国立感染症研究所

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中国における男性同性愛者(MSM)間のHIV-1 流行の急速な拡大とわが国への流行波及に関する最新知見

(IASR Vol. 34 p. 72-73: 2013年3月号)

 

男性同性愛者(Men having sex with men, MSM)間のHIV-1流行の拡大は、全世界的傾向であり、わが国を含むアジア諸国も例外ではない1)。中でも中国においては、新規感染者報告に占めるMSMの割合は0.3%(1985~2005年)から12.2%(2007年)さらに32.5%(2009年)へと急速に増加している。中国のMSMにおける流行は大都市圏を中心として激化しており、その有病率(prevalence)は、中国全体で約6%、重慶(Chongqing)、成都(Chengdu)、北京などでは、既に10%を超える水準に達している2)。一方、わが国においては、世界的にみると流行の規模ははるかに小さいが、MSMが新規感染者の70%近く(感染経路不明例を除くと約75%)を占める。近年やや減速傾向がみえているが、様々な対策・取り組みにもかかわらず、依然感染拡大が続いている3)

MSMにおけるHIV-1流行が最初に拡大した欧米諸国では、サブタイプBが最も主要な役割をもっており、わが国を含むアジアにおける工業先進国(韓国・台湾)においてもほぼ同様な傾向がある。一方、中国では、これまで、わが国同様、欧米起源のサブタイプBがMSM間の流行の主体であったが、2004~2005年を境として遺伝子型分布の急激なシフトがおこり、サブタイプBに代わってCRF01_AEが、最も主要なウイルス株となっている。例えば、北京では、CRF01_AEの割合が2005年に 3.7%であったのが、2009年には50%を超え、一方サブタイプB感染は2005~2006年に約90%であったのが2009年には約20%までに低下している。中国のほぼ全省にわたるHIV 感染新規報告例のHIV-1 遺伝子型分布に関する大規模解析による最近の推定結果(2006年)によれば、MSM間の遺伝子型分布の上位4種は、CRF01_AE(55.8%)、サブタイプB(欧米型)(21.5%)、CRF07_BC(8.7%)、サブタイプB(タイ型B)(6.3%)である4)。CRF01_AEのMSM間流行に果たす重要性は、今後さらに増大する可能性があると考えられる。

非常に興味深いことに、最近の分子疫学研究によって、中国のMSM間におけるCRF01_AE新興流行は、クラスター1とクラスター2と呼ぶ2種のウイルス・バリアントによって形成されていることが明らかとなった。中国のMSMに分布するCRF01_AE株の95%以上が、この2つのバリアントのいずれかに分類される5 および投稿中論文) 。すなわち、中国のMSM間のCRF01_AE流行は、その広大な国土、多様な地域性にもかかわらず、明確に区別される極少数のファウンダー株によって形づけられていることが明らかとなった。われわれは、今後、様々な地域でこの種の地域/リスク・ファクター特異的なバリアントが同定される可能性があり、将来より一般性の高い組織的な命名法が必要になると考え、この2種のクラスターを、CN.MSM.01-1、CN.MSM.01-2と命名した6,後述参照) 。最初の2文字は、国際標準化機構(ISO)で規定された国名の2文字コード(2-lettercountry code)、それに続き、リスク・グループ、HIV遺伝子型(01はCRF01_AEの略)-クラスター名を意味するコードを付加することで表示することを提唱したい。

さて、一方、わが国(東京-神奈川の大都市圏)では、HIV-1 感染のMSMの97~98%は、依然欧米起源のサブタイプBによる感染者である。しかし、MSMにおいても2~3%の極少数であるがCRF01_AE感染者が見出されるようになってきている。この稀なCRF01_AE株の系統関係を詳細に解析すると、その約1/4(6症例)が、中国MSMに特徴的なCRF01_AEバリアントの1つであるクラスター1(CN.MSM.01-1)に一致することが明らかとなった6)。CN.MSM.01-1 感染者は、2010年以降に診断(報告)された症例のみに見出されること、また系統樹上、枝の長さ(branch length)が非常に短いサブクラスター(JP-CN.MSM.B-1 と名付ける)(図1)を形成することから、中国MSM集団からのウイルスの流入は、極めて最近のことであると推論される6)。BEAST とよばれる新しいデータ解析技術を用いることによって、各ウイルス(バリアント)の出現・拡大時期を推定することができるが、それによれば、中国におけるCN.MSM.01-1 の出現時期は1997年前後、わが国のMSM集団への播種は2009年前後と推定され、わが国への流行波及は極めて最近のことであることが裏付けられた。さらに、興味深いことには、6症例中2症例はサブタイプB(欧米型)との共感染状態にあることがわかった6)

これらの知見は、中国MSMに特有のウイルス・バリアントが既に域外に播種を始めている可能性があること、またわが国のようにMSM集団に既に欧米起源のサブタイプB株が広く蔓延している場合、新たに流入したウイルス・バリアントとのmixingが起こり、両者の間の新しいタイプの組換えウイルスの新生が近い将来起こる可能性を予測させる6)。過去にタイの流行がそうであったように、中国の流行が、今後わが国を含む周辺アジア地域だけでなく、さらにそれを越えて近い将来、世界に大きな影響を与える可能性も否定できない。今後、とりわけわが国を含む東アジア地域の流行動向を注意深く見守っていく必要がある。

付記:われわれは、一方逆に、わが国のMSMに特有と思われるJP.MSM.B-1およびJP.MSM.B-2と名付ける2種のサブタイプBバリアントが、それぞれ中国あるいは日本在住の中国人MSM間に見出されるという予期しない知見を得ている6 および投稿準備中)図1にわが国および中国におけるMSM間流行に特徴的なHIV-1 バリアントの相互関係を模式的に示す。

中国における分子疫学研究は、中国CDC 国立エイズ/STD予防制圧センター(Yinming SHAO教授)および中国医科大エイズ研究センター(Hong SHANG教授)との共同研究である。また、わが国における解析は、厚労科研費エイズ対策事業(加藤班)の支援のもとで行われた。本稿の執筆の機会を与えて頂いた俣野エイズ研究センター長に感謝する。

 

参考文献
1) van Griensven F, et al., Curr Opin HIV AIDS 4: 300-307, 2009
2) Ministry of Health of the People's Republic of China, China 2010 UNGASS Country ProgressReport (2008-2009), 2010
3)HIV/AIDS発生動向(2011年末)(http://api-net.jfap.or.jp/status/2011/11nenpo/nenpo_menu.htm)
4) He X, et al., PLoS One 7(10): e47289, 2012
5) An M,et al., J Virol 86(22): 12402-12406, 2012
6) Kondo M, et al., J Virol, in press, 2013

 

国立感染症研究所エイズ研究センター 武部 豊
(中国CDC 国立エイズ/STD予防制圧センター/中国医科大エイズ研究センター)
神奈川県衛生研究所微生物部 近藤真規子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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