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富山市の学校給食における牛乳を原因とする食中毒事例疫学調査解析

(IASR Vol. 43 p236-238: 2022年10月号)

 
背 景

 2021年6月17日, 富山市教育委員会および富山市こども保育課等から, 市内の保育所, 幼稚園, 小学校, 中学校等のうち, 25カ所の学校または保育施設等で, 「通常と異なる多数の消化器症状を呈する児童・生徒(以下, 児童等)の発生」が富山市保健所へ報告された。本稿では, 本事例の全体像の把握, 原因・感染経路および再発予防策の検討を目的に行われた調査をまとめた。

方 法

 本事例に対しては, 疫学調査, さかのぼり調査および流通先調査, 立入調査, 食品および有症状者等の病原体検査を実施した。

 3つの疫学調査を行った。全体像の把握を目的に富山市内25の学校・保育施設(以下, 学校等)を対象とした記述解析では, 症例定義を富山市内の25の学校等に所属し, 6月14~18日に消化器症状または発熱症状を呈し, 学校等から保健所へ報告のあった者とした。調査は消化器症状を呈した児童等の属性, 症状, 発症日等の情報を収集した。

 さらに断面調査では, T乳業の牛乳摂取の有無と欠席の関連を検討した。断面調査は症状を呈した児童等が利用した給食の食材配送ルートが5つのブロックに分けられており, そのうち調査可能であった2つのブロック(26校)を対象とした。調査は利用した乳業会社, 在籍者数, 欠席者数(6月7~18日)の情報収集した。T乳業の利用の有無と欠席の関連はオッズ比を算出した。

 続いて, 協力の得られた2カ所の小学校の4~6年生児童全員を対象に, 6月7~16日の給食の品目別の摂取の有無について質問紙票を用いて収集した。

 また, 給食ブロックや症状を呈した児童等が通う学校の給食調理方法等の収集を行った。汚染された牛乳の製造が推定されたT乳業への立入調査・聞き取り調査, 記録・マニュアル等の収集, 牛乳のさかのぼり調査および流通先調査を実施した。

 なお, 本稿における乳業会社等における名称の表記は2022年3月17日開催の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_24326.html)で記載した表記に基づくものとした。

結 果

 疫学調査

 症例定義を満たす者は1,850人であった。症例は6月16日0時頃から増加し始め, 16日19時と17日7時にピークを認めた()。18日も複数の症例が発症していた。主な症状は腹痛が80%(1,472人), 下痢が54%(1,006人), 嘔気・嘔吐が30%(547人), 発熱が28%(517人)であった。学校等において, 給食配付数を分母とした発症者数の割合は20歳未満が33%(1,832/5,524)で, 20歳以上が2%(16/725)であった。症例はT乳業が製造した牛乳の摂取者であったことから6月17日に牛乳の回収, 給食の一時休止および6月18日にT乳業の営業自粛を行った。

 T乳業の利用と児童の欠席との関連はT乳業利用者における欠席が6月16~18日においてオッズ比がいずれの日も2以上と大きな値であった。

 喫食調査では, 2学校302人(うち症例定義を満たす者は92人)の回答が得られた。6月14~16日の期間に給食での牛乳を摂取した人の割合は92-95%であったため, 摂取と発症のリスクの検討は不可能であった。

 給食ブロックや症状を呈した児童等が通う学校の給食調理方法, 記録等の情報から, 牛乳以外の食品で共通性が高かった食品(ニンジン, たまねぎ)およびサラダや漬物は調理で十分な加熱を行い, マニュアル通りに調理し, 調理の記録がなされていたことを確認した。

 細菌学的検査

 学校等の発症者の便検体から大腸菌OUT(OgGp9):H18が検出された。また, 学校等の一部では, T乳業が提供した牛乳検体と便検体の両方から大腸菌OUT(OgGp9):H18が検出された。T乳業の牛乳からは, セレウス菌(嘔吐型)が検出された。

 さかのぼり調査および流通先調査

 牛乳は, 5件の酪農家が朝夕に搾乳した生乳を, 翌日, W組合連合会が集乳し, T乳業とS乳業に納入していた。T乳業では200mLパックを学校等, 医療機関, 高齢者関連施設に, 500mLパックをこども園, 1Lパックをスーパーや小売店に流通させていたが, 学校等以外では有症苦情や症例の発生はみられなかった。S乳業は県内他市町村の学校へ納入していたが, 有症苦情はなかった。

 流通先医療機関の1つで, 情報が得られたC医療機関では200mLパックを利用していたが, 6月の入院患者に消化器症状を呈した者の増加は認められなかった。また, T乳業の配送順序による各学校等間での症例数や発症日時に偏りはみられなかった。

 立入調査

 T乳業の牛乳製造工程における危害分析は加熱殺菌前の工程で生乳タンクからバランスタンクまでの間のCIP(Cleaning in Place)洗浄が未実施であった。加熱殺菌工程以降は殺菌機の流量, 温度測定, フロー・デバージョン・バルブ(FDV)等の不具合があり, サージタンク内のスプレーボールへの牛乳の流入や, ベントの衛生管理, 充填機の洗浄・点検の不十分, 配管接続部のパッキンの破損, 一般衛生手技の不徹底(手指消毒不足・手袋の不使用)等があげられた。

考 察

 症例の発生状況, 潜伏期, 検出された大腸菌の血清型別(Ogタイピングを含む), T乳業の牛乳摂取による欠席リスクの解析結果から, T乳業が製造し, 6月14~16日に給食で提供された牛乳を摂取した者より有症者が多数発生した。当該期間にT乳業の牛乳を給食で摂取した者の欠席との関連はオッズ比が2.2~18.3で非常に大きな値であった。これらより, 便検体と牛乳検体から共通に検出された大腸菌による汚染が食中毒の発生の原因である可能性が考えられた。また, さかのぼり調査および流通先調査から, ①T乳業と同じ生乳を使用したS乳業関連の有症苦情がなかったこと, ②本食中毒事例の原因食品はT乳業で製造した牛乳であったことから, 本食中毒の原因食品はT乳業で製造した牛乳であった。また, T乳業で製造された牛乳の汚染は製造工程における不具合によるものであると考えられた。立入による製造工程状況の調査から, 牛乳の加熱(殺菌)が十分ではなかった可能性または加熱後に汚染された可能性が考えられた。

 再発防止策として, T乳業における牛乳製造工程で危害発生の可能性のある箇所が複数箇所〔加熱(殺菌), 加熱(殺菌)後のサージタンク, 牛乳充填機, 他〕あったことから, これらを重要管理点として捉え, 定期点検の実施, 測定機器類の劣化検知のための記録類の整備やマニュアル整備・改善に取り組むことが必要であると提言した。

 なお, 本事例ではセレウス菌(嘔吐型)が検出されたが, 食中毒には関与しないと考えられた牛乳からも検出されたこと, 症例の主要症状が腹痛と下痢であったこと, 潜伏期間を考慮すると発症時間で説明ができない症例が含まれていたことから, セレウス菌の可能性は否定的と考えた。また, 同日に製造された200mLパックの牛乳を摂取したにもかかわらず, 学校等で成人の発症割合が未成年に比べて低く, 病院や高齢者関連施設では有症苦情がなかったことは, 発症が年齢の影響を強く受けていた可能性を示唆すると考える。

 本調査における制限は, 思い出しバイアスの発生, 限られた人数でのOgタイピングの実施, 調査実施中の牛乳製造工程に対する改修作業による事故発生時点での情報収集に関する制限があげられる。

 謝辞:本調査にご協力いただきました富山県衛生研究所, 富山市内の学校, 保育所, 幼稚園, こども園, 富山県内の医療機関, 国立感染症研究所細菌第一部の皆様に深謝いたします。


富山市保健所          
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 榮野真由美 鈴木富勝 瀧波賢治
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