国立感染症研究所

高病原性クリプトコックス症(Cryptococcus gattiiによるクリプトコックス症)について

平成22年7月21日作成
平成26年9月1日更新
真菌部 

<疫学>
 クリプトコックス症の従来型の病原体であるC. neoformansは、全世界に分布し、ヒト感染症の感染源として鳥の糞との関係が指摘されている一方、今回報告するC. gattiiは、主にオーストラリアを中心とした熱帯・亜熱帯地区に分布し、ユーカリの樹に生息し、コアラの病原体として知られ、ヒトへの感染はまれとされてきた。しかしながら、近年、カナダ・ブリティッシュコロンビア(BC)州のバンクーバー島東海岸地方で集団発生が起こり、1999 年以降、健常人を含む100 名以上がC. gattii に感染し、死亡例も報告されている。バンクーバー島での1999 年から2007年までの平均発症率は100 万人当り25.1にものぼる1。また、当初はバンクーバー島だけの集団発生であったが、その後、バンクーバー市を含むBC 州の各地、および近接する米国ワシントン州やオレゴン州にも広がった2。さらに、2010年には発生地域への明らかな渡航歴のない日本人での発症例が報告され3、発生地域の世界的な拡大傾向が憂慮されている。その感染拡大の原因として、1)バンクーバー島で検出されたC. gattii の胞子は、植物由来の胞子より小さく、そのために容易に感染が拡大した可能性、2)Cryptococcus の同性間交配( same-sex mating )が起こり、その特性を変化させた可能性4、3)温暖化等の地球環境変化に伴う生息地域拡大の可能性、などが議論されている。
 
<原因真菌>
 C. gattiiは、遺伝子タイプとして、大きく4つに分類され(VGI~IV)、今回、拡大傾向にある株はVGIIである4-7。バンクーバー島で集団発生した株は、さらに、主要株VGIIaと少数株VGIIbなどに分類される。また、VGIIaは、病原性が高いことも示唆されている4。本邦における第一号の株は、バンクーバー島で集団発生したVGIIaと同一の株であることが確認され、何らかの形で日本に運び込まれた可能性も考えられる3。また、米国オレゴン州を中心に新たな遺伝子パターンVGIIc型のC. gattiiによるクリプトコックス症の発生も確認され、今後の動向が注目されている5,6

<症状>
 潜伏期は、2~11ヶ月(中央値6~7ヶ月)と長く8、帰国後の感染症の際には、1年前にまで遡った渡航歴の聴取が必要である。
 従来型と同様、発熱などの感染症状に加え、呼吸器病変を反映した呼吸器症状(咳、呼吸困難、胸痛など)、および、中枢神経病変(脳髄膜炎)を反映した神経症状(頭痛、食思不振、項部硬直、嘔吐、記憶障害、性格の変化など)や体重減少、盗汗などが見られる1

<診断>
 上記の症状や、渡航歴、画像所見(胸部レントゲン・CT、頭部CT)などから本症を疑い、病理学的検査や培養検査を行う。
 培養検査や病理学的検査は、従来型と同様で、確定診断は呼吸器由来の検体や髄液の真菌培養や肺や臓器の病理組織学的検査で感染を証明する。病理組織学的にはC. gattiiC. neoformans の形態学的特徴はあるものの、両者を鑑別することは難しい。真菌の同定には、生化学的同定(API20C など)や血清型の決定が必要であるが、現在血清型の簡易キットが生産中止になっているため、遺伝子学的検査(rRNA遺伝子等の特異的配列)が重要である。
 グルクロノキシロマンナン抗原検査を検出する血清学的検査は、C. neoformansによるクリプトコックス症の診断に頻用され、感度・特異度、および迅速性に優れた非常に有用であるが、C. gattii にはやや反応しにくく、血清検査による診断に際しては、偽陰性の可能性を考慮する必要がある。

<予防法・治療法>
 従来型同様、ワクチンなどの確実な予防法は確立していない。流行している地域への渡航に際しては、渡航中および帰国後の体調管理に注意し、症状がみられる際には医師に相談し、早期に発見することが重要である。また、国内発生例の報告も考慮すると、渡航歴がない場合にも注意が必要である。
 治療法は、従来型と同様の抗真菌薬が有効である。

<感染源・感染経路>
 ある種の樹木や樹木の周囲の土壌を感染源として、空気中に舞い上がった浮遊真菌を吸い込むことでヒトに感染すると考えられているが、その感染源や感染経路に関しては完全には明らかとなっていない。ヒト間感染、動物間感染、動物-ヒト間感染はこれまでに報告されていない。

<危険因子等>
 従来型は健常者と免疫不全者に同程度に起こるが、免疫不全者では重症化しやすい。一方、高病原性の場合、より健常者に多く起こり重症化もし易い傾向がある。死亡率に関しては、高齢、中枢神経病変、基礎疾患の有無、およびVGIIbが、危険因子となりうることが指摘されている1。

参考文献
1. Galanis E, Macdougall L. Epidemiology of Cryptococcus gattii, British Columbia, Canada, 1999-2007. Emerg Infect Dis 16: 251-7, 2010.
2. Springer DJ, Chaturvedi V. Projecting global occurrence of Cryptococcus gattii. Emerg Infect Dis 16:14-20, 2010.
3. Okamoto K, Hatakeyama S, Itoyama S, Nukui Y, Yoshino Y, Kitazawa T, Yotsuyanagi H, Ikeda R, Sugita T, Koike K. Cryptococcus gattii Genotype VGIIa Infection in Man, Japan, 2007. Emerg Infect Dis 16:1155-7, 2010.
4. Fraser JA, Giles SS, Wenink EC, Geunes-Boyer SG, Wright JR, Diezman S, Allen A, Stajich JE, Dietrich FS, Perfect JR, Heitman J. Same-sex mating and the origin of the Vancouver Island Cryptococcus gattii outbreak. Nature 37: 1360-1364, 2005.
5. Byrnes III EJ, Bildfell RJ, Frank SA, Mitchell TG, Marr KA, Heitman J. Molecular evidence that the range of the Vancouver Island outbreak of Cryptococcus gattii infection has expanded into the Pacific Northwest in the United States. J Infect Dis 199: 1081-1086, 2009.
6. Byrnes III EJ, Li W, Lewit Y, Ma H, Voelz K, Ren P, Carter DA, Chaturvedi V, Bildfell RJ, May RC, Heitman J. Emergence and pathogenicity of highly virulent Cryptococcus gattii genotypes in the Northwest United States. PLoS Pathogens 6: e1000850, 2010.
7. Kidd SE, Hagen F, Tscharke RL, Huynh M, Bartlett KH, Fyfe M, MacDougall L, T. Boekhout, Kwon-Chung KJ, Meyer W. A rare genotype of Cryptococcus gattii caused the cryptococcosis outbreak on Vancouver Island (British Columbia, Canada). Proc Natl Acad Sci USA 101: 17258-17263, 2004.
8. MacDougall L, Fyfe M. Emergence of Cryptococcus gattii in a novel environment provides clues to its incubation period. J Clin Microbiol 44: 1851-1852, 2006.

 
  

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