国立感染症研究所

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MERSコロナウイルスの検査法について

(IASR Vol. 36 p. 239-240: 2015年12月号)

中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)の検査はリアルタイムRT-PCRにより、ウイルス遺伝子を検出することによって行われる。MERS発生後、早々にドイツの研究グループによって報告された検査法1,2)は非常に高感度であり、現在では世界保健機関(WHO)スタンダード法ともなっている。これらのうちウイルスゲノムのE蛋白質領域上流(upE)を標的としたもの、ORF1a領域を標的としたものの2セットが主に利用されている。両者ともウイルスRNAを数コピーのレベルで検出することが可能であるが、upEセットの方が若干感度が良いため、upEセットがスクリーニング、ORF1aセットが確定検査に用いられている(図1)。

日本国内では国立感染症研究所(感染研)よりupE領域検出用のプライマー、プローブセットと陽性コントロールRNAが各都道府県、保健所設置市の衛生研究所、保健所および検疫所宛に送付され、各自治体や検疫所において検査を行うことが可能となっている。検査の流れとしては、MERS疑似症例に該当する患者について各自治体でスクリーニング検査を行い、陽性であった場合に感染研において確定検査をすることとされている。だが、韓国での流行以降、当面の間は各自治体と感染研の両方で同時に並行して検査を行うことになっている[参照:健感発0918第6号(http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000098097.pdf)]。

ウイルス検査の成功については検体採取が重要である旨が報告されている。DrostenらによってMERS-CoV感染患者におけるウイルス動態が詳細に報告されているが3)、この報告によると、下部気道においては106コピー/mlに達するウイルス量が存在しているのに対し、口腔咽頭では5×103コピー/mlのウイルスしか存在していなかったとある。このような研究結果を受け、WHOからも下部気道からの検体採取を強く薦めている4)。具体的には喀痰、気管吸引物、気管支肺胞洗浄液などである。しかしながら、鼻咽頭ぬぐい液等の上気道検体しか用い得ないことも多く、喀痰が採取できる場合もあるが多くはない。

014(平成26)年7月18日にWHOより出された症例定義ガイダンス5)により、MERS陽性とするためには、少なくとも2つの異なる遺伝子ターゲットによって陽性となることが必要とされたため、上記のupEおよびORF1aのセットに加え、RT-LAMP法による検出法の開発を行った。3つの方法のうち、2つで陽性となれば陽性と判定できるようになり、検査の信頼性が増した。

RT-LAMP法によるMERSコロナウイルス検出について
LAMP法は納冨らによって開発された遺伝子増幅方法であり、6つの標的遺伝子配列から設定された4種のプライマーとDNAポリメラーゼを用い、単一温度にて目的の遺伝子配列を増幅する方法である6)。逆転写反応を組み合わせることでRNAも増幅することができ、さらに2種のloopプライマーを加えることで反応性を高めることもできる。反応のためのキットは市販されている。

本法の利点は、単一の温度による培養で核酸増幅を行えるため複雑な温度管理を必要としないこと、30分ほどの短時間で十分な増幅が得られること、リアルタイムモニタリングを行うことも可能であるが、エンドポイントによる判定も可能であり、特別な機器がなくとも利用可能である、という点があげられる。ウイルス、細菌を問わず、これまで数多くの病原体についてLAMP法による検出方法の論文が報告されている。我々は本法の簡便性に注目し、栄研化学らと共同で、MERSコロナウイルスのRT-LAMP法による検出方法を開発した7)。プライマーはMERS-CoVのN蛋白質遺伝子領域を標的としており、配列は図2に示すとおりである。反応温度65℃で反応時間は30分で済む。ウイルスの検出感度はWHOスタンダードのupE、ORF1aプローブを用いたリアルタイムRT-PCRとほぼ同等の性能を示した。しかし、RT-LAMPは30分の反応時間で結果が出るため、同時に試験を開始すると、リアルタイムRT-PCRに先駆けて結果が判明する。したがってRT-LAMP法を1次スクリーニングに用いることが可能であれば、検査時間の短縮を行うことができ、MERS検査に係わる全国の担当者の負担を軽減できる可能性が示されている。

 
参考文献
  1. Corman VM, et al., Euro Surveill. 2012; 17(39): pii: 20285
  2. Corman VM, et al., Euro Surveill. 2012; 17(49): pii: 20334
  3. Drosten C, et al., Lancet Infect Dis 17: doi: 10.1016/S1473-3099(13)70154-3, 2013
  4. WHO, Technical guidance-surveillance and investigation, Interim surveillance recommendations for human infection with Middle East respiratory syndrome coronavirus
    http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/InterimRevisedSurveillanceRecommendations_nCoVinfection_27Jun13.pdf
  5. WHO, Global Alert and Response, Revised interim case definition for reporting to WHO – Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV)
    http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/case_definition/en/index.html
  6. Notomi T, et al., Nucleic Acid Res 28(12): e63, 2000
  7. Shirato K, et al., Virology J 11: 139, 2014

 
国立感染症研究所ウイルス第三部 白戸憲也

 

 

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