百日咳 2008~2011年
(Vol. 33 p. 321-322: 2012年12月号)
百日咳は百日咳菌(Bordetella pertussis )の感染によって引き起こされる急性呼吸器感染症であり、主な症状は長期間続く咳嗽である。百日咳は小児の感染症とされ、わが国では乳幼児期に追加接種を含め計4回の定期接種が行われている。これまでの沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(DPT)に代わり、2012年11月からは不活化ポリオワクチン(IPV)を含む沈降精製百日せきジフテリア破傷風不活化ポリオ混合ワクチン(DPT-IPV)の接種が開始された(本号3ページ)。百日せきワクチンの免疫効果は4~12年で減弱することから、既接種者も感染しうることが近年明らかとなった。先進国では青年・成人の無症状百日咳菌保菌者が、重篤化し易いワクチン未接種児の感染源となることが問題となっている。
患者発生状況:百日咳は感染症発生動向調査における定点把握の5類感染症であり、全国約3,000の小児科定点から臨床診断による患者数が毎週報告される(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-23.html)。2001~2007年の週別患者報告数は定点当たり0.040未満であったが、2008年には第20週/5月(定点当たり0.115)をピークに患者報告数が増加した(図1)。百日咳は約4年周期の流行を繰り返すことが知られており(IASR 26: 61-62, 2005)、1999~2000年、2004年の小流行に引き続き2008年は流行周期に該当した。この流行は2008~2010年の3年間にわたって認められた。
都道府県別患者発生状況をみると、2008~2010年の流行は全国レベルで発生したことがわかる(図2)。年間患者報告数が定点当たり2.00以上を示した都道府県は、流行前の2007年では千葉県と栃木県の2県のみであったが、2008年では16県、2009年では7県、2010年では11県と増加した。
患者年齢:成人患者報告数は2002年には定点当たり0.019人であったのに対し、2010年には同0.861人と大きく増加し、全患者の48%を占めた(図3)。また、2007年以降10代、特に10~14歳の患者割合が増加した。一方、0歳児の患者報告数は2001年以降定点当たり0.400人を下回った(図4)。青年・成人患者の増加は欧米ならびにオーストラリアでも認められている(本号3ページ)。
百日咳抗体保有状況:2008年度の感染症流行予測調査では、2003年度と同じく全年齢層の百日咳抗体保有率が調査された。百日咳菌の百日咳毒素と繊維状赤血球凝集素に対する抗体保有率は、月齢6カ月~2歳までは80%前後と前回の2003年度調査より高く維持され、この年齢層では早期に免疫が獲得されていた(図5)。一方、その他の年齢層では抗体保有率は50%前後と低い状態が続いていた。。
集団感染:わが国では2007年に大学などで大規模な集団感染が発生し、狭い空間を長時間共有する施設では百日咳菌が容易に伝播することが示された(IASR 29: 65-66, 2008)。2008年以降では保育所や中学校でも集団感染が発生し(IASR 29: 201-202, 2008、本号5ページ&6ページ)、さらに小中学生を主とする地域流行も発生した(IASR 32: 340-341, 2011、本号7ページ&9ページ)。
百日咳様症状を起こす病原体:百日咳菌と同様な咳嗽症状を引き起こす百日咳類縁菌として、パラ百日咳菌とBordetella holmesii が挙げられる。B. holmesii は1995年に米国CDCにより命名された新しい百日咳類縁菌であり、国内でも2000年代後半から心外膜炎患者や百日咳様患者から菌が分離されている(IASR 33: 15-16, 2012、本号9ページ&12ページ)。
百日咳類縁菌以外に百日咳様症状を引き起こす病原体として、肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミジア、ヒトボカウイルスが挙げられる。2010年に国内の医科大学と大学病院で発生した百日咳集団感染疑い事例では、かぜ症候群の病原体であるライノウイルスが検出され、上述の病原体に加え新たにライノウイルスの鑑別の必要性が指摘された(IASR 32: 234-236, 2011)。一方、2012年に発生した保育所の集団感染事例では百日咳菌とともにライノウイルスやコクサッキーウイルスA9型が検出されており、小児ではこれら病原体との重複感染が示された(本号6ページ)。
実験室診断:百日咳の病原体検査には菌培養、血清学的検査、遺伝子検査を用いることができる。わが国では簡便な血清学的検査として菌凝集素価法が頻用されるが、本法の診断精度は低いため、成人のみならずワクチン既接種児の検査診断にも適用することは困難である(IASR 32: 236-237, 2011)。その他の血清診断法には、抗百日咳毒素IgG抗体の測定が用いられるが、抗体価上昇に咳出現後1週間以上を必要とすることから迅速診断としての利用価値は低い。また、百日咳菌の菌分離陽性率は低く、特に保菌量の低い青年・成人患者からの菌分離はほとんど期待できない状況にある。一方、遺伝子検査は高感度に百日咳菌遺伝子を検出することから、欧米では迅速診断として広く利用されている。わが国では研究用試薬として百日咳菌Loop-mediated isothermal amplification(LAMP)キットが地方衛生研究所(地研)や一部の医療機関で使用されているにすぎない(IASR 33: 104-105, 2012)。
B. holmesii の実験室診断には菌培養と遺伝子検査が利用可能である(本号10ページ)。ただし、本菌の種別同定法は遺伝子検査によるため、臨床現場では同定不能菌として見逃されている可能性も否定できない。国立感染症研究所ではB. holmesii を特異的に検出するLAMP法を開発して、検査体制の強化を図り、国内の病原体サーベイランスを地研とともに進めている。
おわりに:多くの先進国で成人百日咳患者の増加がみられ、わが国では中学校などのより低年齢層での集団感染や地域流行が発生している。百日咳患者、特に青年・成人患者の臨床診断は難しいことから、欧米では菌培養検査に代わり、遺伝子検査が多く用いられるようになっている。ワクチン効果を正しく評価するためには正確な患者サーベイランスが必要となり、わが国でも高精度で簡便な遺伝子検査の普及が望まれる。