国立感染症研究所

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カレーチェーン店従業員における腸チフス単発症例の報告

(IASR Vol. 36 p. 181-182: 2015年9月号)

はじめに
2014年に都内で調理従事者の保菌が原因と思われるチフス菌による食中毒事例1)報告があった。

今回当保健所において、この食中毒事例とは別の単発事例と考えられる、外国人調理従事者での腸チフスの発生があり、積極的疫学調査を実施したので報告する。

症例概要
患者はインド国籍の30代男性(生来健康、特記すべき既往歴なし)で、2007年に来日、2014年より関東圏内を中心としたカレーチェーン店(2014年の食中毒事例とは全く異なる会社)の荒川区(以下、当区)内店舗に調理従事者として勤務していた。

2015年3月6日より発熱(最高40℃)・下痢症状・脾腫が出現し、13日に近医受診、抗菌薬内服を開始。症状軽快せず、16日再度受診し、便・尿検査を実施するも明らかな病原体は検出されず、通院による抗菌薬点滴治療を加えるも症状悪化のため、20日に入院となった。26日には20日に実施した血液培養検査結果がSalmonella Typhi陽性と判明したため、保健所へ腸チフスの発生届が提出された。

対応経過
発生届を受け、同日に保健師と食品衛生監視員が患者の入院医療機関および勤務先店舗を訪問し、調査を実施した。

入院医療機関では保健師が本人への聞き取り調査を実施、就業制限と消毒命令を通知した。また、保健所が勤務先店舗へ訪問調査を実施することについて、事前に本人より勤務先店舗への連絡を依頼した。患者の同居者は勤務先店舗の従業員であることが判明したため、同居者に対する調査は店舗訪問時に合わせて実施することとした。

勤務先店舗において、食品衛生監視員が調理設備やトイレ・手洗い設備が整備されていることを確認し、店舗内における必要箇所の消毒について指導、他従業員の自主検便実施を推奨した。

患者の同居者である従業員2人に対しては、健康診断勧告を行い、検便が必要であること、陰性が確認されるまで調理に関する就労は自粛していただくことを説明した。また、居宅のトイレ等の環境消毒を指導した。

患者の菌株については医療機関委託先の民間検査会社へ分与を依頼し、東京都健康安全研究センター(以下、健安研)へ搬入した。

調査結果
患者の勤務先は関東圏内にある15店舗の一つで、当区内店舗で調理を担当する他、店舗近くの倉庫整理や、他県でのイベントに係る運転業務にも従事していた。

有症状期間中、同会社の別店舗でも調理に従事していたため、本社職員に当該店舗従業員の健康観察を指導するとともに、当該店舗の管轄保健所へも情報提供を行った。

患者の日本での居住形態は、2LDK程度の居室にインド国籍の同僚2名と3人暮らしであった。

患者の妻(30代)と子ども2人はインドで暮らしており、患者は2015年1~3月にかけてインドに渡航していた。滞在中生活を共にしていた長男が、3月に発熱・下痢症状を発症し、病院に10日間入院したとのことだった。

なお、患者の行動歴で、2014年の腸チフス食中毒事例との接点は認められなかった。

検査結果
聞き取り調査および健康観察期間中に、同居者および勤務先店舗従業員等に同様の症状を呈している者の報告はなかった。

3月31日:同居者2人の検便結果が陰性であることを伝え、就労復帰となった。
4月20日:10, 12, 14日に採取した患者の検便結果がすべて陰性であることを確認し、就業制限を解除とした。

考 察
本事例は2014年の食中毒事例とは接点がなく、腸チフスの潜伏期間や、患者がインド渡航中生活を共にしていた長男も同様の症状を呈したこと等を考慮すると、患者の推定感染地域はインドと考えられた。同地域では以前よりチフス菌のキノロン系薬剤耐性が報告されており、健安研で実施された当患者の菌株薬剤感受性検査においても、キノロン耐性が認められた(表1)。

本症例は一般開業医にて大腸菌群等の感染を疑い治療されたが軽快せず、腸チフスと判明後も薬剤耐性が認められ、治療の内容と経過(表2)からも抗菌薬の選択に苦慮した様子がうかがわれる。

日本での同居者や勤務先店舗従業員および利用者等からの発症は今のところ確認されていないが、腸チフスの潜伏期間は1~2週間と長く、保菌も有り得ること、また、発症した場合も臨床診断が難しく、確定診断には時間を要すること等から、念のためしばらくは関東圏内の腸チフス発生状況について留意する必要があると思われた。本症例のチフス菌ファージ型は現在国立感染症研究所で分析中であり、結果によっては国内散発事例との関連についても検討する必要が考えられる。

腸チフスの積極的疫学調査においては、一般的に渡航歴や肉・魚類等、生食用の食材を中心とした喫食調査が行われるが、国際交流が進み、就労者の行き来も盛んとなっている現状においては、このような輸入感染・保菌者等を介した感染にも留意する必要が示唆された。



参考文献
  1. 東京都福祉保健局, 食中毒の発生について, チフス菌による食中毒
    http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2014/09/20o9a900.htm


荒川区保健所
  保健予防課 関なおみ 大迫愛子
  生活衛生課 小澤紀子 中尾麻里乃 勢川美沙 三好由記子

 

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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