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2015年韓国におけるMERSの流行(2015年10月現在)

(IASR Vol. 36 p. 235-236: 2015年12月号)

医療機関における中東呼吸器症候群(MERS)症例の集積は中東の国(特にサウジアラビア)から継続的に報告されているが、中東以外の国では2013年に英国(計3例)、フランス(計2例)から報告されているのみでいずれも輸入例を発端としていた1,2)。しかし2015年5月~7月にかけて、韓国では186例のMERS症例が報告された(中国で診断された例を含む)。本稿では韓国で発生したMERSの事例について概説する。

輸入例からの感染拡大3) 
韓国における最初のMERS確定例(#1)は68歳の男性で、2015年4月18日~5月3日にバーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタールに滞在し、5月4日に仁川空港に到着した。5月11日(帰国7日目)に発熱・咳嗽を認め、12日、14日および15日に医療機関を受診後、15日~17日にA病院に入院した。しかし17日に別の医療機関を受診し、18日からB病院に入院した。20日にMERSと確定されたため、韓国政府は世界保健機関(WHO)へ報告するとともに、#1を国の指定医療機関へ隔離した。さらに21日、#1の妻(#2)と、#1と同じ病室の男性(#3)がMERSと確定された。#3の息子(#4)は#3を見舞っており、#1の接触者だったが、21日に発症し、26日に中国へ出国していた事実が27日に判明した。韓国政府は国際保健規則(IHR)に基づきWHOと中国保健当局に対して#4について通報した。同日、中国当局は本人を確認し隔離措置を取り、29日にMERSと確定したが、中国国内において#4からの二次感染例は認めなかった。一方、韓国では最初の症例(#1)に関して、発症から隔離までに10日間を要し、その間4カ所の医療機関を受診していたため、多数の医療従事者や患者らに接触することになった。そのため複数の医療機関で#1を発端とした二次感染および三次感染が発生し、6月8日の時点で6医療機関より64例の確定例が報告された。

韓国政府とWHOの対応
このような状況下、韓国政府はWHOとのJoint missionを6月9日~13日に実施した。その結果、6月13日、WHOは韓国におけるMERSコロナウイルス(MERS-CoV)感染拡大の原因について、医療従事者および一般社会におけるMERSに関する認識の欠如、不十分な院内感染予防策、混雑した救急外来や多病床の病室でのMERS患者との密接で持続的な接触、ドクターショッピング、多くの見舞客や患者家族が病室内で感染者と滞在する習慣、などを指摘した。また、MERS-CoVの遺伝子配列について、韓国および中国での分離株と、中東での分離株とで著しい変異は認めないと述べ、疫学的に持続的なヒト-ヒト感染を示す証拠はないとした4)

WHOはこれらに基づき、6月16日、MERS-CoVに関するIHR緊急委員会第9回会議において、「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」ではないと結論づけ、すべての国はこのような予期しないアウトブレイクに対して常に備えておくべきとし、医療機関と産業(航空産業など)との連携を強化する必要性を強調した5)

発生状況の経過3,6)
接触者の追跡と隔離、サーベイランス、院内感染対策が強化され、報告数は6月1日をピークとして減少し、7月2日を最後に新規確定例は認めなかった()。 韓国政府は7月28日に事実上のMERS終息宣言を出したが、10月12日、MERSから回復し、2度MERS-CoV陰性と判定された男性が、発熱と嘔吐の症状を認め、再びMERS-CoV陽性と判定されたと発表した。この症例からの二次感染の報告はなく、10月27日現在、韓国でのMERS確定例は12例の無症候陽性例を含む186例(前述の再度陽性となった症例は1例として集計)、隔離対象となった接触者は計16,693名にのぼった。 確定例はすべて医療機関およびその関連車両等で発生しており、年齢中央値は55歳(範囲:16~87歳)、男性が111例(60%)であった。死亡37例(致命率 20%)のうち33例(89%)は高齢者、もしくは基礎疾患(悪性腫瘍、心疾患、呼吸器疾患、腎疾患、糖尿病、免疫不全等)を有していた。医療従事者は39例(21%)であった。

韓国事例からの教訓
隣国の先進国で発生したMERSの感染拡大は、あらためて平時からの感染症対策徹底の大切さを示した。たとえば急性感染症患者への渡航歴の確認、医療機関での標準予防策の徹底、感染管理体制の整備、住民へのリスクコミュニケーション等である。わが国でもMERSをはじめ、新興感染症に対する対応を今後も定期的に確認することが重要である。

 
参考文献
  1. The Health Protection Agency UK Novel Corona-virus Investigation team, Euro Surveill. 2013; 18 (11):pii=20427
  2. Guery B, et al., Lancet 381: 2265-2272, 2013
  3. WHO, Coronavirus infections, Disease outbreak news
    http://www.who.int/csr/don/archive/disease/coronavirus_infections/en/
  4. WHO, High-level messages
    http://www.wpro.who.int/mediacentre/mers-hlmsg/en/
  5. WHO statement on the tenth meeting of the IHR Emergency committee regarding MERS
    http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2015/ihr-emergency-committee-mers/en/
  6. 韓国MERS関連の特設HP
    http://www.mers.go.kr/mers/html/jsp/Menu_B/content_B1.jsp?cid=26740
 

国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP) 蜂巣友嗣 渡邊愛可
感染症疫学センター 島田智恵

 

 

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