国立感染症研究所

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生サラダが原因と推定されたチフス菌による食中毒事例―東京都

(IASR Vol. 36 p. 162-163: 2015年8月号)

国内での腸チフス症例は、発症前に明らかな海外渡航歴のない事例が増加傾向にあり、相互に関連性が疑われる症例もあったが、これまで食品媒介感染症として感染源が判明した事例はなかった。今回、千代田区において、チフス菌が食中毒起因菌に指定されて以来、初めて食中毒として特定された事例を経験したので、その概要、行政対応、検査状況等について報告する。

概 要
2014年9月3日、千代田区に腸チフス発生届(以下、届出)があった。千代田保健所は、食品衛生と感染症の担当者が合同で、感染経路等について調査を開始したが、患者に潜伏期間内の海外渡航歴はなかった。

翌9月4日、新宿区に患者2名の届出があり、患者2名の共通食として、8月8日に千代田区内の飲食店(以下、当該飲食店)が調製した弁当を食べたことが確認された。この弁当は、患者らの仕事関係者が当該飲食店にて20食購入した弁当で、患者2名以外にも腸チフス患者1名と体調不良者2名がいるとの情報を得た。

改めて第1患者の喫食状況を調査したところ、同年8月8日の夜、当該飲食店を家族で利用していた。さらに9月5日、世田谷区に患者1名の届出があり、8月上旬に複数回当該飲食店を利用していたことが確認された。

最初に探知した3名の患者についての共通点は、当該飲食店が調理した食事もしくは弁当を喫食したことのみであることが判明し、感染場所の特定につながった。その後の調査により最終的に確認された患者は、都内8区および2県にまたがり、腸チフスと診断され届出のあった患者14名、および医療機関では菌検査が実施されず腸チフスと診断されなかったが、発症状況、喫食状況等から本件の患者と認定した4名、計18名となった。この他に、無症状病原体保有者1名が確認された。患者の発症までの潜伏時間は6~28日で、中には8月下旬に発症したがその際には診断されず、10月に再度症状が出現し、喫食から2カ月半後に届出があった患者もあった。

保健所の行政対応と考察
保健所は、9月5日に当該飲食店の立ち入り調査を行い、従事者7名(調理4名とホール3名)全員の便および尿培養検査、従事者手指および施設のふき取り検査、参考食品の検査を実施した。当該飲食店は9月6日より営業を自粛した。9月8日、下痢、腹痛等の症状のない調理従事者1名の糞便からチフス菌が検出され、無症状病原体保有者と診断された。従事者手指ふき取り、施設のふき取り、参考食品からは、チフス菌は検出されなかったが、黄色ブドウ球菌が複数個所から検出され、衛生管理体制の不備も明らかとなった。

保健所は当該飲食店を原因施設とするチフス菌による食中毒事例と断定し、9月10日から3日間の営業停止、施設改善、取り扱い改善の命令を行った。

患者らは、カレーを中心とした料理または弁当を喫食し、①共通する未加熱食材に、生サラダがあった。また、施設状況および調理工程を調べた結果、②施設内に手洗設備および手指消毒装置が無く、調理従事者は手指の消毒をせずに調理に従事していたこと、③チフス菌の無症状病原体保有者であった調理従事者は、生サラダの調理に関与していたことから、原因食品は、無症状病原体保有者によって二次汚染を受けた未加熱のサラダと推定された。本事例では、食品衛生担当と感染症担当が1例目からの情報を共有し、緊密な連携を取りながら調査を行った結果、5日間で食中毒事例と断定し、感染拡大の抑止を図ることができたと考えられた。

チフス菌の細菌学的検査
東京都健康安全研究センターでは、感染源・原因食品を明らかにするために、9月5日から有症者および従事者の糞便や尿、食品(参考品)、環境のふき取り検体についてチフス菌の検出を試みるとともに、分離菌株について疫学的性状解析を行った。 

糞便11検体(医療機関で腸チフスと診断されなかった有症者4検体、従事者7検体)は、選択分離培地(SS寒天、DHL寒天、クロモアガーサルモネラ)に直接塗抹するとともに、セレナイト・シスチン培地で増菌培養を行った。検査の結果、調理従事者糞便1検体からチフス菌を検出したが、その他の糞便検体は陰性であった。チフス菌は、直接分離培養ではSS寒天で検出されたが、DHL寒天およびクロモアガーサルモネラでは検出できなかった。このことから排菌量は非常に少ないものと推定された。チフス菌の選択分離培地として、亜硫酸ビスマス寒天培地が報告されている。そこで、チフス菌が検出された糞便を亜硫酸ビスマス寒天培地に塗抹したところ、SS寒天よりも多くの集落を釣菌することが可能であった。亜硫酸ビスマス寒天培地上でチフス菌は、中心部黒色のハローが認められる集落を形成する。しかし、チフス菌以外の菌も似たような黒色集落を示す株が多く、使用に当たっては集落の特徴を十分に知っておくことが必要である。

尿は30~40 mlを採取し、3,000 rpmで30分間遠心分離後、得られた沈渣を検査に供した。今回検査した7検体からはチフス菌は検出されなかった。

食品8検体および環境のふき取り16検体についてもチフス菌の検査を行った。検体に緩衝ペプトン水(BPW)を加え、37℃18時間培養を行った後、培養液からアルカリ熱抽出法でDNAを抽出、O9抗原合成遺伝子(rfbE )を対象としたPCR法でスクリーニング試験を行った。その結果、いずれの検体もO9抗原合成遺伝子は陰性であった。また、BPWからセレナイト・シスチン培地に接種し二次増菌培養後、SS寒天培地に塗抹、分離を試みたが、チフス菌は検出されなかった。

分離菌株の疫学的性状解析
調理従事者から分離された1株、および医療機関で分離され、当研究センターに搬入された患者13名由来14株の合計15株についてパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)解析等の疫学的性状試験を行った。PFGE解析の結果、制限酵素XbaⅠで消化したものでバンド1本程度の違いが認められた株が6株あったが、ほぼ同一のパターンであった。17種類の薬剤を用いた薬剤感受性試験の結果は、すべての株でナリジクス酸(NA)耐性であった。分離株のうち14株について国立感染症研究所でファージ型別試験を行った結果、13株のファージ型はUVS1(Untypable Vi strain group-1)、1株のみUVS4であった。本事例由来株は、同時期に分離された国内事例由来株および海外事例由来株とは疫学的性状が異なっていた。以上の解析結果から総合的に判断し、患者および調理従事者由来株は、すべて同一クローン株であると推定した。

 

千代田区千代田保健所
  市川健介 西山裕之 土屋昭彦 斉藤瑠美 飯島彩未 鉢須桂子
  三田村寛 松尾珠実 小川雄治 井上富美子 田中敦子
東京都福祉保健局健康安全部食品監視課
  佐々木 裕
東京都健康安全研究センター
  小西典子 河村真保 横山敬子 齊木 大 赤瀬 悟 神門幸大
  門間千枝 尾畑浩魅 高橋正樹 甲斐明美 平井昭彦 貞升健志

 

 

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