肺炎球菌感染症 2017年
(IASR Vol. 39 p107-108: 2018年7月号)
肺炎球菌はグラム陽性菌で, 主要な呼吸器病原性菌の一つである。本菌は乳幼児の鼻咽頭に40~60%と高頻度に保菌されており, 市中における菌の水平伝播に重要な役割を果たしている。菌表層の莢膜ポリサッカライド(capsular polysaccharide: CPS)は最も重要な病原性因子であり, 血清型を決定する抗原でもある。現在までに97種類の血清型が知られている。本菌感染症に対する宿主側の主要な感染防御機構は血清型特異抗体によって誘導される補体依存的オプソニン活性である。
本菌は小児, 成人に肺炎, 中耳炎, 副鼻腔炎などの非侵襲性感染症を引き起こす。成人の市中発症肺炎(市中肺炎と医療ケア関連肺炎)の大半は菌血症を伴わない肺炎であり, その原因菌の約20%が肺炎球菌である。また, 本菌はときに髄膜炎や菌血症を伴う肺炎などの侵襲性肺炎球菌感染症(invasive pneumococcal disease: IPD)を引き起こす。IPDとは通常無菌的であるべき検体から肺炎球菌が分離された疾患を指す。
ワクチンと血清型:わが国で製造販売承認されている肺炎球菌ワクチンには23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23)と沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13), 沈降10価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV10)がある。
わが国において, 2010年11月には「子宮頸がん等ワクチン接種緊急促進事業」が始まり, 5歳未満の小児に対する沈降7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7)の公費助成が実施された。その後, PCV7は2013年4月から定期接種ワクチンとなった。2013年11月には小児の定期接種ワクチンはPCV13に置き換わった。PCV10は小児の定期接種ワクチンへの追加は認められなかった。PPSV23は1988年3月に製造販売承認され, 1992年8月に「脾摘患者における肺炎球菌による感染症の発症予防」について健康保険適用が認められた。2014年10月から65歳の者, 60歳以上65歳未満の者であって, 心臓, 腎臓もしくは呼吸器の機能障害またはヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能障害を有する者を対象として定期接種ワクチン(B類疾病)となった(本号15ページ)。現在, 2019年3月までの5年間の期限措置として, 65歳以上の定められた年齢を対象として定期接種を実施している。また, 2014年6月にはPCV13に対する製造販売承認の用法および用量に65歳以上の成人が追加された。
検査室診断:培養法による肺炎球菌の同定は血液寒天培地上での溶血性(α溶血), 胆汁酸溶解試験, オプトヒン感受性試験等によって行われる。血清型の決定は莢膜膨化試験により行われるが, スクリーニングとして血清型特異的遺伝子をターゲットとしたmultiplex PCRも有用である(本号4&5ページ)。
感染症法に基づく感染症発生動向調査:2013年4月からIPDが5類全数把握疾患に追加された。2013年4月~2017年12月までに11,170症例(男:女=1.49:1)が報告されている。年別の報告数は経年的に増加した(表, 図1)。また, 患者の発生は冬~春に多い傾向があった。全年齢の人口10万当たり報告数も経年的に増加し, 2017年は2.53で, 5歳未満では9.47, 65歳以上では5.38であった(表)。患者の年齢分布は小児と高齢者にピークがあり, 全患者に対する5歳未満と65歳以上の割合はそれぞれ17%, 56%であった(図2)。5歳未満では髄膜炎は9%, 菌血症を伴う肺炎(以下, 肺炎)は17%, 巣症状を伴わない菌血症(以下, 菌血症)は57%であった。65歳以上では髄膜炎は10%, 肺炎は51%, 菌血症は29%であった。2017年における届出時点での死亡の割合は6.1%であり, 5歳未満では0.6%であるのに対し65歳以上では8.3%であった(表)。
基幹定点医療機関におけるペニシリン耐性肺炎球菌感染症(penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae: PRSP)は2008~2011年には年約5,000例の報告があったが, 2015年以降は年2,000例程度に減少した。また, PRSPによる侵襲性感染症の報告数も同様に減少した(本号3ページ)。
IPDサーベイランス:小児IPDサーベイランス(日本医療研究開発機構研究班:菅班)の報告によれば, 小児IPDの罹患率は, PCV導入前の2008~2010年と比較すると, 2013年には57%低下した。2013年11月にPCV13に切り替わり, PCV13血清型によるIPDは2017年には97%減少した。しかしながら, 非PCV13血清型による罹患率は304%増加し, 血清型置換が明確になった(本号6ページ)。
成人IPDサーベイランス(厚生労働省研究班:大石班)の報告によれば, 897例の年齢中央値は71歳, 男性が61%であり, 75%に併存症, 31%に免疫不全状態を認めた。病型は肺炎が60%, 菌血症が16%, 髄膜炎が15%, その他が8%であった。報告時点の死亡は19%であった。原因菌の血清型分布から小児のPCV7導入による間接効果が示唆された(本号8ページ)。2017年度の成人IPDの原因菌のPCV7血清型, PCV13血清型, PPSV23血清型の割合はそれぞれ7.3%, 31%, 64%であった。また, 感染症流行予測調査の一環としてIPD原因菌の血清型調査が実施されている(本号4ページ)。
肺炎球菌性肺炎サーベイランス:成人肺炎球菌性肺炎サーベイランスにおいて, 2012年時点の検討では原因菌のPCV13血清型, PPSV23血清型の割合はそれぞれ54%, 67%であったが, 2016年以降ではPCV13血清型, PPSV23血清型の割合はそれぞれ32%, 49%に減少していた。この現象も小児PCV導入による間接効果と考えられた(本号11ページ)。肺炎球菌には高頻度に遺伝子組換えが起こる特性があり, 組換えによる血清型の変化, いわゆるcapsule switchingが認められる。このため, 異なる血清型によるクラスター事例の調査では血清型決定に加えて全ゲノム解析が必要になる(本号12ページ)。
PPSV23のワクチン効果:成人のIPDサーベイランスにおいて, PPSV23接種によるワクチン効果(VE)について解析した。PPSV23血清型のIPDに対するVEは45%, 12F血清型のIPDに対するVEは87%と推定された。また, 65歳以上に対しても、VEは39%と推定された(本号9ページ)。
一方, 65歳以上の肺炎球菌性肺炎に対するPPSV23接種のVEがtest negative designによって解析された。全肺炎球菌性肺炎に対してはPPSV23のVEは27.4%, PPSV23血清型の肺炎球菌性肺炎に対しては33.5%と推定された(本号11ページ)。
予防と対策:IPDを含む肺炎球菌感染症の好発年齢である5歳未満の小児と65歳以上の成人を対象として, 肺炎球菌ワクチンによる予防接種施策が実施されている。また, IPDのリスクが高い同種造血幹細胞移植患者におけるPPSV23の免疫原性が報告されている(本号13ページ)。2016年の小児PCV13の累積予防接種率は初回97%, 追加94%と高いのに対し(https://www.niid.go.jp/niid/images/vaccine/cum-vaccine-coverage/cum-vaccine-coverage_28.pdf), 65歳以上のPPSV23の接種率は40%程度もしくはそれ以下に留まっている(本号15ページ)。個人予防の観点から65歳以上のPPSV23の接種対象者における接種率向上が求められる。今後も小児, 成人の血清型置換の可能性があることから, 原因菌の血清型分布を継続的に監視することが必要である。