成田空港内勤務者からのD8型麻疹ウイルスの検出と家族内感染―千葉県

 
(Vol. 33 p. 32-33: 2012年2月号)

2011年12月末に成田空港内勤務の患者からD8型麻疹ウイルス遺伝子を検出し、続いて2012年1月に症例の妹が発症し、同様にD8型麻疹ウイルス遺伝子を検出したので報告する。

患者は、成田空港内に勤務する22歳の女性であり、発症前1カ月間に海外渡航歴は無い。12月16日、鼻水、くしゃみ等がみられ、18日には38℃の発熱があり、19日に医療機関を受診した。初診時、麻疹は否定的であったが、いったん解熱後の20日夜に発疹が顔に出現し22日には全身に広がった。最高体温は39℃になり、その後も発熱は持続し、コプリック斑も確認されたことから24日に麻疹と診断された。患者に麻疹の既往は無く、ワクチン接種も第1期接種時に体調不良であったため接種していなかった。また、高校3年時の第4期も未接種であった。

検体は、26日に咽頭ぬぐい液、血液、尿が採取され、すべての検体から麻疹ウイルス遺伝子が検出された。

続いて発症した妹は、17歳の高校2年生で、第1期のワクチン接種済みであったが、第4期ワクチンを次年度に控え、2回目のワクチン未接種であった。1月3日に38.2℃の発熱、いったん解熱後、5日に額および腕に発疹が出現し6日に首に広がった。コプリック斑、咳、鼻水等なく軽症で経過した。

検体は、6日に咽頭ぬぐい液、血液、尿が採取され、すべての検体から麻疹ウイルス遺伝子が検出された。

検査は千葉県衛生研究所で実施した。NおよびH遺伝子に対するRT-nested PCRを実施し、検出されたN遺伝子の増幅産物について、ダイレクトシークエンスにより塩基配列を決定した。2名の塩基配列(492bp)は同一であり、決定した塩基配列の一部(456bp)について系統樹解析を実施したところ、遺伝子型D8に分類された(図1)。また、DDBJのBLAST検索の結果、MVs/Alberta.CAN/34.11/[D8]、 MVs/Dartford.GBR/4.11/[D8]等と100%の相同性を示した。

患者発生に伴う、家族および勤務先、学校に対する対応は、管轄健康福祉センターにおいて速やかに行われ、1月20日現在、2名の他に患者の発生は確認されていない。特に、妹の通う高校では、部活動で発疹出現直前に接触した4名について、接触後3日以内の緊急接種ということで、第4期の麻疹ワクチン接種の前倒しが行われ、3名が接種している。

今回の感染例は、姉については、麻疹未罹患およびワクチン未接種であったこと、成田空港という海外に開かれた場所での感染であること、妹については、高校3年時の第4期2回目のワクチン接種を次年度に控えての感染・発症というワクチン接種計画の隙間をついての患者発生であった。改めて予防接種の重要性を強調する事例であった。

千葉県衛生研究所 小川知子 堀田千恵美 小倉 惇 福嶋得忍
千葉県香取健康福祉センター 久保木知子
千葉県印旛健康福祉センター 小山早苗

2011年の東京都における麻しん流行への対応

 
(Vol. 33 p. 31-32: 2012年2月号)
1.2011年の麻しん患者の発生状況
発生の推移:東京都では、2011年春に麻しんの流行がみられた。患者の発生は第13週~24週にかけて一つのピークを形成し、その後、再流行することはなかった。患者の発生状況を図1に示す。

2011年の麻しん患者報告数は178件で、第13週にヨーロッパへの渡航歴のある日本人が1例、翌第14週にはフランスを推定感染地とするフランス人症例が2例報告されたのを端緒として、流行が始まった。その後、第17週の23件を最多とし、第13週~24週までの発生が128件と、全体の71.9%を占めていた。

麻しん患者等の特徴:学校等の休校が相次いだ2008年の大流行時と発生状況が大きく異なり、学校等におけるクラスター発生は5事例(1事例の最大患者数は4人)にとどまり、散発例がほとんどであった。

患者を年代別にみると、1~4歳が40件(22.5%)と最多で、次いで30~34歳の24件(13.5%)であった(図2)。

ワクチン接種歴では、接種2回が10件( 5.6%)、接種1回が55件(30.9%)、接種無しが58件(32.6%)、接種歴不明が55件(30.9%)であった。

PCR検査の状況:保健所から検査依頼を受けてPCR検査を実施したのは258件であった。各週のPCR検査の結果を図3に示す。麻しん遺伝子が検出された者(陽性者)は第13~23週に集中しており、第24週以降については、1件を除いてすべて陰性であった。

陽性例77件(病原体定点からの検体4件も含む)の週別遺伝子型を表1に示す。型別判定が可能であった74件のうちワクチン株4件を除き、全例が海外流行型であった。

2.東京都における麻しん対策
平常時の取り組み:東京都では、麻しんの非流行時においても、予防接種率の向上に取り組むとともに、都民や関係機関に対して麻しんに関する情報提供や正しい知識の普及啓発を行っている。特に、集団感染が起こりやすい学校等の担当者に対しては、麻しん患者が発生した際の対応手引きを作成し、拡大防止を図っている。

また、麻しんの病原体レファレンス事業や積極的疫学調査等を実施することで、流行状況やウイルスタイプの分析を行っている。

麻しん流行時の取り組み:2011年の都内流行時、東日本大震災の被災地支援にボランティアも多数参加しており、被災地への流行拡大も懸念されたことから、マスメディア、ホームページ等を積極的に活用することにより、定期予防接種の勧奨や知識の普及を図った。

また、医療機関等に対しても随時情報提供を行い、早期の患者発見に向けた対策の強化を図った。

3.まとめ
麻しんの流行防止には、平常時からの取り組みに加えて、患者の早期発見と流行状況に応じた対策をタイムリーに行うことが重要である。2011年の都内の麻しん流行が比較的小規模にとどまったのは、これらの対応が功を奏した結果と評価できるものと考える。

東京都健康安全研究センター
住友眞佐美 甲斐明美 長谷川道弥 早田紀子

ヨーロッパの麻疹の状況と今後の日本の課題

 
(Vol. 33 p. 29-30: 2012年2月号)
2011年に日本で検出された麻疹ウイルスの遺伝子型はD4、D8、D9、G3型であった。2006~2008年時の流行株であり、日本の常在株と考えられていたD5株(Bangkok type)は2010年5月を最後に検出されていない(図1)。WHOの麻疹排除の定義は、「質の高いサーベイランス体制が存在する下で、常在する麻疹ウイルスによる麻疹の伝播が12カ月間以上ないこと」とされており、麻疹排除達成は現実性を帯びてきつつある。一方、2011年に最も多く検出されたD4株(57例)の多くは疫学的、あるいはウイルス学的にヨーロッパからの輸入株、またはその関連株である可能性が高い。2010年以降、ヨーロッパでは麻疹の流行が止まらず、他国への麻疹輸出も問題となっている。ヨーロッパの麻疹の状況から日本の今後の対策を考察する。

WHO European Region (EUR) の麻疹排除目標
EURは、ヨーロッパ大陸と旧ソビエト連邦に所属した53カ国からなる、総人口およそ8億9千6百万人の地域である。2002年、第55回WHO Regional Committee for European (RCE)においてEURにおける麻疹排除目標年を2010年と設定し、併せてメンバー国の多くがMMRワクチンを使用していることから同年を同じく風疹排除の目標年とした1) 。麻疹、風疹排除への戦略は、1)2回の麻疹ワクチンの接種率95%以上の維持、ならびに1回以上の風疹ワクチン接種機会の提供、2)麻疹感受性者への補足的ワクチン接種機会の設置、3)検査診断と症例調査によるサーベイランス体制の強化、等である2) 。これらの対策により2007年には全EURでの年間麻疹報告数が人口百万人当たり7.8人まで減少し、麻疹排除達成が期待されたが、2008年頃から後述するように麻疹の流行が頻発し、2010年9月第60回RCEにおいて麻疹排除、風疹排除の目標年を2015年に延期した3) 。

EURの麻疹の状況
EURの麻疹報告数は1990~1993年頃では年間約400件/人口百万人であったが、2007~2009年では10件前後/人口百万人まで減少した。2009年では53のメンバー国のうち、38カ国が年間麻疹報告数、1件以下/人口百万人を達成し、うち20カ国は報告数0であった4,5) 。一方、2008年頃からイギリスにおけるD4株による流行、スイスにおけるD5株による流行等が報告され始めた。また、2009~2010年にかけて24,000件以上の大きなアウトブレイクがブルガリアであり、死者24名が報告されている。この麻疹の流行の主体は、定住性を持たないためワクチン接種率が低いロマ民族であった。2010年の麻疹例の78%はブルガリアに関係している。原因ウイルスはドイツに由来したD4株で、このウイルスはその後、スペイン、トルコ、そして再度ドイツへと広がった。また、フランスでも2008年頃から麻疹が増加し始め、2010年後半にはフランス南東部を中心に流行が拡大、2011年ではさらにベルギー、ブルガリア、ドイツ、イタリア、ルーマニア、セルビア、スペイン、スイス、マケドニア旧ユーゴスラビア共和国、トルコ、イギリス等へと拡散した。2011年は10月末までに、40カ国から計約26,000件の麻疹例の報告があり(図2)、36カ国で115のアウトブレイクが発生している。特にフランスの麻疹数は14,000件を超え、全体の約60%を占めている。麻疹による死亡も11例報告されている(フランス6名、ドイツ、カザフスタン等各1名)。2011年にEURで検出されたウイルスの遺伝子型はD4、B3、G3、D8、D9、H1型であった。D4型はフランス、スペイン、カザフスタンを含む24カ国から検出され、依然として流行株の主体である。また、G3株はフランスから、B3株はスペインから検出されている。2011年の麻疹患者の年齢分布は、およそ半数(49%)は15歳以上、25%が5歳未満(1歳未満は9%)、25%は5~14歳であった。罹患者のワクチン履歴ではワクチン歴の無い者が45%、1回接種者は7.4%、2回接種者は2.1%、残りはワクチン歴不明である。2004~2010年のEURにおける麻疹ワクチンの接種率は92~95%であり、目標とする95%に達していない年もあるが、評価できる数字である(図2)。最近の流行は、医療サービスが届きにくい移動民族における感受性者や、過去における低いワクチン接種率と流行の減少により自然感染の機会が減少したことで増加した10~20代の麻疹感受性者の存在が大きな原因と考えられている。WHO Regional Office for Europeではこれらアウトブレイクの対策として、1)麻疹症例を迅速に判断し、モニターするためのサーベイランス体制の強化、2)一般人等への予防接種の重要性の周知、3)ワクチン接種スケジュールの変更、4)定期接種等を接種し損なった人等への補足的ワクチンの提供、等をメンバー国に求めている6, 7) 。

日本では2010年、2011年と麻疹患者報告数は500人を切った。しかし、2008年に開始した13歳、18歳を対象とした第3期、4期の補足的ワクチン接種は2012年度で終了する。残念ながら2008年からの3年間、第3期、4期ともに接種率は90%に達していない。少なく見積もっても年間20万人程度が2回目の麻疹ワクチン接種の機会を失したことになる。EURにおける麻疹の流行は、感受性者の蓄積により麻疹が容易に再興することを示している。日本においても、第1期、2期の麻疹ワクチン接種率を高く維持するだけでなく、麻疹の流行状況の変化や国民の免疫状況、海外旅行の増加等、生活環境の変化も考慮した適切な補足的ワクチン接種の機会を提供していくことが、今後、再度麻疹の増加を防ぐために必要となるだろう。ヨーロッパの事例は決して「対岸の火事」ではない。

 参考文献
1) WHO, EUR/RC55/R7, http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0003/88086/RC55_eres07.pdf
2) WHO Regional Office for Europe, Eliminating measles and rubella and preventing congenital rubella infection: WHO European Region strategic plan 2005-2010, WHO Regional Office for Europe 2005, ISBN 92 890 1382 6
3) WHO, EUR/RC60/R12, http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0016/122236/RC60_eRes12.pdf
4) Martin R, et al ., J Infect Dis 204 (suppl1): S325-334, 2011
5) WHO, Wkly Epidemiol Rec 84: 57-64, 2009
6) WHO, Wkly Epidemiol Rec 86: 557-564, 2011
7) WHO Regional Office for Europe, Measles outbreaks in the WHO European Region and Member State's responses, WHO Epidemiological brief, 18: 1-3, 2011

国立感染症研究所ウイルス第三部 駒瀬勝啓 竹田 誠

 

The Topic of This Month Vol.33 No.2(No.384)

麻疹 2011年

(Vol. 33 p. 27-29: 2012年2月号)

日本を含むWHO西太平洋地域では2012年を麻疹排除の目標年としており、韓国や小島嶼国では排除を達成しているが、中国、フィリピンなど人口の多くを占める地域ではまだ流行が続いている。WHOヨーロッパ地域では2010年が麻疹排除の目標年であったが、各地で流行が頻発しており、目標年が2015年に延期された(本号3ページ)。

現在、日本における定期予防接種では、原則麻しん風しん混合ワクチンを用いて、第1期(1歳児)、第2期(小学校就学前の1年間)の2回接種を実施している(IASR 27: 85-86, 2006)。さらに2012年までに麻疹排除を達成するため、2008~2012年度の5年間に限り、第3期(中学1年相当年齢の者)と第4期(高校3年相当年齢の者)の2回目接種を行っている(IASR 29: 189-190, 2008)。

感染症発生動向調査:麻疹は2008年1月から全数報告に変更された(IASR 29: 179-181, 200829: 189-190, 2008)。2011年(第1~52週)に届出された麻疹患者は434(人口100万対3.58)で(図1)、検査診断例は311(修飾麻疹110を含む)、臨床診断例は123であった(2012年1月5日現在報告数)。

2011年の都道府県別報告数は(図2)、24府県で2010年より減少した。東京(本号5ページ)、神奈川、埼玉、千葉の首都圏4都県で全体の63%を占めた。14県は報告0で、19県が麻疹排除の指標である人口100万対1を下回った。

患者の性別は男231、女203で、年齢は1歳が50と最も多く、0歳25、3歳17、4歳16の順で、年齢群別にみると、0~4歳は2010年に比べ183→119と大きく減少したが、20~40代は増加した(図3)。ワクチン接種歴は、未接種126、1回接種141、2回接種26、不明141であった。0歳児は全員未接種、1歳児は未接種20、1回接種29、2~5歳児は未接種12、1回接種35であった。

2011年1~12月に麻疹による休校、学年閉鎖、学級閉鎖の報告はなかった。

麻疹ウイルス分離・検出状況:麻疹ウイルスの遺伝子型別は輸入例の鑑別に有用である。日本では2006~2008年にD5型が国内例から多数検出されたが、2010年5月を最後に検出されていない(本号3ページ)。一方、海外で流行している型の検出が増加しており(表1表2)、2011年にはD9型が2010年から連続して検出され(本号5ページおよびIASR 32:144-145,2011)、D4型が春に急増した(本号5ページおよびIASR 32: 145-146, 2011)。G3型が日本で初めて検出され(IASR 32: 79-80, 2011)、D8型も検出された(IASR 32:197, 2011および本号6ページ)。また、A型(ワクチンタイプ)はワクチン接種歴のある発熱や発疹症患者などからPCRで検出されている(IASR 32: 299-300, 2011)。

ワクチン接種率(本号7ページ):2010年度末の麻疹含有ワクチン(M、MR)の全国接種率(第1期は2010年10月1日現在の1歳児の数、第2~4期は各期の接種対象年齢の者を母数とする)は第1、2、3、4期それぞれ96%(2009年度は94%)、92%(同92%)、87%(同86%)、79%(同77%)で、第1期は目標の95%以上を初めて達成し、第1~3期は95%以上を達成する都道府県の数が年々増加している。

感染症流行予測調査(本号9ページ):WHOは麻疹排除には抗体保有率95%以上が必要としている。日本ではゼラチン粒子凝集(PA)法で調査が実施されており、抗体陽性は1:16以上である。2011年度中間報告では初めて2歳以上の全年齢群で抗体陽性率95%以上となったが、1歳児では74%であった。第1期接種対象の12カ月になったら早期の接種が望まれる。一方、麻疹の発症予防には少なくとも1:128以上が必要とされる。0~1歳、4歳、10~12歳、16~17歳と50~54歳、60歳以上は1:128未満の者が10%を超えており、1:128未満の者には2011および2012年度の第1~4期接種対象の者が多く含まれていた。

ワクチン接種率向上への取り組み:2008年度から第3、4期を導入した結果、患者数は大きく減少した(図1図3)。麻疹排除を達成するためには、予防接種率向上と維持の努力がさらに必要である。上記の流行予測調査の結果を受けて2011および2012年度の接種対象者の接種率を高める工夫が望まれる。

山形市内の19中学校では予防接種率向上への取り組みが行われており(本号12ページ)、学校・家庭・学校医・市健康課・教育委員会など関係機関との連携強化が重要であることが示されている。接種率100%を達成した島根県の高校では、養護教諭を中心に、保護者、学校の教職員が加わり、全校あげての麻疹対策が行われていた(本号13ページ)。文科省は中学1年生・高校3年生へのリーフレット配布やキャンペーンポスター作成を行うなどの取り組みを行っている(本号14ページ)。

なお、2011年度の第2、3、4期接種対象者は2012年3月31日を過ぎると、公費負担対象外となり、自己負担での接種となる。3月の子ども予防接種週間(2012年3月1日木曜~3月7日水曜)には、土曜・日曜・夜間に接種を実施する地域医師会があるので、これらの機会を利用し、年度内に接種を受けることが勧められる。翌2012年度は第3、4期接種の最終年度となるので、対象者は本年4月以降早期に接種を受けることが望まれる。

麻疹検査診断の重要性:予防接種が普及するにつれて、臨床症状のみでは診断困難な既接種者の修飾麻疹の割合が増加している。WHOの麻疹排除の評価基準においても、患者の検査診断や疫学リンクの確認が必須である。麻疹疑い例や麻疹IgM抗体弱陽性例には風疹(本号17ページ)、伝染性紅斑、突発性発疹などの患者が含まれており(IASR 31: 265-271, 2010)、麻疹ウイルスを直接検出するPCRやウイルス分離による検査診断が必要である。地方衛生研究所(地研)と国立感染症研究所(感染研)は、PCR検査を主体とした検査診断体制を整備している(本号15ページ)。しかし、2010年同様、2011年の届出患者の3割は臨床診断によっており、検査診断例のうち6割はIgM抗体検査のみで、直接的なウイルス検出は行われていなかった。適切な時期に採取された検体を地研に搬送する体制をまず充実させることが求められる。

今後の対策:2010~2011年のウイルス検出例はほとんどが輸入例関連あるいは海外流行型株の感染であり、日本は麻疹輸出国から麻疹輸入国になったといえる。2012年に入っても海外由来と思われるD8型やD9型の検出報告が相次いでいる(表1およびhttps://idsc.niid.go.jp/iasr/measles.html)。海外から麻疹ウイルスを持ち帰らないためには、海外渡航前に予防接種を完了する必要がある。2011年度に限り、修学旅行などで海外渡航する高校2年生への接種も第4期接種として公費負担の対象となっている。さらに予防接種率を高めるとともに、医療機関、保健所と地研・感染研の連携を強化し、麻疹疑い患者全例について確実に検査診断を含む積極的疫学調査を行い、「1例出たらすぐ対応」を徹底して、麻疹ウイルスの感染拡大を防止する必要がある。

また、PCR検査陰性の場合であっても、その結果のみで麻疹を否定できるわけではない。臨床症状、PCRやIgM検査結果、疫学情報を総合的に評価して、麻疹適合症例を確定すべきである。今後、日本が麻疹排除状態になったことを証明するためには、適時の検体採取と遺伝子型別による国内定着株の否定が必要となる。

 

特集関連情報

平成21年8月11日
国立感染症研究所細菌第二部
衛生微生物協議会 ジフテリア、百日咳、
ボツリヌス リファレンスシステムセンター

 

Corynebacterium ulcerans(コリネバクテリウム ウルセランス 以下 C. ulcerans)はジフテリア菌 (Corynebacterium diphtheriae) の近縁菌で、ジフテリア毒素をつくることがあります。ジフテリア毒素をつくるC. ulceransは、ジフテリア類似の症状を引き起こすことがあります。近年欧米諸国で注目され、日本においても問題となりつつあります。

C. ulcerans感染症は英国において最も症例が多く、1986年から2006年の間に、無症状保菌者を含む56例から毒素原性C. ulceransが分離されています。他の欧米諸国でも散発的に報告があります。また海外においてはウシ、イヌ、ネコ等の動物がヒトへの感染に関与することが疑われています。

C. ulcerans感染症は、英国などいくつかの国ではC. diphtheriaeによるジフテリアと同等の扱いとなっています。わが国の感染症法では、ヒトからヒトへの感染性と重篤性が確認されているC. diphtheriaeによるジフテリアだけが、2類感染症に定義されています。日本においてC. ulcerans感染症の適切な位置づけを確立していくためには、C.diphtheriaeとの病原性、感染性の違いを明確にすることが必須であります。そのために国内分布、菌の伝播性等の疫学調査や基礎研究が極めて重要と私たちは考えています。

国内では2001年から2010年までに8例が報告されています。最初の2例を受けて、2002年11月には厚生労働省結核感染症課長より地方自治体衛生部局、医療機関に対して 情報提供を求める通知が行なわれましたが、周知が徹底しているとは言い難く、以後の3例においても早期の情報疎通は困難でした。
2009年1月、野良ネコが感染源と疑われるヒトの感染例(国内6例目)があり、これを受けて厚生労働省結核感染症課では、情報提供を求めるとともに、この症例を紹介し、Q and A集を添えて再度の通知を行ないました。また、2011年1月に厚生労働省はジフテリアの届出基準に、「本感染症は、Corynebacterium diphtheriaeによるものであるが、Corynebacterium ulcerans及びCorynebacterium pseudotuberculosisにおいてもジフテリア毒素を産生する株が確認されているので、分離・同定による病原体の検出、病原体の毒素遺伝子の検出の際に留意が必要である。」との追記を行ないました。国立感染症研究所と衛生微生物協議会ジフテリア、百日咳、ボツリヌスリファレンスシステムセンターでは、情報の発信および収集のためにこのwebページが役立つことを願っています。C. ulcerans 感染症に関する情報がありましたら、下記窓口までお寄せ下さいますようお願い申し上げます。

診断と届出基準について

世界のC. ulcerans感染症と各国の対応について

国内の発生状況について

動物との関連について

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情報

 

お問い合わせ

衛生微生物技術協議会ジフテリア百日咳ボツリヌスレファレンスセンター窓口
国立感染症研究所 細菌第二部 第三室

 

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ジフテリア

ジフテリアはジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の飛沫感染によって起こる呼吸器疾患であり、感染部位によって鼻、扁桃・咽頭、喉頭ジフテリアに分類できる。しかし、まれに眼瞼結膜、中耳、陰部、皮膚にも感染が起こることがある。重症化すると昏睡や心筋炎などの全身症状が起こり、死亡率が高くなる。死亡率は平均5~10%、5歳以下40歳以上では20%をこえるとされている。現在日本では予防接種の普及と衛生状態の改善によって患者の発生はほとんど見られないが、予防接種率の低下した旧ソ連地域では1990年代に大発生が起きており、油断することはできない。


 

感染症法とジフテリア

ジフテリアが発生した場合には公衆衛生上の問題が大きいことから、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律、平成11年4月1日施行、平成18年12月8日最終改正)では二類感染症に分類されている。ジフテリアを診断した医師は、最寄りの保健所への届け出が義務づけられている。また患者は原則として第二種感染症指定医療機関に入院することになっている。C. ulceransによるジフテリア様疾患には現在この法の適用はないが、今後、疫学調査や基礎研究を積み重ねて検討される必要がある。


 

Corynebacterium ulcerans(コリネバクテリウム ウルセランス)

C. ulceransはジフテリア菌に類縁なグラム陽性の短桿菌で、おもに家畜などの動物に常在しており、ウシの乳房炎の原因となることがある。通常C. ulceransは毒素を産生しない場合が多いが、ジフテリア様疾患の患者から分離されたC. ulceransは、ジフテリア菌とほぼ同じ毒素を産生する。毒素産生性のC. ulceransは毒素非産生の菌に毒素の遺伝子をもつバクテリオファージが感することによって生じたと考えられている。 


 

バクテリオファージ

バクテリオファージは細菌に感染するウイルスで多くのタイプがある。バクテリオファージが細菌に感染すると菌内で増殖したあと外に出て、他の菌へ感染を繰り返すが、菌の遺伝子に組み込まれて長期間共存(溶原化)することもある。ジフテリア菌の毒素遺伝子は溶原化したバクテリオファージ内に存在しており、これはしばしば菌から菌へと伝播することが報告されている。


 

ジフテリア毒素

ジフテリア毒素は、約58kDaのタンパク質で、強い細胞毒性を有する。作用機序は細胞のタンパク質合成能の阻害で、多種の動物細胞、組織に傷害を与える。哺乳動物のうちヒト、サル、ウサギ、モルモットなどはジフテリア毒素に対して感受性が高く、致死量は100ng/kg体重以下とされている。ジフテリア毒素に対する抗体には発症を予防する効果があるため、ジフテリア毒素を不活化したもの(トキソイド)がジフテリアのワクチンとして使用される。 


 

C. ulceransの検査

C. ulceransの検査は分離培養、PCR検査などによって行う。国内で分離されている菌は羊血液寒天培地上で乳白色の光沢のあるコロニー、チンスダール培地では黒色のコロニーを形成し、ジフテリア菌のものとよく似ている。 PCR 検査ではジフテリア毒素遺伝子の有無を検査する。

血液寒天上のコロニー

チンスダール寒天上のコロニー

グラム染色像

走査電子顕微鏡像


 

偽膜

ジフテリア菌が咽頭、喉頭、鼻腔などの気道に感染した場合、灰白色がかった偽膜性炎症が形成されることがある。偽膜内にはジフテリア菌が存在し毒素を産生している。ジフテリアの偽膜は厚く無理にはがすと出血しやすい。咽頭部では厚い偽膜と粘膜の浮腫によって気道の閉塞が起こることがある。

C. ulceransによる偽膜
C. ulcerans感染により形成された偽膜(旭中央総合病院 提供)

ジフテリアによる偽膜
ジフテリア(C. diphtheriae感染)により形成された偽膜(北里大学医学部客員教授 柳下徳雄先生提供 日本医師会雑誌 67巻7号より)


 

ブルネック(bullneck)

ジフテリアの重症例では、下頸部と前頸部に著しい浮腫とリンパ節の腫脹が見られ、特徴的なブルネック(bullneck)と呼ばれる症状を呈する。

ブルネック
ブルネック症状を呈したジフテリア症例。北里大学医学部客員教授 柳下徳雄先生提供 日本医師会雑誌 67巻7号より)


 

チンスダール寒天培地

Tinsdale によって考案された培地で、上気道から分離されるジフテリア菌と他の菌の鑑別に用いられる。培地には亜テルル酸カリウムが加えられている。ジフテリア菌のコロニーには亜テルル酸塩還元活性があるので、褐色ないし黒色のコロニーとなり、ハローの形成が見られる。C. ulceransもチンスダール寒天培地上でジフテリア菌とよく似たコロニーを形成する(「C. ulceransの検査」の項目参照)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan