(掲載日 2012/2/20)

<速報>渡航歴の無い小児および家族内感染者からのD8型麻疹ウイルス検出―愛知県

 
2012年2月10日までに愛知県内で麻疹と診断された患者のうち7例から、D8型麻疹ウイルス遺伝子を検出した。疫学調査では7例すべての患者および同居者に患者発症前1カ月間の渡航歴は無く、県内の2医療圏に集中している。愛知県衛生研究所で行った7例の麻疹ウイルス遺伝子検査およびウイルス分離の概要を報告する。

1) 医療圏Aの状況
患者1:11歳男児。2011年12月30日発熱。麻疹ワクチン(MCV)の接種歴無し。患者2:12歳女児。2012年1月2日発熱。MCV接種歴無し。患者1、2は同じ小学校の児童であるが2学期末に同小学校での有症者は確認されていない。患者3:患者2の兄14歳。1月10日発熱。家族内での2次感染例。MCV接種歴は不明。患者4:4歳女児。1月20日発熱・発疹。1回のMCV接種歴あり。患者1~3の近隣に在住するが濃厚接触を示す疫学情報は無い。他に麻疹IgM陽性を根拠に診断された1、2と同じ小学校に通う患者1名の報告あり。

2) 医療圏Bの状況
患者5:1歳男児。1月29日に発熱。MCV接種歴無し。父(1月20日発熱、麻疹IgM陽性)からの2次感染例。患者6:1歳男児。1月30日に発熱。MCV接種歴無し。患者7:6歳女児。2月3日に発熱。MCV接種歴は不明。患者5~7は発症日が近いが直接的な接触を示す疫学情報は無い。他に同医療圏より1名麻疹IgM陽性を根拠に診断された患者あり。

患者1~7より採取された血液、尿、咽頭ぬぐい液を検体として、RT-nested PCR法およびVero/hSLAM細胞を用いたウイルス分離による実験室診断を試みた。PCRの結果、ワクチン接種者以外の患者検体からは1検体を除き搬入された検体すべてで麻疹ウイルスNおよびH遺伝子が増幅され、N遺伝子の増幅産物について塩基配列を決定した。患者由来N遺伝子の部分塩基配列(456bp)はすべて同一であり、系統樹解析の結果、D8型麻疹ウイルスに分類された()。この部分塩基配列は千葉県が成田空港内勤者から検出を報告した配列と100%の相同性を示した(、文献1)。また、患者1、2、5、7由来検体より各々麻疹ウイルスが分離された(中和抗体)。2月14日現在、A医療圏においては他の患者の発生は確認されていないが、B医療圏においては患者発生報告が続いている。

愛知県では、2010年以降毎年輸入麻疹関連症例への対応がなされており、適切な時期に採取された検体が増えて遺伝子検出やウイルス分離率が向上している。今回報告した患者7名中6名はMCV接種歴無しまたは不明で、MRワクチン接種者は4歳(1回)児1名のみであった。ひとたび麻疹が発生するとMCV未接種者間で感染拡大がみられる(文献2, 3)ことが再認識された。日本における常在型麻疹ウイルス遺伝子検出は2010年5月を最後に報告がなく、現状では輸入関連麻疹が主体と考えられる。感染経路の特定に有用な分子疫学的解析の重要性が今後ますます高まると思われる。

 参考文献
1)IASR 速報 https://idsc.niid.go.jp/iasr/rapid/pr3842.html
2)IASR 31: 271-272, 2010
3)IASR 32: 45-46, 2011

愛知県衛生研究所
安井善宏 伊藤 雅 安達啓一 廣瀬絵美 藤原範子 小林慎一 山下照夫
平松礼司 皆川洋子
豊田市保健所
高木崇光 池田晃一 多和田光紀 加藤勝子 竹内清美

 (掲載日 2012/1/24)

<速報> RT-PCRおよび細胞分離培養により便からエコーウイルス6型が検出されたFebrile vomiting illnessの集団発生―千葉県

 
探 知:2011年11月7日に管内の施設から「11月1日より胃腸炎が多数発生している」との電話相談を受けた。この施設は8寮(男子5寮、女子3寮)から成り、職員46名、寮生140名(男83名、女57名)で、寮生の学校は高校28名、中学校41名、小学校58名、園内保育園13名で、10月25日~11月7日の有症状者は25名であった。

調査結果:症例定義を(1)当施設の在籍者、かつ、(2)10月25日~11月7日の間に発熱をきたしたものとすると、24名が該当した。症例の発熱以外の症状は、嘔吐71%、頭痛54%、嘔気50%、腹痛21%、下痢13%、鼻汁8%、咳8%、皮疹0%で、医療機関の受診者は胃腸炎、カゼと診断され、入院はなかった。

最初、感染性胃腸炎の集団発生と考え、9名(園児5名、小学生3名、中学生1名)の便検査を行ったが、ノロウイルス、サポウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、アストロウイルスおよび食中毒菌はすべて陰性であった。しかし、平均最高体温が38.7℃と高く、症状頻度で頭痛が高く、嘔吐に比して下痢が低かったことからエンテロウイルス属の感染を疑いRT-PCR検査を行ったところ、9名全員の便からエコーウイルス6型が検出された。また、同時に行った細胞培養によるウイルス分離ではCaCo-2細胞およびVero細胞で明瞭なCPEを確認し、中和試験の結果からもエコーウイルス6型と同定された。

流行曲線では、10月25日~11月3日は園児に、11月1日~11月6日は小学生に症例が集積しており()、症例の発生率は、園全体で17%、性別で男25%、女5%、学校別で園児77%、小学生19%、中学生2%、高校生7%、寮別で男子寮(41%、29%,28%、21%、6%)、女子3寮(5%、5%、5%)で、男、園児、小学生、男子寮に症例が集積していた。

考 察:症例の症状頻度と検査結果より、本事例はエコーウイルス6型によるいわゆるFebrile vomiting illnessの集団発生と考えられ、髄液検査は行われていなかったが軽症の無菌性髄膜炎が多数含まれていたことが示唆された1) 。

保育園では3日ごとに新たな発症者が出現しており、全員が1室で保育されていること、非ポリオエンテロウイルスの潜伏期幅が3~6日であることから、10月25日の園児を起点(0次感染)として2次ないし3次の感染が生じたと考えられた()。また、園児は寮と保育園以外で外部と接する機会がないため、感染源は10月22日から発熱などがあった職員と推察した。寮では、各寮が2~5人の7部屋で構成され、複数の症例が発生した4つの男子寮で症例がそれぞれ寮の初発症例の園児の部屋に52%、その隣室に13%と集積していることから、感染は保育園で罹患した園児から拡大したと推察した。

エコーウイルスの感染様式は飛沫、接触、糞口感染とされるが、保育園では職員が園児全員のトイレの世話をしていたこと、寮では症例の部屋とトイレの配置と利用との関連性はなかったことから、本事例の感染様式は糞口感染が関与した可能性は少なく、気道分泌物の飛沫あるいは気道分泌物の手指付着による接触感染であったと推察した。また、寮によって症例の発生率に大きな差があったことの理由は不明であったが、発症率の低い寮では症例の発生早期から手洗い、次亜塩素酸ナトリウムによる環境消毒を行っていたことから感染拡大対策への寮による取り組みの違いが関与したものと推察した。

 参考文献
1)Markey PG, et al ., Emerg Infect Dis 16: 63-68, 2010
千葉県長生健康福祉センター
一戸貞人 岡本恵子 田澤小百合 松本澄江 山田裕康 安藤直史 松本正敏
田村哲也 坂元美智代 仲宗根里香 田中良和 村上きみ代 森下和代 田中修司
千葉県衛生研究所ウイルス研究室
堀田千恵美 小倉 惇 福嶋得忍 小川知子

(掲載日 2012/1/24)

<速報>成田空港内勤務者からのD8型麻疹ウイルスの検出と家族内感染―千葉県

 
2011年12月末に成田空港内勤務の患者からD8型麻疹ウイルス遺伝子を検出し、続いて2012年1月に症例の妹が発症し、同様にD8型麻疹ウイルス遺伝子を検出したので報告する。

患者は、成田空港内に勤務する22歳の女性であり、発症前1カ月間に海外渡航歴は無い。12月16日、鼻水、くしゃみ等がみられ、18日には38℃の発熱があり、19日に医療機関を受診した。初診時、麻疹は否定的であったが、いったん解熱後の20日夜に発疹が顔に出現し22日には全身に広がった。最高体温は39℃になり、その後も発熱は持続し、コプリック斑も確認されたことから24日に麻疹と診断された。患者に麻疹の既往は無く、ワクチン接種も第1期接種時に体調不良であったため接種していなかった。また、高校3年時の第4期も未接種であった。

検体は、26日に咽頭ぬぐい液、血液、尿が採取され、すべての検体から麻疹ウイルス遺伝子が検出された。

続いて発症した妹は、17歳の高校2年生で、第1期のワクチン接種済みであったが、第4期ワクチンを次年度に控え、2回目のワクチン未接種であった。1月3日に38.2℃の発熱、いったん解熱後、5日に額および腕に発疹が出現し6日に首に広がった。コプリック斑、咳、鼻水等なく軽症で経過した。

検体は、6日に咽頭ぬぐい液、血液、尿が採取され、すべての検体から麻疹ウイルス遺伝子が検出された。

検査は千葉県衛生研究所で実施した。NおよびH遺伝子に対するRT-nested PCRを実施し、検出されたN遺伝子の増幅産物について、ダイレクトシークエンスにより塩基配列を決定した。2名の塩基配列(492bp)は同一であり、決定した塩基配列の一部(456bp)について系統樹解析を実施したところ、遺伝子型D8に分類された(図1)。また、DDBJのBLAST検索の結果、MVs/Alberta.CAN/34.11/[D8]、 MVs/Dartford.GBR/4.11/[D8]等と100%の相同性を示した。

患者発生に伴う、家族および勤務先、学校に対する対応は、管轄健康福祉センターにおいて速やかに行われ、1月20日現在、2名の他に患者の発生は確認されていない。特に、妹の通う高校では、部活動で発疹出現直前に接触した4名について、接触後3日以内の緊急接種ということで、第4期の麻疹ワクチン接種の前倒しが行われ、3名が接種している。

今回の感染例は、姉については、麻疹未罹患およびワクチン未接種であったこと、成田空港という海外に開かれた場所での感染であること、妹については、高校3年時の第4期2回目のワクチン接種を次年度に控えての感染・発症というワクチン接種計画の隙間をついての患者発生であった。改めて予防接種の重要性を強調する事例であった。

千葉県衛生研究所 小川知子 堀田千恵美 小倉 惇 福嶋得忍
千葉県香取健康福祉センター 久保木知子
千葉県印旛健康福祉センター 小山早苗

 (掲載日 2012/2/20)

<速報>インフルエンザウイルスAH3亜型、B型ビクトリア系統およびB型山形系統株の検出、2012年1月―佐賀県

 

佐賀県衛生薬業センターでは2012年1月に小・中学校などでの集団発生(G)および発生動向調査(S)の患者43人から採取された、うがい液18、鼻・咽頭ぬぐい液25、計43検体が搬入された。そのうち、34件がRT-PCR陽性を示した。さらに遺伝子系統樹解析および抗原性解析の結果、この34件の型、亜型および系統の内訳は、AH3亜型27件(79.4%)、B型ビクトリア系統4件(11.8%)、B型山形系統3件(8.8%)であった()。

HA遺伝子系統樹解析:臨床検体からRT-PCR陽性検体の産物を増幅し、遺伝子塩基配列の決定を行った。また、集団発生例から検出したウイルスは、その集団内で同一のHA遺伝子配列を有していた。そこで、AH3亜型10例(G4例、S6例)、B型ビクトリア系統2例(G2例:同一事例で1塩基違い)、B型山形系統2例(G1例、S1例)について各系統樹解析を行った。

AH3亜型の10例はすべてT212Aのアミノ酸置換を共通に持つVic208クレード内に位置した。10例すべてがVic208クレード内のN145Sクレード内に位置しており、このうち9例が(1)A198S、V223I、N312S、Q33R、S45N、T48I、N278K、(2)A198S、V223I、N312S、N45Sの2つのサブクレードに分かれて属した。また、サブクレード(2)内でL3Iを有す2例は2011年の横浜市1) や三重県2) の報告例と近縁であると考えられた。なお、今回検出したウイルスは、2011年10月に佐賀県内で検出したIASR報告例(D53N、Y94H、I230V、E280Aサブクレード)3) とは異なるサブクレードに属していた(図1)。

B型ビクトリア系統2例のHAアミノ酸配列はほぼ一致し、アミノ酸置換N75K、N165K、S172Pを有するB/Brisbane/60/2008株を代表とするBri60クレードに属していた。さらに、A202Eサブクレードに位置しており、高知県2011年登録株(B/KOCHI/61/2011 MAY)に近縁であった(図2)。

B型山形系統2例のHAアミノ酸配列は同一であり、アミノ酸置換S150I、N165Y、G229Dを有するBangladesh/3333/2007株を代表とするクレード3に属していた。さらに、アミノ酸置換N202S、N116K、E182Gを持つ堺市2011年登録株(B/SAKAI/36/2011 NOV)と同一のサブクレードに位置していた(図3)。

抗原性解析:患者検体をMDCK細胞に接種して2代目まで継代培養を行った。これらの分離株はAH3亜型23株、B型ビクトリア系統4株、B型山形系統3株について国立感染症研究所から配布された2011/12シーズンインフルエンザサーベイランスキットを用いて抗原性解析を行った。

AH3亜型の23株は0.75%モルモット赤血球を用いた赤血球凝集(HA)試験でHA価8~128であった。さらに赤血球凝集抑制(HI)試験を行った結果、抗A/Victoria/210/2009(H3N2)血清(ホモ価640)に対して4株はHI価160とホモ価から4倍以内の低下にとどまったが、他の19株は、HI価80(12株)、40(6株)、10(1株)と8倍以上の反応性の低下を示し、抗原性の変化が推測された。

B型ビクトリア系統4株の0.5%ニワトリ赤血球を用いたHA価は64~128を示した。そのHI価は、抗B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)血清(ホモ価2,560)に対して、4株すべてHI価640と4倍以内の低下を示した。

B型山形系統3株の0.5%ニワトリ赤血球を用いたHA価は256~512であった。それら3株のHI価は、抗B/Bangladesh/3333/2007(山形系統)血清(ホモ価2,560)に対してはHI価640~1,280と4倍以内の低下を示した。

佐賀県内では2012年1月中旬(第3週)頃からインフルエンザ患者が急増し、AH3亜型が多く検出されたが、その他にB型ビクトリア系統および山形系統が混在する流行となっている。引き続き発生動向を注視する必要がある。

 参考文献
1) IASR 32: 334-335, 2011
2) IASR 32: 336-337, 2011
3) IASR 32: 367, 2011

佐賀県衛生薬業センター
増本久人 南 亮仁 野田日登美 甘利祐実子 諸石早苗 江口正宏
古川義朗 靍田清典
佐賀県健康福祉本部健康増進課
森屋一雄 永尾一恵
国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第1室
藤崎誠一郎 岸田典子 小田切孝人

(掲載日 2012/2/10)

<速報>小学校の集団感染からのB型インフルエンザウイルス(Victoria系統)の分離―兵庫県


2012年1月30日(第5週)に赤穂健康福祉事務所管内の隣接する2つの小学校(児童数はA校が478名、B校が408名)でインフルエンザの集団発生に伴って学年閉鎖等の措置がとられた。A校では第1学年71名中24名が発症したため学年閉鎖、B校では第1学年の1クラス31名中8名の発症により学級閉鎖となった。患者の主症状は発熱(37.4~40.0℃)、咳および上気道炎であり、1割程度が頭痛や全身倦怠感を訴えた。発症した32名は、医療機関におけるインフルエンザ迅速診断ではB型が24名、A型が2名陽性であった。このうち2つの医療機関で採取された4名および近隣の幼稚園児1名から採取した鼻腔ぬぐい液が当所に搬入された。これらの5検体についてHA遺伝子領域のRT-PCRを行い、その塩基配列を調べたところ、すべてがB型インフルエンザウイルス(Victoria系統)であった。

MDCK細胞を用いてウイルス分離を行ったところ、5検体ともに初代培養4日でCPEが観察された。このウイルス培養上清の0.5%ニワトリ赤血球でのHA価は256~512であった。国立感染症研究所(感染研)から配布された2011/12シーズンインフルエンザサーベイランスキットを用いて赤血球凝集抑制(HI)試験を実施した結果、分離されたウイルス株は抗B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)血清 (ホモHI価2,560) に対して、640のHI価を示した。その他、抗B/Bangladesh/3333/2007(山形系統)血清(同1,280) 、抗A/California/07/2009(AH1pdm09)血清(同1,280)、抗A/Victoria/210/2009(H3N2)血清 (同1,280) に対してはHI価が10未満であった。

HA遺伝子の系統樹解析では、感染研のプライマー情報に基づいてウイルス遺伝子のHA1領域の塩基配列を決定したところ、今回分離した5株すべての塩基配列が一致した。また、塩基配列から今回の分離株はN75K、N165K、S172Pのアミノ酸置換を持つB/Brisbane/60/2008株に代表されるBrisbane/60クレードに属し、L58Pのアミノ酸置換のあるグループ1に属していた。さらに、これらの株ではE198Gのアミノ酸置換が認められた。今シーズンに県内で分離された他の3株もBrisbane/60クレードのグループ1に属していたが、これらはE198Gのアミノ酸置換がなく、T182Aのアミノ酸置換を持つ点で今回の分離株とは異なっていた。

今シーズンに当所で検出あるいは分離したインフルエンザウイルス(2012年2月7日現在)は、90%(76/84)がAH3亜型で、10% (8/84) がB型であったが、B型の検出率が増えていることもあり、今後とも引き続き発生動向について注視していく必要がある。

兵庫県立健康生活科学研究所健康科学研究センター
押部智宏 榎本美貴 髙井伝仕 近平雅嗣
赤穂健康福祉事務所 山下勝也 冨井智重 水野美枝子 安元兆
赤穂市民病院診療部長兼小児科部長 白石英幸
赤穂はくほう会病院小児科医長 一ノ瀬洋次郎

 (掲載日 2012/2/9)

<速報>今シーズン用同定キットの赤血球凝集抑制活性が低いインフルエンザAH3ウイルス分離株―愛知県


愛知県衛生研究所では2012年1月末現在で、発生動向調査および集団発生の検体からインフルエンザウイルスAH3亜型55株、B型(Victoria系統)1株を分離している。

AH3亜型分離株は0.75%モルモット赤血球を用いた赤血球凝集(HA)試験では4~64のHA価を示した。HA価が低い21株についてはRT-PCRによって型・亜型の同定を行った。残りの分離株34株について2011/12シーズン用インフルエンザウイルス同定キットによる赤血球凝集抑制(HI)活性を測定した。その結果、抗A/Victoria/210/2009血清(ホモ価640)の分離株に対するHI価は160~1,280を示す一方、抗A/California/7/2009pdm09血清(同640)、抗B/Brisbane/60/2008血清(同320)、抗B/Bangladesh/3333/2007血清(同1,280)のHI価はいずれも10未満であったためAH3亜型と同定した。最も低いHI価160を示した分離株は34株中5株で、残りの29株はホモ価±1管以内であった。この4倍減少したHI価を示した5株は、同一保健所管内で同時期に採取された検体由来の株であったことから、この地域でワクチン株A/Victoria/210/2009からわずかに抗原性が変化した株が流行していた可能性が考えられた。

そこで、これら5株を含む県内分離ウイルス28株についてHA遺伝子の部分塩基配列を決定し系統樹解析を行った。その結果、28株はすべて横浜市1) と三重県2) で分離された株と同じアミノ酸置換(N312S、A198S、V223I、S45N、T48I、Q33R、S278K)を有するVictoria208クレードに属していた。さらに県内の分離株にはL3I、F193S、またはR201Kの3つの分岐が存在し、HI価が4倍低下した分離株5株はF193Sの分岐に属していた()。

HA1蛋白質の193番目のアミノ酸はレセプター結合部位の近傍に位置する3,4) ため、F193S置換変異はウイルスのレセプター結合部位の構造変化をきたす可能性があり、それによって抗原性の変化を引き起こしたと考えられる。これらの株は今シーズンのインフルエンザワクチン株に対する抗血清との反応性が低下している傾向を示すため、今後のサーベイランスを強化し、その発生動向に注意が必要である。

 参考文献
1) IASR 32: 334-335, 2011
2) IASR 32: 336-337, 2011
3) Nature 289: 373-378, 1981
4) Science 286: 1921-1925, 1999

愛知県衛生研究所
安井善宏 藤原範子 小林慎一 山下照夫 平松礼司 皆川洋子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan