国立感染症研究所

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リアルタイムPCRにおいて非典型的な増幅曲線を示したノロウイルスGII.P16-GII.2変異株

(IASR Vol. 38 p.106-108: 2017年5月号)

埼玉県では厚生労働省通知1)に基づき, リアルタイムPCR法(以下, 本法)を用いて食中毒疑い事例のノロウイルス(NoV)検査を実施している。本県において, 2016/17シーズンのNoV検出状況は, 全国と同様に遺伝子型GII.P16-GII.2変異株(GII.2v)が主流となっており, 2017年2月末現在, NoVを検出した16事例中13事例において当該遺伝子型のウイルスが検出されている。

 本法では標準物質(陽性コントロール)による検量線の傾きや検体のCt値を見るとともに, 標準物質および検体の増幅曲線の状態を確認後, 判定を行う。しかし, 今回, 県内発生の食中毒疑い事例由来のNoVゲノム逆転写産物を本法により, 検出・定量を試みたところ, 非典型的な増幅曲線が観察された。そこで, この原因を究明するため, 以下の解析を行った。

当該事例は, 2016年12月に発生した食中毒疑い事例で, 患者19検体および調理従事者20検体のNoV検査を実施した。NoV陽性となった20検体中19検体(患者16検体, 調理従事者3検体)において, 標準物質に比べ低いΔRnでプラトーとなる増幅曲線が観察された(図1a)。そこで, この事例で通常通りの増幅曲線を示した1検体(28-109-1), および通常とは異なる増幅曲線を示した3検体(28-109-2~4) のRdRp領域からN/S領域についてダイレクトシークエンス法により塩基配列を決定した。系統樹解析の結果, これらのNoVの遺伝子型はGII.2vであり, 2016/17シーズンに県内で検出されたGII.2vと同じクラスターを形成した。しかし, 塩基配列を比較すると, 28-109-2~4の3検体は, 20塩基から成るプローブ部分の配列の5’側から9番目の塩基がCからTへ変異していることが判明した(図2)。

この変異が本法に対し, どのような影響を及ぼすかを調べるため, 当該事例のNoVの配列を基に, COG2Fプライマーの10bp上流から200bpについて, プローブ塩基配列の9番目の塩基をC, T, AあるいはGとした合成DNA(GII.2-C, GII.2-T, GII.2-AあるいはGII.2-G)を作製し, 約1×104コピーを添加した時の本法での反応性を確認した。またGII.4 sydney(JX459908)とGII.17 kawasaki323(AB983218)の配列のプローブ部位に本事例における変異を導入した合成DNA(GII.4-T, GII.17-T)についても同様の試験を行った。

それぞれのDNAテンプレートを用いて, 常法に従い測定を実施したところ, GII.2-Cは標準物質と同様の増幅曲線を示し, プラトーに達するΔRnも標準物質と同程度であった。しかし, GII.2-Tは, 当該事例の検体と同様に非典型的な増幅曲線となり, ΔRnが標準物質より低い値を示した。GII.2-GおよびGII.2-AではGII.2-Tよりさらに低いΔRnでプラトーとなった(図1b)。また, GII.4およびGII.17の合成DNAに同様の変異を導入した場合は, GII.2-Tと同様の結果となった(図1c)。

今回, リアルタイムPCRのプローブとNoV GII.2のRdRpおよびN/S領域の逆転写産物の塩基配列の1塩基のミスマッチにより, 正確な検出・定量を行うことが困難なGII.2vの存在が明らかになった。このような本法における検出・定量性の変化は, 増幅領域の塩基配列が異なる複数の遺伝子型でも観察されたことから, プローブ配列と当該GII.2vの逆転写産物との塩基配列のミスマッチによるものと推定された。これは, プローブの鋳型へのアニーリングにおいて, 1塩基のミスマッチが何らかの影響を及ぼしていると思われる。

リアルタイムPCRのプライマー, プローブはNoVゲノム中の高度に塩基配列が保存されている領域を基に設計されている2)。実際, 本県において, 2012~2017年の間に検出されたNoV 283株(遺伝子型: GII.2, 3, 4, 6, 12, 13, 17および21)について, 上記ミスマッチを引き起こす可能性のある塩基配列を確認したところ, この部位に変異が存在する株は検出されていない。現在のところ, 本法の反応性が低下する変異を持つNoVが検出されたのは当該事例のみであり, このウイルスが拡散している兆候は把握されていない。しかし, 今後もこのような変異を持つNoVが出現することも視野に入れ, 増幅曲線とプローブ部位の塩基配列の変異について, 当研究所では確認を続けるとともに, 他機関とも情報を共有していく必要があると考える。

 

参考文献
  1. 厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課長通知, 平成15年11月5日:食安監発第1105001号
  2. Kageyama T, et al., J Clin Microbiol 41: 1548-1557, 2003

 

埼玉県衛生研究所
 峯岸俊貴 富岡恭子 鈴木典子 貫洞里美 小川泰卓 中川佳子 内田和江
 篠原美千代 岸本 剛

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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