病原大腸菌血清型と「他の下痢原性大腸菌」の検出報告状況、2001年~2011年8月
(Vol. 33 p. 3-4: 2012年1月号)
大腸菌の分類の見直しを行っている(本号5ページ参照)ところであるが、現在までの病原大腸菌血清型(EPEC)および「他の下痢原性大腸菌」についてまとめた。2001年1月1日~2011年8月31日までの病原体検出情報システム(IASR 31: 75-76, 2010参照)への報告にIASR掲載の国内情報または速報を加えた。

EPECの報告数は590件であった。H血清型は記入する欄が設けられていないため30件しか記載されていなかった。表1のO群に示すようにO1が最も多く、O18がこれに次ぐが、これらの株のほとんどはeae 遺伝子を保有していない。eae 陽性を目印にすると、表1eae+ に示すようにOUT、O55、O128、O119、O8の順となる。2000(平成12)年度に出された厚生科学研究費報告書「地方衛生研究所の機能強化に関する総合研究-細胞付着性大腸菌の実態把握とその検査法の確立に関する共同研究」における11県の調査において血清型が判明している大腸菌と比べると、傾向は概ね似ている。しかし、現行の病原体個票では病原因子や血清型の情報は少ない。LEE領域を持ち(eae 陽性)、EAFプラスミドを保有するtypical EPECはOUTの1件であった。同時期に報告されたEPECの集団事例を表2に示した。IASR Vol.29, No.8に腸管凝集付着性大腸菌(EAggEC)として報告されたO44:H18と思われる事例がEPECとして報告されているが、O群がEPECの定義と同じO44であったことからこの分類に報告されたものと思われる。

「他の下痢原性大腸菌」の報告数は92件であった。H血清型は6件記載されていた。表3のO群に示すようにOUT、O126、O169、O111の順であった。aggR 陽性を目印にすると、表3aggR+ に示すようにOUT、O126、O127、O111、O78の順となる。同時期に報告された「他の下痢原性大腸菌」の集団事例を表4に示した。aggR を保有しているO111:H21血清型のEAggECの事例や、病原因子としてastA のみを保有する複数の事例が報告されている。EPECが1例「他の下痢原性大腸菌」として報告されているが、O群がEPECの定義とは異なるO145であったことからこの分類に報告されたものと思われる。

下痢原性大腸菌は非病原性大腸菌と鑑別するため古くから血清型が使われてきた。病原因子が遺伝子検査で簡単に調べることができるようになって、血清型の意義は薄れてきたとはいえ、病原因子の保有状況には相関があり、今でも重要な情報である。アンケート(本号4ページ参照)によると、回答した地方衛生研究所(地研)のほとんどがO・H血清型別を行っていることから、2012年1月からの病原体検出情報システムへの入力の際には、H血清型型別結果も入力可能とするよう改正した。

報告都道府県数をみると、腸管出血性大腸菌は46都道府県と、ほぼ全県なのに対し、EPECは16、「他の下痢原性大腸菌」は12と報告地研数が少ない。これについては、「人手不足で入力する人員が確保できない」とか、「散発例は年齢・性別・症状などの情報が入らないため入力をためらう」、などの理由が考えられる。しかし、atypical EPECやEAggECは、まだ下痢原性の起因菌としての意義が明らかではないため、事例を収集することが重要であることから、調べた大腸菌については可能な限り報告をお願いしたい。

国立感染症研究所感染症情報センター 伊藤健一郎
国立感染症研究所細菌第一部 伊豫田 淳
秋田県健康環境センター 八柳 潤
東京都健康安全研究センター 甲斐明美
富山県衛生研究所 磯部順子
大阪府立公衆衛生研究所 勢戸和子
岡山県環境保健センター 中嶋 洋
福岡県保健環境研究所 村上光一

 



 

The Topic of This Month Vol.33 No.1(No.383)

下痢原性大腸菌 2011年現在
(Vol. 33 p. 1-3: 2012年1月号)

大腸菌(Escherichia coli )はヒトの腸管正常菌叢の一つであり、ほとんどは病原性を持たないが、一部に下痢を引き起こすものがあり、「下痢原性大腸菌」と総称されている。「下痢原性大腸菌」は健康人の腸管細菌叢にはめったに存在しない。「下痢原性大腸菌」を正常菌叢の大腸菌と鑑別するには病原因子を検査する必要がある。

病原体検出情報システム(IASR 31: 75-76, 2010)では1993年以降2011年まで、下痢原性大腸菌をEHEC/VTEC、ETEC、EIEC、EPECの4つと「他の下痢原性大腸菌」に分けて(表1a)検出報告を収集してきた。一方、食中毒統計では1998年以降、EHECと「その他の病原大腸菌」の2つに分類して情報を集めている。本特集ではEHEC以外の下痢原性大腸菌についてまとめる。

検出報告状況図1に地方衛生研究所(地研)と保健所からの病原菌検出報告による検出例数と集団発生病原体票で報告された事例数の集計を示す。事例数・患者数とも夏季に増加がみられる年が多いが、冬季にも発生している。ETECは事例数・患者数とも最も多く、2009年まで減少傾向であったが、2010~2011年に増加に転じている。EIECはほとんど報告がない。

病原体個票による報告、特にETECの報告は、検出例の一部しか届かないが、O群などの情報が含まれている。2001年1月~2011年8月までにETECは374件、EIECは9件、EPECは590件、「他の下痢原性大腸菌」は92件が報告された(本号3ページ)。これまでEPECは血清型別法によってO群で分類されていた(表1a)。EPECとして報告された菌株の3分の1をO1とO18が占めたが、O1、O18中でEPECの遺伝子マーカーであるeae が陽性の株はわずか3件であった。一方、eae 陽性と報告された株の中でO群として多かったのはOUT、O55、O128、O119、O8であった。また、EAggECマーカーであるaggR 陽性株では、OUT、O126、O127、O111、O78が多かった。

集団発生事例:2008~2010年における食中毒統計の細菌性食中毒発生状況(表2)をみると、「その他の病原大腸菌」による事件数は1年に8~12件、患者数は160~1,048人であった。患者数は1998年をピークに減少していたが(IASR 29: 213-215, 200831: 1-3, 2010)、2010年に増加した(これは主に下記の大規模事例による)。

食中毒統計によれば、 500人以上の大規模集団事例は1997~2000年に5件発生していたが、2010年に10年ぶりに1件の発生があった(表3)。2011年にはETEC O148:H28による同一給食会社の広域事例が発生し(本号9ページ12ページ)、残存していた食材のネギから菌が検出されている。

大規模事例に限らず、集団事例の原因菌はETECが多いが(図1)、EAggEC(本号7ページおよびIASR 29: 226-227,2008)やEPECによる事例も報告されている(本号8ページおよびIASR 32: 143-144, 2011)。

検査法(本号4ページ):臨床症状や分離株の生化学的性状、O群からだけでは下痢原性大腸菌を分類できないため、病原因子による鑑別が必要となる。病原因子には毒素産生性(EHEC/VTECとETEC)、細胞侵入性(EIEC)、細胞付着性(EPECとEAggEC)にかかわるものなどがある。それらの判定法として生物学的検査法や免疫学的方法があるが、近年、地研では病原因子関連遺伝子の検出法としてPCRをよく利用している(本号7ページ8ページ)。

下痢原性大腸菌の分類の見直し(本号5ページ):これまでの病原体検出情報システムによる報告ではEPECはO群によって分類されていたため、EPECの中にEAggECに属する菌の一部も含まれていた。一方、eae 陽性株でもEPECのO群に該当しないものはEPECとして報告されなかった。また、健康人から頻繁に分離され病原因子を持たないO1とO18がEPECとして報告されていた。これらの問題点を解消するため、地研と国立感染症研究所で組織する衛生微生物技術協議会等で検討した結果、2012年からEPECの判定基準を現行のO群による分類から付着に密接に関連するインチミン遺伝子(eae )陽性に改定し、EAggEC(判定基準はaggR 遺伝子陽性)を追加することとなった(表1b)。これで、わが国でも世界的に使われている下痢原性大腸菌の分類(Manual of Clinical Microbiology第10版第35章)と整合することになる。

終わりに:2011年にドイツを中心とする欧州で、EAggECにVero毒素など遺伝子領域が入り込んだ新たなタイプの病原大腸菌O104:H4が発見された。今後も、新たな病原因子を獲得した下痢原性大腸菌が出現する可能性もあり、常に注意を払っていく必要がある。

EAggECとEPECについてはその病原性が十分に解明されていないため、散発下痢症患者から分離されても原因菌としての報告をためらう場合がある。また、EAggECが分離されたが、有症苦情として処理され、食中毒として届出されない集団発生もある(本号7ページ)。2012年から病原菌検出報告の報告基準を病原因子に基づくように改訂したので、新たな判定基準に当てはまる下痢原性大腸菌の情報を積極的に報告していただくよう地研の方々に協力をお願いしたい。今後、わが国の下痢原性大腸菌の実態を正確に把握するためには、収集された情報を解析するとともに、集団事例等から分離された菌株の病原因子等の研究を推進することが必要である。さらに、アンケート調査(本号4ページ)で地研から要望の多かった下痢原性大腸菌検査法のマニュアル化が必要である。

 

特集関連情報

 



 


 

IASR Vol.17 No.2 February 1996 (No.192)

 


 

 ウイルス性胃腸炎, 1995年10~12月

目次

  • SRSV胃腸炎流行速報:東京都 、伊勢原市 
  • ウイルス性胃腸炎事例におけるRT-PCR法と電顕法の比較:福岡県 
  • 貝類からのSRSV検出:静岡県 
  • ウイルス性胃腸炎集団発生全国実態調査 
  • インフルエンザ最新情報:米国 
  • CMV感染:英国 
  • 創傷ボツリヌス:米国 
  • S.Typhimurium急性胃腸炎集発:米国 
  • メリオイドーシス:シンガポール 
  • 先天性梅毒サーベイランスシステム:米国 
  • メジナ虫症撲滅へ向けての前進 
  • AIDS患者50万人突破:米国 
  • 世界のHIV/AIDS流行 
  • 世界のAIDS患者数 
  • 日本のHIV感染者等の状況 

 



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