国立感染症研究所

(2013年06月19日改訂)

1989年にC型肝炎ウイルスの遺伝子断片が捉えられてから24年が経ち、治療法は大いに進歩してきた。遺伝子型1bで高ウイルス量症例に対しては従来のインターフェロン (IFN)とリバビリン(RVB)併用療法ではSustained virological response (SVR)が40-50%程度であったが、プロテアーゼ阻害剤の併用によりどこまで改善するか期待されている。さらに、近い将来導入されるNS5A阻害剤、ポリメラーゼ阻害剤により、IFNのない経口薬での治療で、HCVの撲滅も間近に迫っているといっても過言ではない。しかし、我が国にはいまだに約150万人、全世界には約1.7億人もの感染者が存在すると推定されており、HCVは感染後、持続感染により慢性肝炎をひき起こしやすく、さらに肝硬変、肝細胞癌へと進行することがあるので、公衆衛生上最も重要な病原ウイルスのひとつである。

 

国の肝炎対策

厚生労働省は1963年の「血清肝炎調査研究班」の設置以降、これまで多くの施策を実施してきた。2001年3月から7月にかけて実施すべきC型肝炎対策の規模を把握するための実態調査として、以前に非加熱血液凝固第VIII・第IX因子製剤を投与された患者を対象にしたC型肝炎検査を行った。1972-1988年に非加熱血液凝固第VIII・第IX因子製剤を使ったことがある全国803の病院・診療所の名前を公表し、該当者に血液検査を呼びかけたが、これは、非加熱製剤による肝炎感染のケースが複数見つかったこと、輸血と異なり、当人が投与されたことを知らない場合が多いこと、病院側に投与した記録が残っていること、などの理由による。80年代半ばまで流通した非加熱血液凝固第VIII・第IX因子製剤は本来血友病の治療薬であるが、止血効果が高く、新生児出血、帝王切開、交通事故など様々な治療に用いられたことが分かっている。この実態調査等に基づき、2002年に発足したC型肝炎等緊急総合対策では、当時の健康診査体制を活用して肝炎ウイルス検査を実施した。「老人保健法による肝炎ウイルス検査」は、老人保健法による基本健康診査の中に肝炎ウイルス検診が取り入れられているもので、40歳から5歳刻みで70歳までの年齢の人が対象の「節目検診」、および、それ以外の年齢で過去に広範な外科的処置を受けた方など、感染リスクの高い希望者を対象とした「節目外検診」 の二本立てで行われた。「政府管掌健康保険等による肝炎ウイルス検査」では、35歳以上からの5歳刻みと、感染リスクの高い希望者の二本立てとなっている。また、「保健所等における肝炎ウイルス検査」では、全国の保健所において、40歳以上の年齢の人に対し、 無料で検査を実施した。

2005年3月に「C型肝炎対策等に関する専門家会議」が設置され、2006年から感染症対策特別促進事業に肝炎診療協議会を各都道府県に設置を盛り込み、慢性肝炎を含む総合的な肝炎対策を充実強化した。2007年1月には「全国C型肝炎診療懇談会」でまとめられた「都道府県における肝炎検査後肝疾患診療体制に関するガイドライン」に基づき、各都道府県に肝疾患診療拠点病院体制が整備された。しかし、肝炎に対する訴訟において、国の責任を認める判決が相次ぎ、2007年11月には大阪高裁から和解勧告が出された。それを受けて、2008年1月には国会で薬害肝炎被害に対する国の責任が明記され、徹底した患者救済策の施行を求めている「薬害肝炎被害救済法」が成立した。これにより、肝炎ウイルスキャリア早期発見のための検査体制の整備、IFN治療に対する医療費助成などの施策が始まった。2009年に肝炎対策基本法が成立し、2010年1月から施行され、肝炎治療促進のための環境整備、肝炎ウイルス検査の促進、健康管理の推進と安全・安心の肝炎治療の推進、肝硬変・肝がん患者への対応、国民に対する正しい知識の普及、研究の推進の肝炎総合対策が施行されている。下記にその詳細を列挙する。

(1) 肝炎治療促進のための環境整備

肝炎治療に係る医療費助成を行っている。インターフェロン治療又は核酸アナログ製剤治療を必要とするB型及びC型肝炎患者がその治療を受けられるよう、医療費を助成する。

(2) 肝炎ウイルス検査の促進

○ 保健所における肝炎ウイルス検査の受診勧奨と検査体制の整備

・ 検査未受検者の解消を図るため、利便性に配慮した検査体制を整備する。

・ 出張型の検査を行うことにより、個別の受検機会を提供する。

○ 市町村等における肝炎ウイルス検査等の実施

・ 40歳以上の5歳刻みの方を対象とした肝炎ウイルス検診の個別勧奨を実施。

(3) 健康管理の推進と安全・安心の肝炎治療の推進、肝硬変・肝がん患者への対応

○ 診療体制の整備の拡充

・ 都道府県において、中核医療施設として「肝疾患診療連携拠点病院」を整備し、患者、キャリア等からの相談等に対応する体制(相談センター)を整備するとともに、国が設置した「肝炎情報センター」において、これら拠点病院を支援する。

○ 就労に関する相談支援体制の強化

・ 肝疾患診療連携拠点病院の肝疾患相談センター等において産業カウンセラー、社会保険 労務士などを配置し、就労に関する問題に対し、適切な情報提供や相談支援を行う。

(4) 国民に対する正しい知識の普及


○ 肝炎総合対策推進国民運動による普及啓発の推進

・ 多様な媒体を使用しての普及啓発や民間企業との連携を通じて、肝炎総合対策を国民運動として展開する。

(5) 研究の推進

○ 肝炎等克服緊急対策研究事業

・ C型肝炎ウイルス等の持続感染機構の解明や肝硬変における病態の進展予防及び新規治療法の開発等を行う、肝炎に関する基礎、臨床、疫学研究等を推進する。

○ 難病・がん等の疾患分野の医療の実用化研究事業(肝炎関係研究分野)

・ 肝炎感染予防ガイドラインの策定等、肝炎総合対策を推進するための基盤に資する行政的研究等を実施する。

○ B型肝炎創薬実用化等研究事業

・ 大規模スクリーニング等の創薬研究や臨床研究等、B型肝炎の新規治療薬等の開発等に資する研究を推進する。

疫学

我が国の一般献血者におけるHCV抗体陽性率は1-2%であり、それよりHCV感染者数は約150万人と推定されている。米国では人口の1.6%、400万人がHCV抗体陽性であり、世界全体では1.7億人のHCV感染者が存在すると考えられている。特に、モンゴル、エジプト、ボリビアなどは10%以上のキャリア率と言われている。全国の日赤血液センターにおける 初回献血者のデータに基づいて、2000年時点の年齢に換算して集計したHCV抗体陽性率は、16~19歳で0.13%、20~29歳で0.21%、30~39歳で0.77%、40~49歳で1.28%、50~59歳で1.80%、60~69歳で3.38%と高齢者で高い。HCV抗体陽性者にはHCVに持続感染している例とウイルスが既に排除された感染既往例が混在しており、約7割がHCV持続感染者(HCVキャリア) と考えられている。

一方、C型急性肝炎に関する疫学情報は少ない。本邦では、1999年4月に施行された感染症法によりウイルス性肝炎を診断した医師は全例保健所へ届け出ることが必要になり、現在C型急性肝炎は5類感染症に分類され、その発生状況が監視されている。1999年4月から2009年12月までの間に届け出されたC型急性肝炎723症例について、年別発生状況、年齢別分布、都道府県別報告状況、症状、感染原因・経路等について解析した。C型急性肝炎患者の年別発生症例数は、1999年136症例から2001年65症例と減少傾向が認められたが、それ以降2009年まで年間約30-70症例でほぼ横ばいに転じている。年齢別の報告数は、30代前半及び50代後半の2つのピークが認められた。都道府県別のC型急性肝炎の人口100万人あたりの報告症例数は、宮崎県(23症例)、高知県(19症例)、大阪府(14症例)、岡山県(13症例)の順に多く、一方全く報告が無い地域も3県あり、地域によって大きな偏りがあった。届出票の記載方法の改正により症状が補足しやすくなった2006年4月以降に報告された168症例に関してその症状について調べたところ、肝機能異常は86%の症例に認められ、全身倦怠感52%、黄疸34%、褐色尿19%、嘔吐11%、発熱11%の順で観察された。また、感染原因・経路別に分類したところ、原因不明62%、針等刺入22%、性的接触11%の順であった。このように、血液検査で肝機能異常が指摘されるまで診断が難しい症例が多く、感染原因・経路が不明な症例が過半数を占めていることからも、自覚症状が無く感染に気がついていない症例が多い可能性が強く示唆された。さらに、感染症法により届出が義務付けられているものの、必ずしも厳格に守られておらず、C型急性肝炎症例の実数は届け数をかなり上回ると推察される。このような急性肝炎の発生動向を全数把握できる制度は他国でも少なく、これらの情報は予防対策、啓発活動に大変有効であると考えられた。感染予防対策を構築する上でも、医療関係者に届出義務を周知する必要性があると考えられる。

我が国のC型肝炎患者のうち、輸血歴を有するものは3~5割程度であるが、現行のスクリーニングシステム実施下では、輸血その他の血液製剤による新たなC型肝炎の発生は限りなくゼロに近づいている。HCV感染に伴って急性肝炎を発症した後、30~40%ではウイルスが検出されなくなり、肝機能が正常化するが、残りの60~70%はHCVキャリアになり、多くの場合、急性肝炎からそのまま慢性肝炎へ移行する。慢性肝炎から自然寛解する確率は0.2%と非常に稀で、10~16%の症例は初感染から平均20年の経過で肝硬変に移行する。肝硬変の症例は、年率5%以上と高率に 肝細胞癌を発症する。40歳のHCVキャリアの人々を70歳まで適切な治療を行わずに放置した場合、20~25%が肝細胞癌に進展すると予測される。肝癌死亡総数は年間3万人を越えるが、その約8割がC型肝炎を伴っている。人口動態統計によると,2006年の癌(悪性新生物)死亡者数は329,314人で,そのうち肝癌による死亡者は33,662人,全癌死の10.2%を占めており、その約8割がC型肝炎を伴っている。死亡数は,男性では肺癌,胃癌についで肝癌は第3位,女性では胃癌,肺癌,結腸癌,乳癌についで第5位である。

病原体

HCVは一本鎖RNAウイルスで、フラビウイルス科の中でフラビウイルス属やペスチウイルス属とは異なるヘパシウイルス属に分類されている。HCVゲノムには主として6種類の遺伝子型に分けられている。電子顕微鏡での観察から、HCVは直径50~60nmの球状のウイルスで、外被(エンベロープ)とコア蛋白の二重構造を有するとされている。また、HCVは約9.6kbのプラス鎖RNAをゲノムとして持ち、約3,010アミノ酸からなるポリプロテインをコードできる一つの読み取り枠(open reading frame: ORF)を有している。この前駆体蛋白質から、細胞のシグナラーゼとウイルス自身がコードする2種類のプロテアーゼによって、ウイルス粒子を形成する構造蛋白(core、E1、E2、p7)とウイルス粒子に含まれない非構造蛋白(NS2, NS3, NS4A, NS4B, NS5A, NS5B)が産生される。ゲノムの5’末端には、ウイルス蛋白の翻訳調節に働く領域が存在している。この領域は、多様性の高いゲノム配列の中にあって、HCVクローン間で最もよく保存されており、HCV遺伝子検出に利用される。

臨床症状

A型、E型急性肝炎では突然の発熱で発症することが多いが、C型肝炎では全身倦怠感に引き続き、比較的徐々に食欲不振、悪心・嘔吐、右季肋部痛、上腹部膨満感、濃色尿などが見られるようになる。これらに続いて黄疸が認められる例もある。一般的に、C型肝炎ではA型やB型肝炎とは異なり、劇症化することは少なく、黄疸などの症状も軽い。慢性肝炎ではほとんどが無症状で、倦怠感などの自覚症状を訴えるのは2~3割にすぎない。気づかないうちに慢性の炎症状態が続き、血液検査で初めて肝機能異常を指摘されるケースも多い。肝硬変では倦怠感などの自覚症状の他に、クモ状血管腫、手掌紅斑、女性化乳房などの所見が認められることもあり、さらに非代償期に至ると黄疸、腹水、浮腫、肝性脳症による症状である羽ばたき振戦、意識障害などが出現するようになる。肝細胞癌を合併すると、初期は無症状であるが末期になると肝不全に陥り、他の癌と同様に悪液質の状態となる。

病原診断

C型肝炎の診断には血清抗体の検出と核酸・抗原の検出の2種類がある。一般的には、初めにHCV抗体検査が行われる。以前は非構造領域のNS4領域 (C100-3)を抗原とする抗体アッセイ系(第一世代)が用いられていたが、後にC100-3抗原、コア抗原、NS3領域の抗原を組み合わせて検出感度を上げた第二世代、さらにNS5領域の抗原も含めた第三世代の抗体アッセイ系が開発され、利用されている。抗体検出方法としては凝集法(PHA、PA 法)、酵素抗体法 (EIA法)、化学発光酵素抗体法(CLEIA法)などが用いられている。これらの抗体検査で陽性となった場合、(1)HCVに感染しているキャリア状態、(2)過去に感染し、現在ウイルスは排除された状態、の2つの可能性が考えられる。このようなHCVキャリアと感染既往者とを適切に区別するため、HCV抗体価を測定することと、HCV-RNAの検出検査を組み合わせて判断する方法が一般的に行われている。また、急性C型肝炎においてもHCV 抗体の陽性化には感染後通常1~3カ月を要する(ウインドウ期)ため、この時期の確定診断にはHCV-RNA定性検査が行われる。急性期にHCV抗体が検出されるのは50%以下であり、発症後3カ月目に90%、6カ月目にはほぼ100%陽性となる。HCV-RNA定性検査法としては、reverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)を利用したアンプリコアHCV-RNA定性法がある。本法は102 コピー/ml程度の感度を有する。また、ウイルスの増殖状態や治療の効果判定、経過観察などのためにHCV-RNAの定量を行う。方法としては、RNAの内部標準を使用したリアルタイムRT-PCR法、アンプリコアモニター法や分枝鎖標識DNAプローブを用いて定量する分枝鎖DNAプローブ(bDNA)法などが開発実用化されている。感度はリアルタイムRT-PCR法、アンプリコアモニター法、分枝鎖標識DNAプローブ法の順に低くなる。また、HCVコア抗原を検査する方法もあり、感度は分枝鎖標識DNAプローブ法と同等である。これはHCV粒子の構成蛋白を直接測定する方法である。

治療・予防

HCV感染の予防はまず感染経路を遮断する事であり、以前はHCVの感染経路のうち輸血によるものが5割を占めていたが、我が国では1989年世界に先駆けて献血時にHCV抗体をスクリーニングするようになってから激減した。しかし、極めて稀であるが抗体を調べる方法では検出できない肝炎ウイルスの存在が問題となった。これらの輸血後肝炎の原因の多くは、血清学的検査法の「ウインドウ期」に献血された血液によるものである可能性が指摘されたため、「ウインドウ期」血液に含まれる極めて微量のウイルスを検出する高感度な検査法として、核酸増幅検査(nucleic acid amplification test; NAT)が導入された。1999年、日本赤十字 社はHCV、HBV、HIVの遺伝子を調べるNATセンターを設立した。全国で献血された血液は各地の血液センターでスクリーニングされた後、血清学的反応で陰性の血液すべてを東京(大田区)、京都(福知山)、北海道(千歳)のNATセンターで核酸レベルの検査を行っている。 献血後24時間以内に各血液センターに通知し、陽性血液は輸血用血液から除外して安全性を高めている。

C型肝炎の治療は、病気の活動度や進行状態によって方法や効果が異なるため、治療薬や治療方針の選択については専門医による判断が必要である。最も有効性が確立している抗HCV薬はインターフェロン(IFN)である。1992年にIFN単独 24週療法にて著効率は10%程度であったが、2001年12月からリバビリン(RBV)との併用療法に医療保険が適用されるようになり、2004年のPEG IFN製剤・RBV併用療法の導入により、著効率は50%となった。さらに2011年9月に国内承認された最初のプロテアーゼ阻害であるテラプレビル(TPV)により、著効率は70%まで達する見込みである。しかし、IFN療法でウイルスを排除できなかった場合でも、肝炎の進行を遅らせ、肝癌の発生を抑制、遅延させる効果を示すこともある。また、IFN、リバビリン投与が無効で、ALTなどの肝酵素値が正常範囲を超えた高値の場合には、抗炎症療法(肝庇護療法)によって肝細胞の損傷や肝臓の繊維化を抑えることで、肝疾患の進行を防ぐ治療が行われる。

最近、欧米ではHCVライフサイクルの基礎的な知見に基づいてウイルス蛋白を直接の標的として開発されたDirect Antiviral Agents(DAA)の臨床試験が進行している。米国NIHの臨床試験登録ホームページによると、2010年10月時点で、約50のDAAの臨床試験が進行中で、プロテアーゼ阻害剤、ポリメラーゼ阻害剤、NS5A阻害剤が中心で、Phase IIIに6薬剤が進んでいる。単独投与で高率に生じる薬剤耐性変異を抑え、最大限治療効果を上げるために、標的の異なる複数のDAAを併用する臨床治験が進行中であり、最近日本で行われたプロテアーゼ阻害剤とNS5A阻害剤の併用投与試験ではほぼ全ての症例でSVRを達成している。今後、日本ではIFNに依存しない経口DAA2剤または3剤併用投与が主流になるものと考えられる。

予防法として最も有効と思われるC型肝炎ワクチンは、依然として実用化されていない。C型慢性肝炎患者の血液中には、HCV蛋白に対する様々な特異的抗体が産生されるものの、ゲノムの多様性やエンベロープ蛋白にアミノ酸が変異しやすい領域が存在することなどから、中和抗体は産生されにくい。また、感染に伴ってT細胞応答も惹起されるが、例えばB型肝炎などの場合と比べてウイルス特異的な細胞性免疫は誘導されにくいと考えられる。このようなことが要因となって、HCVは宿主の免疫監視機構から逃れ、高率に持続感染が成立するものと考えられている。

感染症法における取り扱い(2012年7月更新)

「ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)」は全数報告対象(5類感染症)であり、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出なければならない。

届出基準はこちら

(国立感染症研究所 ウイルス第二部)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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