国の肝炎対策

 厚生労働省は1963年の「血清肝炎調査研究班」の設置以降、これまで多くの施策を実施してきた。2001年3月から7月にかけて実施すべきC型肝炎対策の規模を把握するための実態調査として、以前に非加熱血液凝固第VIII・第IX因子製剤を投与された患者を対象にしたC型肝炎検査を行った。1972-1988年に非加熱血液凝固第VIII・第IX因子製剤を使ったことがある全国803の病院・診療所の名前を公表し、該当者に血液検査を呼びかけたが、これは、非加熱製剤による肝炎感染のケースが複数見つかったこと、輸血と異なり、当人が投与されたことを知らない場合が多いこと、病院側に投与した記録が残っていること、などの理由による。80年代半ばまで流通した非加熱血液凝固第VIII・第IX因子製剤は本来血友病の治療薬であるが、止血効果が高く、新生児出血、帝王切開、交通事故など様々な治療に用いられたことが分かっている。この実態調査等に基づき、2002年に発足したC型肝炎等緊急総合対策では、当時の健康診査体制を活用して肝炎ウイルス検査を実施した。「老人保健法による肝炎ウイルス検査」は、老人保健法による基本健康診査の中に肝炎ウイルス検診が取り入れられているもので、40歳から5歳刻みで70歳までの年齢の人が対象の「節目検診」、および、それ以外の年齢で過去に広範な外科的処置を受けた方など、感染リスクの高い希望者を対象とした「節目外検診」 の二本立てで行われた。「政府管掌健康保険等による肝炎ウイルス検査」では、35歳以上からの5歳刻みと、感染リスクの高い希望者の二本立てとなっている。また、「保健所等における肝炎ウイルス検査」では、全国の保健所において、40歳以上の年齢の人に対し、 無料で検査を実施した。

 2005年3月に「C型肝炎対策等に関する専門家会議」が設置され、2006年から感染症対策特別促進事業に肝炎診療協議会を各都道府県に設置を盛り込み、慢性肝炎を含む総合的な肝炎対策を充実強化した。2007年1月には「全国C型肝炎診療懇談会」でまとめられた「都道府県における肝炎検査後肝疾患診療体制に関するガイドライン」に基づき、各都道府県に肝疾患診療拠点病院体制が整備された。しかし、肝炎に対する訴訟において、国の責任を認める判決が相次ぎ、2007年11月には大阪高裁から和解勧告が出された。それを受けて、2008年1月には国会で薬害肝炎被害に対する国の責任が明記され、徹底した患者救済策の施行を求めている「薬害肝炎被害救済法」が成立した。これにより、肝炎ウイルスキャリア早期発見のための検査体制の整備、IFN治療に対する医療費助成などの施策が始まった。2009年に肝炎対策基本法が成立し、2010年1月から施行され、肝炎治療促進のための環境整備、肝炎ウイルス検査の促進、健康管理の推進と安全・安心の肝炎治療の推進、肝硬変・肝がん患者への対応、国民に対する正しい知識の普及、研究の推進の肝炎総合対策が施行されている。下記にその詳細を列挙する。

 (1) 肝炎治療促進のための環境整備

肝炎治療に係る医療費助成を行っている。インターフェロン治療又は核酸アナログ製剤治療を必要とするB型及びC型肝炎患者がその治療を受けられるよう、医療費を助成する。

(2) 肝炎ウイルス検査の促進

保健所における肝炎ウイルス検査の受診勧奨と検査体制の整備

・ 検査未受検者の解消を図るため、利便性に配慮した検査体制を整備する。

・ 出張型の検査を行うことにより、個別の受検機会を提供する。

市町村等における肝炎ウイルス検査等の実施

・ 40歳以上の5歳刻みの方を対象とした肝炎ウイルス検診の個別勧奨を実施。

(3) 健康管理の推進と安全・安心の肝炎治療の推進、肝硬変・肝がん患者への対応

診療体制の整備の拡充

・ 都道府県において、中核医療施設として「肝疾患診療連携拠点病院」を整備し、患者、キャリア等からの相談等に対応する体制(相談センター)を整備するとともに、国が設置した「肝炎情報センター」において、これら拠点病院を支援する。

就労に関する相談支援体制の強化

・ 肝疾患診療連携拠点病院の肝疾患相談センター等において産業カウンセラー、社会保険 労務士などを配置し、就労に関する問題に対し、適切な情報提供や相談支援を行う。

(4) 国民に対する正しい知識の普及

肝炎総合対策推進国民運動による普及啓発の推進

・ 多様な媒体を使用しての普及啓発や民間企業との連携を通じて、肝炎総合対策を国民運動として展開する。

(5) 研究の推進

肝炎等克服緊急対策研究事業

・ C型肝炎ウイルス等の持続感染機構の解明や肝硬変における病態の進展予防及び新規治療法の開発等を行う、肝炎に関する基礎、臨床、疫学研究等を推進する。

難病・がん等の疾患分野の医療の実用化研究事業(肝炎関係研究分野)

・ 肝炎感染予防ガイドラインの策定等、肝炎総合対策を推進するための基盤に資する行政的研究等を実施する。

B型肝炎創薬実用化等研究事業

・ 大規模スクリーニング等の創薬研究や臨床研究等、B型肝炎の新規治療薬等の開発等に資する研究を推進する。

はじめに

 1989年にC型肝炎ウイルスの遺伝子断片が捉えられてから24年が経ち、治療法は多いに進歩してきた。遺伝子型1bで高ウイルス量症例に対しては従来のインターフェロン (IFN)とリバビリン(RVB)併用療法ではSustained virological response (SVR)40-50%程度であったが、プロテアーゼ阻害剤の併用によりどこまで改善するか期待されている。さらに、近い将来導入されるNS5A阻害剤、ポリメラーゼ阻害剤により、IFNのない経口薬での治療で、HCVの撲滅も間近に迫っているといっても過言ではない。しかし、我が国にはいまだに約150万人、全世界には約1.7億人もの感染者が存在すると推定されており、HCVは感染後、持続感染により慢性肝炎をひき起こしやすく、さらに肝硬変、肝細胞癌へと進行することがあるので、公衆衛生上最も重要な病原ウイルスのひとつである。

感染症法における取り扱い (2012年7月更新)

 「ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)」は全数報告対象(5類感染症)であり、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出なければならない。届出基準はこちら

治療・予防

 急性B型肝炎は本来、自然治癒する傾向が強い疾患である。治療上最も大切な点は極期を過ぎたか否かを見極めることであり、劇症化への移行の可能性に留意しながら対処する必要がある。 特に、肝予備能を反映するプロトロンビン時間、ヘパプラスチンテストなどの凝固系検査は明らかな改善傾向を示すまで測定し、また腹部超音波、CT検査により肝萎縮の程度を把握する。急性B型肝炎の生命予後は、重症化、劇症化しなければきわめて良好である。劇症化した場合には血漿交換、人工肝補助療法、生体肝移植などの治療が必要となる。

 B型慢性肝炎の治療ガイドラインの基本的な方針は以下のように推奨されている。慢性肝炎に対する初回治療では、HBe 抗原陽性・陰性や HBV ゲノタイプにかかわらず、原則として Peg-IFN 単独治療を第一に検討する。慢性肝炎に対する再治療では、従来型 IFN・Peg-IFN による前回治療に対する再燃例に対しては Peg-IFN 治療による再治療を考慮する。前回治療において効果がみられなかった IFN 不応例ではエンテカビルによる治療を行う。エンテカビル治療を中止したものの再燃した 症例においてもエンテカビルによる再治療を考慮する。肝硬変に対しては初回治療よりエンテカビルの長期継続治療を行う。

 HBV感染の予防は感染経路を遮断することであり、輸血用血液および血液製剤のウイルス検査、またはワクチン接種が有効である。B型肝炎ワクチンは我が国では1985年に認可され、翌年からは母子感染防止事業にグロブリン製剤との併用で用いられ、大きな成果をあげている。また、医療従事者などのハイリスクグループにおいても予防接種が感染防止に有効である。第一世代のワクチンは、HBVキャリアの血漿より精製されたHBs抗原を用いたものであるが、その後、組換えDNA技術を応用してHBs遺伝子を酵母や動物細胞で発現させ製造した第二世代ワクチンが使用されている。WHOは5歳児のHBVキャリア率1%以下を到達目標とし、その手段としてB型肝炎ワクチン接種を勧奨しており、既に、多くの国や地域ですべての児(新生児、学童)にワクチンを接種する「ユニバーサルワクチネーション」が導入されている。ワクチン接種によって抗体を獲得し、HBVキャリア化しやすい小児期をHBV抵抗性に保持することが目的である。ユニバーサルワクチネーションの効果は接種対象となる小児のHBV感染を防ぐだけでなく、小児から大人への感染を防ぐ効果も期待できる。アメリカではユニバーサルワクチネーションを導入した結果、ユニバーサルワクチネーション対象年齢以外の急性B型肝炎数も減少した。一方、「セレクティブワクチネーション」はHBVキャリア母から生まれる児を対象とした感染防止プログラムである。妊婦検査、B型肝炎ワクチン及びHBIGを併用した処置を行う。日本では母子感染防止事業として1986年から実施され、1995年度からは健康保険の給付対象となっている。その結果、HBs抗原陽性率は減少した。このプログラムを完全に実施できれば、94〜97%の高率でキャリア化を防ぐことができるが、胎内感染、妊婦検査の漏れ、処置の煩雑さや不徹底、産婦人科と小児科の連携(新生児は産婦人科で診るがそれ以降は小児科に移るため、予防処置が引き継がれないことがある)などプログラムの不完全実施、さらに家族内の水平感染、など難しい面もある。また、対象児は感染を免れHBV抵抗性となるが、その他の児はHBV感受性のままである。国別急性B型肝炎報告数の年次推移によると、患者が多かった米国、イタリアはユニバーサルワクチネーション導入後、急性患者数が減少している。一方、もとから患者数が少なかった国はセレクティブワクチネーションを選択する傾向があるが、ノルウェーのように、ハイリスク集団からHBV感受性者に性感染を通して流行が広がるケースもある。

 公共経済学的な観点からB型肝炎ワクチンを論じた報告は少ないが、各国により事情は異なると考えられる。HBVのキャリア率、HBV感染によって引き起こされる疾患、特に肝硬変や肝がんによる死亡数、ワクチンのコストなどが重要な要素となる。米国の場合、80万人から140万人のHBVキャリアが存在すると推定され、年間2,000から3,000人がHBV感染に関連する原因で死亡している。1982年からハイリスク群に対するワクチン接種とキャリアの妊婦からの垂直感染予防が実施され、1991年より全出生児に対してワクチン接種開始、1995年から11〜12歳児に接種開始、1999年から19歳以下に全員接種開始、2005年からは出生後24時間以内に全員接種開始、2006年からハイリスク群の成人も全員接種が開始された。ハイリスク群以外の20歳以上の成人についてはワクチン接種が自己負担である。その効果として急性肝炎症例数が減少しているが、経済的な効果についてはまだ報告されていない。日本と同じくセレクティブワクチネーションが行われているアイルランドの成績では人口10万対8.4人の急性肝炎があり、HBVを含む6種類の混合ワクチンを用いるとすれば、ユニバーサルワクチネーションのほうが、差し引き費用が少ないと結論している。日本の本格的な費用対効果分析のためには適切なデータが必要であり、今後の調査が望ましい。地域別ユニバーサルワクチネーション導入の状況は、WHO加盟地域の92%がB型肝炎ワクチンを定期接種に組み込み、3回接種実施率は71%に達する。セレクティブワクチネーションは、日本、イギリス、北欧などの数カ国にとどまる。特に西太平洋地域においては出生後24時間以内接種及び3回接種を2008年において加盟37の国及び地域中26カ国が達成した。西太平洋地域における5歳児のHBs抗原陽性率はワクチン接種実施前の約9.2%から2007年には1.7%まで減少したと推定されている。

 B型肝炎ワクチンは長く世界中で使われているが、安全性の問題が起こったことはない。ワクチン接種によるHBVエスケープミュータント(中和抵抗性変異ウイルス株)の発生が危惧されているが、エスケープミュータントはHBV自然感染下でも発生する。これについては現在も研究が進められている。現在の標準的な見解では、「ユニバーサルワクチネーション実施下では、HBVエスケープミュータントが一定の割合で検出されるが、そのような変異株が広がる兆候はみられない」とされている。B型肝炎ワクチン接種の副作用としては、5%以下の確率で、発熱、発疹、局所の疼痛、かゆみ、腫脹、硬結、発赤、吐き気、下痢、食欲不振、頭痛、倦怠感、関節痛、筋肉痛、手の脱力感などが見られる。いずれも数日で回復する。ワクチン成分(酵母)に対するアレルギー反応がある人はHBIGを選択するが、予防効果は短期間である。多発性硬化症などいくつかの副作用の疑いが報告されてきたがいずれも科学的な根拠は否定されている。

 B型肝炎ワクチンによる抗体獲得率は若いほど高い傾向にある。40歳までの抗体獲得率は95%、40〜60歳で90%、60歳以上になると65〜70%に落ちる。HBV曝露後には早期(7〜14日後まで)にHBIGの筋肉内接種に加えてB型肝炎ワクチンを接種すれば感染予防効果が期待される。また、HBVキャリア化予防効果については、台湾で1,200人の児童を対象にして、ワクチン接種時の7歳から7年後の14歳まで経過観察を行ったデータがある。これによると、対象者のうち、経過観察期間中に11人がHBV感染していたことが判明した(HBc抗体陽転)が、HBVキャリア化した児童はいなかった。B型肝炎ワクチンは全接種者の10%前後のnon responder、 low responderが見られる。この場合は追加接種、高用量接種、接種方法変更(皮内接種)などで対応する。遺伝子型が異なるウイルスに対するワクチンの有効性は今のところ不明である。遺伝子型が異なっていても血清型が重複し、血清型間の交差反応が認められていることからある程度の有効性は期待できる。また、自然感染において異なる遺伝子型ウイルスの重複感染が大きな社会問題となったことはない。しかしながら、遺伝子型が異なるウイルスの抗原エピトープの立体構造がワクチン株と異なる場合、ワクチンによる感染防御能が弱くなる可能性があるという研究結果もある。前述のエスケープミュータントの問題も含めて、今後の検討が必要である。ワクチン3回接種後の防御効果は20年以上続くと考えられている。抗体持続期間は個人差が大きい。3回接種完了後の抗体価が高い方が持続期間も長い傾向がある。

 

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