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変異ウイルス出現時の積極的疫学調査

(IASR Vol. 43 p286-288: 2022年12月号)
 
はじめに

 2019年に中国で発生し, 2020年に世界的大流行(パンデミック)となった新型コロナウイルス感染症(COVID- 19)の発生当初においては, 海外からのウイルスの侵入を防ぐという点では検疫を厳しくし(水際対策の強化), 国内でのウイルスの伝播をいかに抑えるかという点ではクラスターの早期発見・早期対応, 医療体制の確保, 市民の行動変容, が重要であるとされた1)。国立感染症研究所(感染研)実地疫学専門家養成コース(Field Epidemiology Training Program: FETP)のスタッフ, 研修員は接触者追跡に携わる専門家チームとして, 保健所を中心とする自治体支援に従事してきた。具体的な支援の内容としては, 症例や濃厚接触者のデータベース作成, データのまとめおよび記述疫学, クラスターの発生要因や感染ルートの究明等の疫学調査支援, 医療機関や福祉施設等における感染管理対策への助言, 他自治体や関係機関との連絡調整, 等が含まれた。本稿では, 変異ウイルス出現時に積極的疫学調査がたびたび行われた2021年末までを主な対象期間として, 流行の遅延や疫学的特徴把握を目的としたそれらの調査の概要について記述する。

活動の全体像

 2021年12月31日時点で, FETPが関与した全国のCOVID-19事例は計224事例であった2)。これらの事例の時期的な目安について, 厚生労働省による第6波までの分類に従い以下のように定義した(国内発生早期, 特措法成立前の国内発生期:2020年1月28日~3月12日, 第1波: 2020年3月13日~6月13日, 第2波: 2020年6月14日~10月9日, 第3波: 2020年10月10日~2021年2月28日, 第4波: 2021年3月1日~6月20日, 第5波:2021年6月21日~9月24日, 第6波:2021年9月25日以降)。で示すように, FETPが関与した事例数の推移については, 第1波や第2波, さらには新規変異株が国内で流行し始めた時期に多かった。前者はウイルスの伝播の封じ込めや感染管理を含めた事例対応を目的とした要請に基づくクラスター対応(古典的な対応)が多かった時期であり, 後者ではゲノム情報と疫学情報を突合することで分析を深化させ, 変異ウイルスへの早期介入(流行の遅延)を図るクラスター対応, さらには変異ウイルスの知見を得るための活動(深堀調査)がより多く行われた時期の状況であったと考えられる。

これまでの新規変異ウイルス出現への対応の状況

 武漢株以後, そのつどの流行を形成した変異ウイルスも, すべてが海外から国内に侵入してきたものであったが, そのような変異ウイルスは, 特に水際対策が機能している状況下では, 国内では小規模のクラスター(点)から次のクラスター(点)へ, という拡がり方が多かったことが後方視的に確認されており, FETPは, 特に変異ウイルス侵入初期には, 自治体(地方衛生研究所)と感染研病原体ゲノム解析研究センターとの連携を中心に迅速に分析されたゲノム情報に基づいて, 自治体による対応の支援を行った。アルファに関しては, 初期事例の多くで自治体の調査・介入によりクラスターの連鎖は途中で止められていたことが確認できた3)。デルタに関しては, 国内全体の遺伝子情報の分析による, さらに包括的な評価がなされ4), 遺伝子情報の分析から大きな流行の起点が7カ所あったことが後方視的に分かり, うち6カ所については自治体がそれぞれの拡大の抑制に成功していた4)。拡大抑制に成功した事例にも成功しなかった事例にもFETPは多くの現場対応に参加した。7カ所の事例はいずれもインドやネパールからの流入で, 全国に拡大した系譜のウイルスが検出された1事例では, 調査介入に入った時点で感染がかなり拡大していた。オミクロンの初期(BA.1系統)に関しても, いくつかのウイルスの系譜が入ってきたが, ある系譜については, 日本国内各地の保健所は拡大を止めることに成功し, 流行することなく終わったことについても言及したい。しかし一方で, 最初から大量のウイルスが入ってきたと考えられた地域では, 対応できる状況ではなかったとみられる。水際対策の効果のもとで, ウイルスの流入量が少ない場合には, 日本の保健所を中心とする体制により, 流行の封じ込め・抑制に対してかなりの対応ができる(できた)ことを示唆している。

 また, 変異ウイルス等の知見を得るための活動(深堀調査)については, 変異ウイルスの疫学的な特徴がずいぶん異なることから, それぞれに関連する疫学的な所見の特徴を見つける作業として行っているものである。重症度が低い場合は自治体からの支援要請は少ないことから, 調査の必要性を自治体に対して説明, 提案し, 実地調査を行っていったことがこれまでの積極的疫学調査の流れと異なる。実際に得られた知見の例としては, 大型商業施設事例5), ブレイクスルー感染6), オミクロンによる基本的な疫学情報7), オミクロンによる小児死亡8), などが挙げられる。

おわりに

 国内における公衆衛生上の措置は海外と比較して全般的に厳しくはなく, その中でのクラスター対応は, 国内の公衆衛生対応の根幹の1つと期待された。全国の保健所がクラスターを早期に見つけ, 迅速に対応し, FETPは専門家チームとしてその対応について支援を行ってきた。しかし, 感染者が増えきった時期のクラスター対応の実施は, 医療機関や高齢者施設での対応をのぞき, 大きな労力がかかる割には有効ではない。その点で, タイミングを見極めたクラスター対応を実施し, 終了すること(さらには必要なタイミングがくれば再開すること), また実施後の検証に関しては, 特に今後, 重症度の高い変異ウイルスや新たな新興感染症の出現に備えて, エビデンスを収集していくことが重要である。

 謝辞: 実地疫学調査を実施するうえで大変お世話になった全国自治体の方々, 感染研内では特に病原体ゲノム解析研究センター, 感染症危機管理研究センター, 感染症疫学センターの先生方に心よりお礼申し上げます。

 

参考文献
  1. 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議, 「新型コロナウイルス感染症対策の見解」2020年3月9日
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000606000.pdf
  2. 国立感染症研究所実地疫学研究センター, クラスター対策班接触者追跡チームとしての実地疫学研究センター・FETPの活動報告(3)(2021年12月31日時点)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/jissekijpn/11486-profilejpn-9.html
  3. 小林祐介ら, IASR 42: 137-139, 2021
  4. 国立感染症研究所, 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株について(第12報)2021年7月31日12:00時点
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona- virus/2019-ncov/2484-idsc/10554-covid19-52.html
  5. 国立感染症研究所実地疫学研究センター, 百貨店・ショッピングセンター等大型商業施設の事業者, 従業員, 及び産業保健スタッフの皆さまへの提案(2021年8月12日時点)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/10579-covid19-18.html
  6. 国立感染症研究所実地疫学研究センター, ブレイクスルー感染者を含む医療機関, 福祉施設等でのクラスター調査から得られた知見(簡略版)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/10834-covid19-22.html
  7. 国立感染症研究所実地疫学研究センター, 実地疫学調査により得られた情報に基づいた国内のオミクロン株感染症例に関する暫定的な潜伏期間, 家庭内二次感染率, 感染経路に関する疫学情報(2022年1月10日現在)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2559-cfeir/10901-covid19-04.html
  8. 国立感染症研究所, 新型コロナウイルス感染後の20歳未満の死亡例に関する積極的疫学調査(第一報): 2022年8月31日現在
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2559-cfeir/11480-20-2022-8-31.html

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