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粘液胞子虫Unicapsula seriolaeの関与が疑われる集団有症事例ー福岡市

(IASR Vol. 42 p287-288: 2021年12月号)

 

 2021年7月, 福岡市内で粘液胞子虫Unicapsula seriolaeの関与が疑われる集団有症事例が発生したので, その概要を報告する。

1. 概 要

 7月21日, 管轄保健所に「仕出し弁当を喫食した複数名が下痢・発熱・嘔吐等の症状を呈した」旨の連絡が入った。調査の結果, 7月20日に13名が仕出し弁当を喫食し, 12名が短時間の潜伏期間を経て消化器症状を呈しており, クドアによる食中毒に類似していた。仕出し弁当には, 冷蔵流通のカンパチ, チルド流通のサーモン, 冷凍流通のイカの刺身が3切れずつ含まれていた。有症者吐物, 有症者便, 従事者便および未洗浄の仕出し弁当容器中皿(以下, 中皿)のふきとり検体の細菌検査および寄生虫検査を行った結果, 有症者便およびカンパチ等の刺身および大根が盛られていた中皿(以下, 刺身皿)のふきとり検体からU. seriolae特異的遺伝子が特異的定性PCRにて検出された。本事例では, 疫学的にU. seriolaeが原因である可能性が強く示唆されたが, ヒトに対するU. seriolaeの病原性が不明であることから, 原因不明の有症苦情事例として判断された。

2. 発症状況

 有症者12名の症状は下痢(83%), 発熱(75%), 吐き気(42%), 嘔吐(33%), 頭痛(25%)であった。潜伏時間平均値は7.5時間(範囲:4-12時間)であった。U. seriolaeへの共通曝露となる可能性があった食事は7月20日喫食の仕出し弁当のみであり, 流行曲線に一峰性がみられた。

3. 検査結果

 仕出し弁当1人分に使用されていた中皿11枚を市販のキットにてそれぞれ拭き取り, 1分間ボルテックスしたものをふきとり検体とした。

 有症者便, 従事者便および中皿のふきとり検体の細菌検査において, 食中毒菌は検出されなかった。

 有症者吐物, 有症者便および刺身皿のふきとり検体について, 寄生虫検査を行った。

 有症者吐物および便はFastDNA SPIN Kit for Soil(MP-Biomedicals)を, ふきとり検体はQIAamp DNA Mini Kit(QIAGEN)を用いてDNA抽出し, 特異的定性PCRにてKudoa septempunctata, K. hexapunctata, K. iwatai, U. seriolaeそれぞれの遺伝子の有無を検査した1)

 検査の結果, 有症者便5検体および刺身皿のふきとり1検体はU. seriolae特異的遺伝子PCR陽性, その他の寄生虫の特異的遺伝子PCR陰性であった()。

4. 考 察

 クドアによる食中毒に類似した有症事例で, 有症者便および刺身皿のふきとり検体からU. seriolae遺伝子が検出された。U. seriolaeの毒性はまだ証明されていないが, U. seriolaeはサーモンおよびイカから検出された報告はなく, カンパチの生食に伴う有症苦情事例とU. seriolaeとの間に関連性が示唆されている2)ことから, 本事例はU. seriolaeが病因物質である可能性が考えられた。今後, U. seriolaeの毒性究明が望まれる。

 本事例において, 有症者便および吐物は, 喫食後72時間以内に採取され, 11検体中5検体からU. seriolae遺伝子を検出することができた。粘液胞子虫はヒトの体内では増殖しないため排出時間が非常に短く, 喫食後72時間までは60%以上検出できるが, 72時間以降では約25%まで低下するとの報告もあり(http://www.iph.osaka.jp/s008/020/030/030/010/20180106110000.html), 検体採取までの時間が検査結果に大きく影響することに留意する必要がある。しかし, 実際の食中毒対応では, 発症から受診・通報・調査等複数の段階があり, 発症後すぐに患者便等を採取できないことが多い。そのため, 残品の確保が重要であるが, 喫食したものと同一個体の残品が確保できることは少なく, 病因物質の特定を困難にしている。本事例では, 仕出し弁当容器および中皿が未洗浄のまま残っていたため, 中皿のふきとり検査を実施することで, 提供されたカンパチにU. seriolaeが寄生していた可能性を確認することができた。また, 本市にて過去に家庭で発生したK. septempunctata食中毒事例において, ヒラメ残品はなかったが, ヒラメが入っていたプラスチック容器のふきとり検体を検査したところ, K. septempunctata特異的遺伝子PCR陽性となった事例がある3)。このことからも, 容器等のふきとり検体を対象とした特異的定性PCRは有用であると思われる。事例探知の時点で, 残品だけでなく容器包装および盛られていた皿等の現状保存をさせ, 検査を実施することが, 病因物質の特定の一助となると考える。さらに, U. seriolaeの毒性究明のための基礎データとして, 今後も有症苦情事例における疫学情報の蓄積が重要である。

 

参考文献
  1. 丸山浩幸ら, 福岡市所報 43:59-65, 2018
  2. 大西貴弘ら, 日食微誌 33(3):150-154, 2016
  3. 福岡市所報, 41:128, 2016

福岡市保健環境研究所   
 古賀舞香 中野朝美 田上紗弥加 光安志織 松永典久 佐野由紀子  
福岡市早良保健所・東保健所 

 

 

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