(IASR Vol. 36 p. 234-235: 2015年12月号)
2015年10月21日現在、アラブ首長国連邦(UAE)は、中東呼吸器症候群(MERS)の症例数において、中東ではサウジアラビアに続く第二位の報告となっている1) 。UAEは、アブダビ、ドバイ、シャールジャ、アジュマーン、ウンム・アル=カイワイン、フジャイラ、ラアス・アル=ハイマの7つの首長国で構成された人口945万人(2014年)の連邦国家で、アラビア半島東部に位置し、サウジアラビア、カタール、オマーンに隣接した、ペルシャ湾に面する地域にある。建国は1971年。アブダビ、ドバイ両首長国の豊富な石油資源を背景に急速な近代化を遂げ、一人当たりのGDPは42,522ドル(2014年)、平均寿命は76歳(男)/78歳(女)、5歳未満児死亡率は出生1000当たり8である2,3) 。
UAEでは、2013年の同国におけるMERS第一例発生から、2014年3月までは少数の散発例のみの発生であったが、2014年4月以降、報告数が急増し、5月までに約60人の症例が報告された4,5) 。
UAE保健省の求めに応じ、世界保健機関(WHO)は、グローバルアウトブレイク警戒・対応ネットワーク(Global Outbreak Alert and Response Network: GOARN)を通じ5分野(コーディネーション、疫学、感染管理、食品衛生および人獣共通感染症、リスクコミュニケーション)の専門家7人からなるチームを編成、同年6月2日から5日間、現地調査を実施した。筆者は、WHOからの依頼を受け、疫学専門家としてチームに参加した6) 。
UAEにおける現地調査として、アブダビ首長国衛生部、ドバイ首長国衛生部、アブダビ首長国食品管理局の専門家との会議、院内感染の発生した医療機関を視察し、サーベイランス、症例調査、接触者調査を含む疫学調査、食品衛生、動物衛生と保健省の連携、医療機関における感染予防策の実施状況をレビューした6) 。
アブダビ首長国では、インターネットを用いた報告システム(E-notification system)を含む受動的サーベイランス、および病院の集中治療室(ICU)に入院した重症呼吸器感染症(Severe Acute Respiratory Infection:SARI)を対象とした能動的サーベイランスが運用されていた。能動的サーベイランスでは、アブダビ首長国衛生部の担当官が毎日ICUを有する全医療機関に電話をかけ、SARI患者の有無を確認しているとのことであった。症例調査、症例の接触者追跡調査(contact tracing)等の発生時調査も精力的に実施されていた。
2014年の4~5月にかけてUAEより報告された症例は、ほとんどがアブダビ首長国から報告され、3分の2は一つの医療機関からの報告であった。感染予防策の実施が不十分であったことが、この医療機関におけるアウトブレイクの一因となったと考えられた。さらに、サーベイランスが強化されたことで院外の事例の把握が進み、確定症例が増加したと考えられた。今回の現地調査では、継続的な感染拡大を示唆するエビデンスは得られなかった。調査結果を受けて、WHOは、UAE保健省に対し、感染源調査を含むMERS調査を継続すること、新たな知見が得られた場合には情報を共有することを提言した6) 。
医療機関視察後、我々は、最寄りのラクダ市場を訪問する機会を得た。そこで目にしたものは、周辺地域から取引のために集められた数百を優に超える多数のラクダを扱う巨大な施設であった。中には、隣国のカタールやサウジアラビア等から輸入された個体も扱われていた。市場に隣接すると畜場では、ラクダが解体され、枝肉は市中の精肉店で小売されていた。ヒトのMERSコロナウイルス感染の感染源や感染経路のすべては明らかとなっていないが、少なくとも、中東のヒトコブラクダはウイルスを保有し、ヒトの感染源となることが明らかとなっている。中東におけるヒトとヒトコブラクダの密接な関係の一端が垣間見られ、公衆衛生と動物衛生の連携の重要性は明らかであった。
東北大学病院検査部 中島一敏