国立感染症研究所

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<速報>福祉施設におけるヒトメタニューモウイルス集団感染事例―千葉市

(掲載日 2013/7/11)

 

2013年4月下旬~5月下旬にかけて千葉市内の福祉施設(入所者87名、職員37名)において、ヒトメタニューモウイルス(Human metapneumovirus: hMPV)を原因とする呼吸器感染症の集団事例が発生したので、その概要を報告する。

2013年5月8日、当該施設長から「発熱、咽頭痛、咳の呼吸器症状を呈している入所者が多数いる」旨の連絡が千葉市保健所にあった。保健所の調査の結果、初発例は4月27日発症の4名であることが明らかとなり、以降は5月20日まで発症者が認められた。発症者の主な症状は発熱(37.5℃~38℃)、咽頭痛、咳であり、中には肺炎症状を呈する症例も認められた。また、初発例2名について迅速診断キットによるインフルエンザウイルスの検出を試みたが、2名ともに陰性であった。

本事例の症例定義を「4月27日~5月20日の期間に、発熱、咽頭痛、咳の症状を呈した者」とした場合、発症者は入所者51名、職員2名の合計53名となった(図1)。呼吸器症状を呈する入所者51名のうち15名が肺炎症状を呈し、1名が入院となった。また、発症者の年齢幅は42~85歳であり、肺炎症状を呈した重症例15名のうち14名が62歳以上の高齢であった。感染拡大防止対策として、外出・外泊・面会の中止、施設内の消毒、入所者・職員のマスク着用、うがい・手洗いの励行、入所者全員の体温測定(1回/日)による発症者の早期発見、および発症者の居室分離などの措置を講じた。その結果、5月20日以降、新たな発症者が認められなくなったことから、本事例は終息したものと判断された。

千葉市環境保健研究所において、肺炎症状を呈する5症例の咽頭ぬぐい液(5月8日採取)から遺伝子検出とウイルス分離を実施した。遺伝子検出はRSウイルス、hMPV、パラインフルエンザウイルス(1型、2型、3型)、エンテロウイルス、ヒトライノウイルス、ヒトコロナウイルス、ヒトボカウイルスの9種類を対象とした。RSウイルス1)、hMPV、パラインフルエンザウイルス、ヒトボカウイルスについては、Real-time (RT-) PCR法による検出を実施した〔hMPV、パラインフルエンザウイルス、ヒトボカウイルスのReal-time (RT-) PCR法については独自に設計したプライマーとTaqMan MGBプローブを使用〕。また、エンテロウイルス2)、ヒトライノウイルス2)、ヒトコロナウイルス3)については、RT-PCR法による検出を実施した。一方、ウイルス分離にはRD-18S、VeroE6、HEp-2、CaCo-2、およびMDCK細胞の5種類を用いた。その結果、ウイルス分離はすべて陰性であったが、Real-time PCR法によって5症例のうち4症例からhMPV遺伝子のみが検出された。そこで、Real-time PCR法によって検出された4症例について、RT-Nested PCR法4)を行ったところ、1症例のみからPCR産物が得られた。さらに、ダイレクトシークエンス法により、PCR産物の塩基配列(F遺伝子領域317bp)を決定し、系統樹解析を実施したところ、本症例から検出されたhMPVの遺伝子型はB2であることが明らかとなった。また、NCBIにおけるBlast検索では、本症例から検出された遺伝子は、hMPV/Fukui/287/2008(AB716392)と最も高い相同性を示した。

千葉市においては、2013年3~5月の期間に病原体定点医療機関において上気道炎、または下気道炎と診断された散発症例8名からhMPVが検出されている。これらのhMPVはすべて遺伝子型B2であり、その塩基配列も本事例の検出株と相同性が非常に高かった(塩基配列解析部位が100%一致)。このことから、本事例の発生期間である4月下旬~5月下旬に千葉市内で流行していたhMPV-B2が当該施設における流行に関与していた可能性が示唆された。なお、2013年6月以降の散発症例からは、主に遺伝子型B1が検出されており、今後のhMPV遺伝子型の動向(流行する遺伝子型の変化)が注目される。

以上の結果から、本事例はhMPV-B2を原因とする呼吸器感染症の集団発生であり、初発例からの飛沫や接触によるヒト-ヒト感染によって、施設内に感染が拡大したことが示唆された。hMPVは、国内では春期(2~6月)を中心に流行し、乳幼児や高齢者では下気道呼吸器感染症(細気管支炎、喘息様気管支炎、肺炎など)を引き起こす一方、健康成人においては比較的軽度の急性上気道炎の起因ウイルスでもある5)。本事例でも、発症者53名のうち38名が発熱、咳、咽頭痛の上気道炎、15名が肺炎症状を呈する重症例であった。このことから、hMPVは成人の急性呼吸器感染症の原因ウイルスとしても重要視すべき存在であることが示唆され、特に高齢者施設などでの集団感染や院内感染に注意が必要であると考えられた。

 

参考文献
1)横井ら,感染症誌 86: 569-576,2012
2)石古ら,臨床とウイルス 27: 283-293,1999
3)Vijgen L. et al.,Methods Mol Biol 454: 3-12,2008
4)高尾ら,感染症誌 78: 129-137,2004
5)菊田英明,ウイルス 56: 173-182,2006

 

千葉市環境保健研究所健康科学課
横井 一 水村綾乃 小林圭子 木原顕子 都竹豊茂 三井良雄
千葉市保健所感染症対策課
飯島善信 西郡恵理子 牧 みさ子 加曽利東子 元吉まさ子 澤口邦裕 本橋 忠 山口淳一

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