(IASR Vol. 36 p. 116: 2015年6月号)
2014年7月8日、米国コロラド州公衆衛生環境部(CDPHE)の研究室は、肺炎で入院した患者Aの血液検体からペスト菌(Yersinia pestis)を検出した。患者Aは生来健康な男性であり、6月28日に熱と咳を発症し、24時間の間に症状が悪化し血痰がみられたことから、地域の病院に入院した。6月30日採取の血液検体からはグラム陰性桿菌が検出され、病院の自動細菌同定検査装置でPseudomonas luteola と同定されていた。その後6日間の間に患者Aの呼吸状態が悪化したことから他院に転送され、気管内挿管がなされた。症状の重篤さと、先にY. pestis がP. luteola と誤同定された報告もあったことから、分離検体はCDPHEの研究室に搬送され、Y. pestis の確定に至った。患者Aはレボフロキサシンおよびストレプトマイシンを含む広域スペクトラムの抗菌薬の投与を受け、23日間の入院の後に回復した。
Tri-County保健部局(TCHD)により、患者家族への聞き取りと、患者との接触者調査がなされた。6月24日に患者Aの飼い犬(アメリカン・ピット・ブル、2歳雄)が発熱、顎の強直、流涎、右前肢運動失調を発症し、動物病院に一晩、入院した後、呼吸困難と喀血を呈し、安楽殺されていた。この間、患者Aには犬との濃厚接触があった。当該犬を剖検したところ、狂犬病は否定されたが、胃および肺からの出血が認められた。なお、臓器の病理組織学的検査は患者Aにより拒否されていた。患者Aのペストとしての確定診断後に改めて検査したところ、肝臓および肺組織において、PCRによるY. pestis 遺伝子検出陽性を示し、Y. pestis も分離された。
6月24~25日に当該犬と接触のあった動物病院職員である女性患者Bは、6月30日に発熱と咳により発症(7月5日時点では肺炎の診断)し、女性患者Cは7月4日に発熱、悪寒、筋肉痛、疲労で発症(後に胸部圧迫感および咳)した。その後、患者Bは痰検体を用いたPCRとペア血清により、患者Cはペア血清により、Y. pestis が陽性の診断となった。患者Dは、患者Aと濃厚接触のあった女性であり、7月4日に胸部圧迫感、呼吸困難、発熱により発症した(後に肺炎の診断)。患者Dは6月25日に犬の死骸を取り扱っており(その際、犬の血液が一滴、手にかかった)、6月29~30日に血痰を伴う咳を呈している患者Aとの濃厚接触があった。ペア血清によりY. pestis の診断となった。患者B~Dはいずれも抗菌薬投与で回復した。
TCHDは各患者に対する潜在的な曝露について精査し、疾患の伝播リスクに対する環境評価を行った。犬およびヒト患者4名との接触者は計114人に上り(動物病院関係36人、医療機関関係58人、個人の接触者20人)、抗菌薬の予防投与が88人に対して、健康観察が26人に対して勧奨された。7月9日の環境調査では、患者Aの所有地では、野生動物はウサギのみが目撃された。また、プレーリードッグの居住跡はあったものの、地域からは2013年10月に野生のプレーリードッグの居住コロニーは駆逐されていた。
その後、新規の患者は報告されていない。
本事例において、肺炎患者のうち1人は、患者Aからのヒト–ヒト感染の可能性があり、これは米国では1924年以来、初めての例となる。この事例で強調されることとしては、1)ペストが報告されている地域では、犬を含む家庭で飼育している動物が病気になった場合には、ペストを鑑別診断として検討する必要があること、2)Y. pestis のような稀な細菌を同定する際には、自動細菌同定検査装置には誤同定を含め限界があること、3)病院の検査室は自動細菌同定検査装置の誤同定の可能性について認識する必要があり、臨床医は、患者からP. luteola が分離され臨床症状が合致する場合はペストを疑う必要があること、4)患者が抗菌薬を服用している場合には、軽度のペストの症状に留まっている可能性があること、が挙げられる。
*ペストは稀な動物由来感染症ではあるが、米国ではプレーリードッグなど野生のげっし目が自然宿主として保菌しており、その生息地域であるニューメキシコ、アリゾナ、コロラド、カリフォルニア州などで毎年8例ほどの患者が報告されている。ネズミノミによる媒介、感染動物への直接接触により感染するが、本事例の犬以外に、ネコからヒトに感染した事例も報告されている。
(CDC, MMWR 64(16): 429-434, 2015)
(抄訳担当:感染研・砂川富正、有馬雄三、今岡浩一)