注目すべき感染症 ※PDF版よりピックアップして掲載しています。
◆ 海外の注目すべき感染症 (2014年5月23日)
現在、海外ではいくつか注目すべき感染症が流行している。2012年以降、初めて探知・報告され、不明な点が多い中東の中東呼吸器症候群(MERS)や中国の鳥インフルエンザA(H7N9)などの新興感染症とともに、再流行あるいは拡大する恐れのある重篤なポリオやエボラ出血熱が、国際的に注目を浴びている。これらのウイルス性感染症に関して多くは特別な治療法は無く、ワクチンが確立しているのはポリオのみである。日本においても、これらの輸入例が発生する可能性に対して、継続的な監視、迅速な探知体制、院内感染対策の徹底、適時な情報共有などが重要である。本稿においては、直近の概要を提供することを目的とした。なお、FORTH(厚生労働省検疫所)サイトの「国・地域別情報」に国・地域別の感染症の流行状況、予防方法、体調が悪くなった場合の対応などの情報が掲載されている(http://www.forth.go.jp/destinations/index.html)。
●中東呼吸器症候群(MERS)
2012年9月以降、中東への渡航歴のある重症肺炎患者からMiddle East Respiratory Syndrome Coronavirus(MERSコロナウイルス)と命名される新種のコロナウイルスが分離されて以来、中東地域に居住または渡航歴のある者、あるいはMERS患者との接触歴のある者において、このウイルスによる重症呼吸器疾患の症例が継続的に報告され、医療施設や家族内等における限定的なヒト-ヒト感染が確認されている。WHOの報告によると2014年5月16日現在までに、中東呼吸器症候群(MERS)確定症例は614例(うち181例死亡)報告されている。多くは50歳近くの成人男性である。2014年3月以降、アラビア半島諸国を中心に初発例と院内感染症例を含む症例の報告が急増し、4月は過去最大の月間報告数を記録している。感染源と感染経路は依然として明確ではないが、持続的なヒト-ヒト感染はみられていない。しかし、アラビア半島諸国において医療従事者等への限定的なヒト-ヒト感染が多数報告されており、これに起因する輸入症例が欧州、北アフリカ、アジア(フィリピン、マレーシア)及び米国からも報告されている。
WHOは、国際保健規則(IHR)に基づく対応として、緊急委員会の開催(第五回2014年5月13日)を行い、現時点では、ヒト-ヒト感染は限定的で、深刻だが「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」には至っていないとの声明を発表した。ただし、この声明の中でWHOは、MERS患者及びその接触者の探知体制や患者に関わる対応を強化すること、院内感染対策を徹底すること、国際社会と迅速な情報共有を行うことを要請している。
日本においても、今後、輸入例が発生する可能性はある。医療従事者は、重症呼吸器疾患患者の渡航歴および接触歴を確認するとともに、標準予防策の徹底が必須である。確定例が発生した場合は、接触者等の確認を適切に行う必要があり、二次感染予防が重要である。厚生労働省は、平成24年9月以降、情報提供及び協力依頼、症例定義及び国内検査体制等に関する情報を発信している。平成26年5月16日には症例定義の更新等を行った。
○厚生労働省「その他の感染症(中東呼吸器症候群(MERS)について)」(症例定義、情報提供及び協力依頼情報等) http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/ ○厚生労働省検疫所「中東呼吸器症候群に関する注意」(注意点、リスクアセスメント、新着情報等) http://www.forth.go.jp/news/2014/05071434.html ○国立感染症研究所「中東呼吸器症候群(MERS)」 http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/hcov-emc/2186-idsc/2686-novelcorona2012.html
●鳥インフルエンザA(H7N9)
鳥インフルエンザA(H7N9)は中国から2013年4月に初めて報告された。2014年5月15日現在、少なくとも400例(うち150例以上の死亡)が中国本土および台湾・香港・マレーシアから報告されている(すべての症例において発症2~4日前に中国本土に居住または滞在していたことが報告されている)。症例は、浙江省、広東省、江蘇省、上海市で多く報告され、多くは50歳近くの成人男性である。軽症例も報告されているが、臨床像は、基本的には急速に進行する重症肺炎である。2013年2月から5月(「第一波」)と比べ、2013年10月以降(「第二波」)は、症例数の報告が増加し、2014年1月は過去最大の月別発症数を記録している。
持続的なヒト-ヒト感染はみられず、本年1月以降流行は減少傾向である。しかし、感染源と感染経路は依然として明確ではなく、中国から香港に輸入された家きんから鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスが検出される等、今後も慎重かつ継続した監視が重要である。これまでに感染した患者が報告された地域及びその近隣の地域では、今後も患者が発生することが予想される。鳥インフルエンザが懸念される地域への渡航者や、その地域からの帰国者が重症の急性呼吸器症状を発症した場合には、鳥インフルエンザへの感染も考慮すべきである。手洗いや咳エチケットを心掛け、流行地域においては、生きた鳥を扱う市場等へのむやみな立ち入りや、病気の鳥などに接触しないことが大事である。なお、日本全国の検疫所では、中国から入国される方に注意喚起カードを配付している(入国後10日間の健康状態を確認するとともに、インフルエンザ様の症状が出た場合、最寄りの保健所に中国への渡航歴と症状について電話で連絡し、相談するためのカード)。
○厚生労働省「鳥インフルエンザA(H7N9)について」(Q&A、対策・予防について、通知・事務連絡等) http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/infulenza/h7n9.html ○厚生労働省検疫所「鳥インフルエンザA(H7N9)の発生状況について」(新着情報、注意点等) http://www.forth.go.jp/news/2013/04041512.html ○国立感染症研究所「インフルエンザA(H7N9)」(リスクアセスメント、ウイルスおよび検査等に関する情報等) http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/a/flua-h7n9.html
●ポリオ
ポリオは、ワクチンで予防できる疾患のうち最も重要な疾患の一つである。ポリオウイルスは口の中に入り、腸で増加し、再び便の中に排泄され、この便を介してさらに他人に感染する。ポリオの世界的根絶は近いと期待されているが、シリアやパキスタンなど内戦が続き十分な予防接種率が達成できない状況などから野生型ポリオウイルスが国際的に拡大している。2014年には、現在ポリオ症例が発生している10カ国のうち3カ国から野生型ポリオウイルスの国際的な広がりが認められた〔中央アジア(パキスタンからアフガニスタン)、中東(シリアからイラク)、中央アフリカ(カメルーンから赤道ギニア)〕。
欧州地域でも警戒を強めていて、WHOは国際保健規則(IHR)に基づく対応として、2014年4月28日に緊急委員会の開催を行い、5月5日にポリオの国際的拡大について「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」を宣言した。WHOは現在、野生型ポリオウイルスの国外への伝播が発生していると思われるパキスタン、カメルーン、シリアには、徹底したワクチン接種や野生型ポリオウイルスの国外伝播防止活動を積極的に推奨している。また、野生型ポリオウイルスに感染した患者の報告があるが現在国外への伝播が認められていない国に関しても、具体的なワクチン接種活動を推奨している。
わが国では、感染症法によるポリオ患者の報告や感染症流行予測調査事業等に基づく複数のサーベイランスにより、野生型ポリオウイルスに感染した患者の発生が認められていないことを、疫学的・ウイルス学的に確認している。ポリオウイルスが日本国内に持ち込まれても、現在殆どの人がワクチン接種による免疫を持っており、大きな流行になることは考えにくい。しかし、現在の国際的拡大状況は、改めてポリオに関する予防接種の重要性が強調される。わが国では、2012年9月に単独の不活化ポリオワクチンと2012年11月に4種混合ワクチンが導入されており、定期接種対象者は必要な接種をしっかり受けてもらうと共に、流行国への渡航者は必要な情報や対応についてFORTH等より把握してもらいたい。
○厚生労働省「ポリオワクチン」(Q&A、資材、リーフレット、通知・事務連絡等) http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/polio/ ○厚生労働省検疫所「2014年05月07日更新野生型ポリオの国際的拡大のリスクに関してWHOが声明を出しました」 http://www.forth.go.jp/topics/2014/05071601.html ○厚生労働省検疫所「野生型ポリオの国際的拡大に関する国際保健規則(IHR)緊急委員会会議でのWHO声明」 http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2014/05071419.html ○国立感染症研究所「感染症流行予測調査グラフ」(ポリオ抗体保有状況、予防接種状況等) http://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/667-yosoku-graph.html
●エボラ出血熱
1976年に中央アフリカで発見されて以来西アフリカで初めてのエボラ出血熱の集団発生が発生しており、2014年3月以降、200例を超える症例が報告されている。エボラ出血熱は、死に至ることが多い重篤な感染症であり、発症した患者の血液、唾液や排泄物(あるいは汚染された物や感染した動物)に直接触れた時感染する。2014年5月15日現在、WHOの報告によると、ギニアで臨床的にエボラウイルス疾患患者であるとされた累計症例数は248例(うち死亡171例)である。リベリアでは、本年3月に臨床例が報告されてから、現時点での最終検査確定例の発症日は4月6日である。
リベリアとシエラレオネとの国境付近で感染が起きていることから、感染拡大の懸念もあり、慎重かつ継続した監視が重要である。また、集団発生時には、保健医療従事者の感染も稀ではなく、医療機関を始めとする徹底した感染防止策が求められている。WHOは国際機関等と連携し、疫学調査や感染症対策等に関し両国政府への支援を行っており、国際協力の一環として日本の専門家も派遣されWHOミッションに参加している。
○厚生労働省「WHOミッションへの日本人専門家の参加」 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000045129.html ○厚生労働省検疫所「西アフリカでエボラ出血熱が発生しています」(新着情報、ファクトシート、背景とサマリー等) http://www.forth.go.jp/news/2014/04231037.html ○国立感染症研究所「感染症の話」 http://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/342-ebora-intro.html
国立感染症研究所感染症疫学センター 有馬雄三 金山敦宏 伊東宏明 河端邦夫 加藤博史 山岸拓也 松井珠乃 高橋琢理 砂川富正 大石和徳
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