶田弘子 岩渕香織 齋藤幸一   
国立感染症研究所 小泉信夫 大西 真

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静岡県で開催されたトライアスロン参加後に感染したと推定されたレプトスピラ症の1例

(IASR Vol. 35 p. 16 : 2014年1月号)

 

背 景
1970年代初めまでは年間50例以上の死亡例が報告されていたが、近年の著しい患者数の減少から、多くの医療関係者にとってレプトスピラ症は過去の病気、あるいは輸入感染症の鑑別疾患と認識されることが多くなっている1)

過去の報告からは、農作業(高原での作業を含む)、河川でのレジャーや労働での感染が有名であり、またマレーシア・ボルネオ島で開催された冒険レースEco-Challenge-Sabah 2000の参加者におけるレプトスピラ症の集団発生にて、その感染リスクが広く知らされたことは記憶に新しい2)。しかしながら、発症例が多いことで有名な沖縄県は例外であるが、一般的には日本国内開催のトライアスロンが感染リスクとは考えられていないと思われる。今回我々は、静岡県天竜川支流にて開催されたトライアスロンのコースであった河川が感染源と推定されたトライアスロン参加後に発症したレプトスピラ症の1例を経験した。そのため、疫学的な有益性があると考え、ここに報告する。

症 例 
42歳日本人男性。2013年10月4日起床時から体熱感があったが出勤した。しかし、その日の午後には悪寒と体熱感が増強し、頸部リンパ節にも痛みが出るようになった。そのためロキソプロフェンを内服したが、解熱を得ることはできなかった。何とか勤務を終え自宅に戻ったが、この頃には、体中に痛みを感じるようになり、頭痛にも悩まされるようになっていた。自宅で検温したところ40.2℃であり、経口摂取もできなくなっていたために、夜間救急外来を受診した。インフルエンザ迅速検査が施行され、結果は陰性であり、アセトアミノフェンの処方がなされ帰宅安静加療となった。10月5日には、心窩部痛も始まり経口摂取はさらに困難となった。10月6日まで何とか自宅での安静加療を継続するも症状に改善の兆しがなかったため、10月7日当院を受診した。受診時には、悪寒、頭痛、心窩部痛、多関節痛、筋肉痛に加え、嘔気も出現していた。診察では、頸部は柔らかであり、頸部リンパ節は軽度触知するも圧痛なし。眼球結膜は充血し、心窩部に軽度圧痛を認めた。ケルニッヒ兆候認めず、皮膚には淡い紅斑と左右下肢に毛嚢炎を認めた。インフルエンザ迅速検査陰性であり、血液検査結果では、血小板11万/μLと軽度低下し、eGFR 51.1(mL/min/1.73m2)と低下し、血小板低下と急性腎不全を認めた。髄膜炎も鑑別にあがったため、髄液検査を行ったが、細胞数増加、蛋白増加、糖低下も認めなかった。

その他、咽頭痛なし。鼻汁なし。咳、くしゃみなし。下痢なし。銭湯や温泉にも行っていなかった。動物曝露歴は、自宅で飼っているイヌのみであるが、元気であり濃厚接触もしていなかった。職業は事務職であり、職場での体調不良者もいなかった。家族は妻、14歳の長女、11歳の次女の4人暮らしで、皆元気であった。特徴的な追加病歴として、2013年9月16日に発生していた台風18号が通過した後の9月23日、非常に濁っていた河川がコースとなっていたトライアスロンレースに参加をしていた。

レプトスピラ症の好発時期である9月に、レプトスピラ保有がネズミにて確認されていた静岡県3)の台風後でひどく濁っていた河川でのトライアスロン参加12日後の発熱、頭痛、眼球結膜充血、心窩部痛、全身の関節、筋肉痛の病歴とインフルエンザ迅速検査陰性、髄液所見異常なし、尿中レジオネラ抗原陰性、血小板低下、急性腎不全の検査所見からレプトスピラ症疑いの診断となり、同日入院加療となった。また、確定診断目的に国立感染症研究所細菌第一部へ、入院時採取した尿検体、髄液でのレプトスピラPCR検査を依頼した。

入院後はミノマイシンの静脈内投与が開始され、経口摂取もできるようになったため、その後はドキシサイクリンの内服へ変更となり、経過良好にて2013年10月11日退院となった。退院後に国立感染症研究所から結果報告がなされ、尿中レプトスピラPCR陽性、髄液PCR陰性であった。また11月15日退院後外来で採取した血清では、国内で報告のあるレプトスピラ15血清型生菌を用いた顕微鏡下凝集試験を行い、血清型Australisに対して5,120倍の凝集価が認められ、血清学診断としてもレプトスピラ症の診断となった。

考 察
レプトスピラ症の症状は非特異的であり、症状からの鑑別は多岐に及ぶ。日本国内でのレプトスピラ症発症例の多くは8~10月に集中している。また、台風の後での発症例の報告もあることから4)、8~10月の上気道症状を伴わないインフルエンザ様症状の患者の診察においては、淡水曝露歴有無の問診をとる習慣をつけておくことが、診断に重要と考えられた。

結 語
日本国内での8~10月開催の淡水をコースとしたトライアスロン参加が、レプトスピラ症の感染源となりうる可能性のあることを示唆する1症例を経験した。

 

参考文献
1) IASR 29: 1-2, 2008
2) MMWR 50(2): 21-24, 2001
3) IASR 29: 5-7, 2008
4) IASR 32: 368-369, 2011

 

浜松医療センター感染症内科 
  田島靖久 島谷倫次 髙宮みさき 矢野邦夫    
浜松市保健所保健予防課 長山ひかる

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野菜サラダを原因食品としたYersinia enterocolitica O8 による食中毒事例―東京都

(IASR Vol. 35 p. 17: 2014年1月号)

 

事例概要:2013年4月25日、某予備校から「管内の寮で4月19日~25日の間、約20名の寮生が発熱、腹痛等の症状を呈しており、3名が入院している」と東京都北区保健所に連絡があった。寮では給食業者が寮生に朝夕の食事を提供していた。直ちに食中毒および感染症の両面から調査を開始した。

調査の結果、寮生92名のうち52名(すべて男性)が発症していた(発症率56.5%)。主な症状は、腹痛、発熱、頭痛、下痢であった。症状別発症者数を表1に、日別発症者数を図1に示した。後述のとおり、原因食品と決定した4月17日夕食の喫食から算定した潜伏時間は、37~175.5時間であった。

発症者および調理従事者の検便を実施したところ、発症者26名中18名、調理従事者11名中2名からYersinia enterocolitica(血清型 O8)が検出された。北区保健所は、5月1日、発症者の共通食が寮の食事に限定されること、症状および潜伏期間が同菌のものと一致することから、寮の食事を原因とする食中毒と判断し、3日間(平成25年5月1日~5月3日)の営業停止処分とした。

原因食品については、検食(4月14日~20日)等を検査したところ、4月17日夕食の野菜サラダ(ポークハムカツの付合せ)から同菌が検出された。野菜サラダを賄いとして喫食した調理従事者2名の検便からも同菌が検出されたこと、また、施設調査から、豚肉を扱った器具を介して二次汚染された可能性が高いことから、野菜サラダを原因食品と決定した。

検査結果:糞便検体は、すべてCIN寒天での直接分離培養で検出した。7名の発症者について糞便中のY. enterocolitica菌数を測定した結果、103~104個/gであった。 

原因食品を特定するために検食73検体、原材料6検体、給茶器の水1検体について検査を実施した。各食品にリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加え、4℃ 21日間培養後、培養液を対象に、ail 遺伝子(接着と侵入性に関与する病原因子の1つ)をターゲットとしたPCR法でスクリーニング試験を行った。その結果、1検体(野菜サラダ)が陽性となったため、この検体から集中的に菌の分離を試みた。

Y. enterocoliticaが検出された「野菜サラダ」の増菌培養液中には、CIN寒天に発育するYersinia以外の菌が非常に多く、Y. enterocoliticaの分離は非常に困難であった。増菌培養液に等量の0.8%KOH加生理食塩水を加え10秒間混和後に平板へ塗抹するアルカリ処理法は非常に有効であり、CIN寒天上に発育した集落から3集落を調べた結果、そのすべてがY. enterocoliticaであった。さらに、Y. enterocolitica O8群抗体を感作させた免疫磁気ビーズを作製し、培養液から集菌後にCIN寒天へ塗抹分離したところ、ほぼ純培養状にY. enterocoliticaの発育が認められ、釣菌した10集落すべてがY. enterocolitica O8であった。

今回の検査では、培養液から遺伝子検査でスクリーニング試験を行い、陽性であった検体に集中して目的菌の分離を行うことで、効率の良い検査を実施することができた。また、培養液中に夾雑菌が多い場合は、アルカリ処理や免疫磁気ビーズ法を用いた集菌法が非常に効果的であった。しかし、食品の増菌培養に3週間、菌の分離・同定を含めると約1カ月を要したことから、迅速な検査を実施するためには、さらに検討が必要であると考えられた。

 

東京都北区保健所 
  大地貴之 木幡幸恵 鈴木美智子 小澤めぐみ 福田智裕     
東京都健康安全研究センター
  小西典子 石塚理恵 横山敬子 齊木 大 赤瀬 悟 門間千枝 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan