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急性弛緩性麻痺 2019年12月現在

(IASR Vol. 41 p17-18: 2020年2月号)

急性弛緩性麻痺(acute flaccid paralysis: AFP)は医学的には四肢の急性弛緩性運動麻痺を呈する疾患の総称である(本号3ページ)。AFPは脊髄前角細胞およびこれより末梢の神経や筋肉等に障害が認められた場合に生じるが, AFPを認める疾患の代表としてギラン・バレー症候群(GBS), 急性灰白髄炎(ポリオ), 急性弛緩性脊髄炎(acute flaccid myelitis: AFM)等が挙げられる。

世界ポリオ根絶計画とAFPサーベイランス

世界保健機関(World Health Organization: WHO)は世界中すべての国・地域から野生株ポリオウイルスの伝播を終息させる目的で, 世界ポリオ根絶計画を推進している(本号45ページ)。2015年9月には2型, 2019年10月には3型野生株ポリオウイルスの世界的根絶が宣言されたが, ワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)によるAFP症例がアフリカの広範な地域で認められており, 日本を含むWHO西太平洋地域(WPR)でも, 近年, ラオス, パプアニューギニア, フィリピン等においてVDPVによるポリオのアウトブレイクが発生した。WHOはポリオ対策の観点から, 各国で15歳未満のAFP症例を把握し, ウイルス学的検査(24時間以上空けて2回の便検体からの分離培養)によるAFP病原体サーベイランスの体制を整備している(本号4ページ)。

感染症発生動向調査

日本では, 2015年秋のAFMの多発により, AFMを含むAFP症例の早期探知と疫学情報を把握する必要性が指摘された。また, 日本はWPRで唯一AFPサーベイランスを実施していない国であったが, 2018年5月1日から「急性弛緩性麻痺(急性灰白髄炎を除く。)」を5類感染症全数把握疾患に追加し, AFPを診断した医師は管轄の保健所に診断後7日以内に届け出ることが義務づけられた(届出基準: https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-180413.html)。その際ポリオの鑑別のため診断後, 速やかに病原体検査のための検体を採取し, 検査結果を待つことなくできるだけ速やかに届け出ることが求められている。届出後, ポリオウイルス(ワクチン株を含む)が検出された場合は, 5類感染症である「急性弛緩性麻痺」の届出は取り下げ, 2類感染症「急性灰白髄炎」に変更することが求められている。

2018年5月1日(第18週)~2019年11月17日(第46週)までに209人のAFPが届出された。発病月が不明の19人を除く流行曲線を示す(図1)。2018年10月をピークとして2018年9~11月に多かった。WHOはGBSの発症頻度からAFPの罹患率を15歳未満小児人口10万人当たり年間1人と推定しており, AFPサーベイランスの感度指標として推奨しているが, 小児人口10万人当たり届出数が1人を超えていたのは2018年16県, 2019年8県と少なかった(図2)。

年齢別では, 2018年は1歳にピークがあり年齢中央値は3歳, 2019年は明らかなピークは認められず, 年齢中央値は7歳であった(図3)。男女別では, 男性105人, 女性104人であった。

また, 2018年第18週~2019年第49週までに感染症発生動向調査に届出されたAFP216人の症状は単麻痺52人(24%), 対麻痺90人(上肢23人, 下肢67人)(42%), 三肢麻痺15人(7%), 四肢麻痺42人(19%)で, 呼吸筋麻痺17人(8%), 顔面麻痺23人(11%), 膀胱直腸障害37人(17%)等も報告された。ボツリヌス症を疑う瞳孔散大は報告されなかった(本号7ページ)。

急性弛緩性脊髄炎(AFM)

2014年のエンテロウイルスD68(EV-D68)流行期に北米でAFMが多発し, 2015年には日本でもEV-D68流行期に一致してAFMが多発した(本号3ページ)。発熱, 呼吸器症状等が先行し, 麻痺は左右非対称が多かった。MRI検査ではT2強調像で高信号を呈する灰白質優位の長大な縦走病変と馬尾の造影効果が特徴であった。電気生理学的検査では運動神経単独障害を認め, 髄液検査では麻痺発症から5日以内をピークとして, 単核球優位の軽度白血球数増多を認めた(本号3ページ)。

ヒトにおけるEV-D68感染と中枢神経疾患発症の関連は明らかではないが, 動物実験レベルでは, 呼吸器疾患由来EV-D68を新生仔マウスに脳内接種すると, 前肢から始まる弛緩性麻痺を発症し, 頸髄前角の大型神経細胞にウイルス抗原が観察された。炎症後は大型神経細胞の消失とアストログリアへの置換が観察されたことから, ポリオとほぼ同様の感染病理である可能性も考えられた(本号9ページ)。

AFP症例における病原体検査の実施状況

2018年5月1日~2019年11月17日に感染症発生動向調査に報告された病原体を示す()。咽頭ぬぐい液からの検出が多く, 次いで便であった。地方衛生研究所(地衛研)によって検査項目が異なるが, 約半数の地衛研が病原体検査を実施していた。他の地衛研, 国立感染症研究所(感染研), 大学に検査を依頼した地衛研を含めると, AFP届出症例は何らかの病原体検査を受けていた(本号11ページ)。ポリオウイルスが検出された症例はなく, AFPの届出数のピークはEV-D68の検出数のピークと一致した(図1)。 

感染症発生動向調査に届出されたAFPのうち, WHOの基準に基づいてポリオを否定できたのは7%にすぎず, ポリオウイルス検査実施の有無不明や, 検体採取が不適切な症例が多かった(本号7ページ)。AFP届出票にポリオウイルス検査結果や検査検体の種類の記載欄が必要である。

厚生労働科学研究班では, 2018年4月にAFPの探知と保健所への全数届出, 急性期の検体確保の重要性, 検査方法, AFM症例の診断・検査・治療に関して「急性弛緩性麻痺を認める疾患のサーベイランス・診断・検査・治療に関する手引き」(https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/AFP/AFP-guide.pdf)を作成した。髄液からのEV-D68検出は一般的には困難で, 急性期の呼吸器由来検体からの検出率が高い。ポリオウイルス, エンテロウイルスA71(EV-A71)は神経向性ウイルスであるが, 髄液からの検出は困難で, 便検体等からの検出率が高い(本号12ページ)。AFPの病原体診断には, 急性期の検体確保(咽頭ぬぐい液, 2回の便は必須, 血液, 髄液等)が重要であり, 事前準備と現場の連携が不可欠である(本号13ページ)。

今後の対策

2018年5月から日本でもAFPサーベイランスが始まったが, 2019年現在, サーベイランスの感度指標として推奨されている小児人口10万人当たり1人以上の報告数に達していない。また, 世界ポリオ根絶計画に基づき, 麻痺発症14日以内に24時間以上空けて2回の便検体からポリオウイルスの検査を実施することが求められている。ポリオ根絶の維持の確認と, AFPの病原体検索には, 医療機関, 保健所, 地衛研, 感染研の連携が重要である。

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