(IASR Vol. 33 p. 303-304: 2012年11月号)
2012年9月22日、カタールよりイギリスロンドンへ搬送され、集中治療を行っていた49歳男性患者より、新種のコロナウイルス遺伝子が発見された。これは76(*)月にサウジアラビアで急性肺炎および腎不全により亡くなった60歳の患者から分離されたコロナウイルスの遺伝子配列とほぼ一致していた。現在この2例が本ウイルスの発生例とされている。発見者のZakiらはこのコロナウイルス(human coronavirus: HCoV)をHCoV-EMC(for Erasmus Medical Center)と呼んでいる。
サウジアラビアの発生例では、患者は呼吸器症状を示し76(*)月13日に入院、2日後の胸部X線で両肺野の浸潤影を認めた。集中治療室で抗菌薬やタミフル投与など治療を受けたが、入院後11日の76(*)月24日に亡くなった。入院後1日目に採取した喀痰より、Vero細胞およびLLC-MK2細胞を用いてウイルス分離に成功している。CPEとしては細胞のroundingと細胞融合が観察されたと報告されている。インフルエンザを含めたほとんどの急性呼吸器ウイルスに対する遺伝子検査はすべて陰性であり、唯一コロナウイルス共通プライマーのみが陽性を示した。治療にあたった医者や看護師の間で後に症状を示したものはいなかった。スタッフに対する抗体調査等は行われていない。
カタールの発生例においては患者の経過が詳細に報告されている。患者は2012年7月31日~8月18日にかけてサウジアラビアに滞在していた。7月14日頃からいったん鼻水過多および発熱を発症したが、そのままカタールへと空路で移動した。カタール到着3日後の8月21日には回復している。カタール滞在中はラクダ、ヒツジを飼っている農場に滞在していたが、これらの動物との直接接触は無かったと報告されている。9月3日に中等度の呼吸器症状を訴え、6日後に入院が必要となり、9月11日には人工呼吸器が必要となった。9月12日にカタールからロンドンへ搬送され、集中治療を行うこととなった。この際に急性腎機能障害が見つかっている。9月20日に別の病院へ搬送され、体外式膜型人工肺(ECMO)による呼吸補助が行われた。10月2日時点において、容態は安定しているがECMOによる管理が必要であるとのことである。カタールの例ではウイルス分離は成功していない。しかし、鼻咽頭スワブ、喀痰、深部気管吸引液において遺伝子検出に成功したと報告されている。
カタールの例では、患者はサウジアラビアへの渡航歴はあるが、直近の呼吸器疾患を発症する前に16日間カタールに滞在しているため、カタールで感染を受けたと考えるのが妥当である。サウジアラビア滞在中に1度鼻風邪を発症しているが、カタールでの発症より2週間前に寛解している。また、この患者と接触のあった64人の追跡調査も行われた。このうち8人は家族や友人であるが、呼吸器症状を示したものはいなかった。56人は医療関係者であり、うち13人が呼吸器症状を示し、これらは症状が回復するまで自宅待機をしていた。患者と接触した後具合が悪くなり、入院した者が1名いたが、コロナウイルス共通プライマーによるRT-PCRの結果は陰性であった。呼吸器症状をみせた13名のうち10名について新型コロナウイルス特異的検査を行ったがすべて陰性であり、他の呼吸器ウイルスの調査も行ったところ、1名からライノウイルスが検出されたと報告されている。
2002~2003年にかけて発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)は全世界で8,098名の感染者および 774名の死者を出した。原因ウイルスは当時で全く新種のコロナウイルス(SARSコロナウイルス)であったが、SARSコロナウイルスはキクガシラコウモリが持つコウモリコロナウイルスを起源とすることが明らかとなっている。SARSコロナウイルスはコウモリコロナウイルス間の組換えによって誕生し、ハクビシンなどの中間宿主を経由してヒトに感染するようになったと想定されている。今回サウジアラビアで分離された新型コロナウイルスは全遺伝子配列が解析され(GenBank:JX869059)、ベータコロナウイルスの2cグループに属するコウモリコロナウイルスと近縁であることが明らかとなった。この新型コロナウイルスは既知のコウモリコロナウイルスの中ではHKU4およびHKU5と近縁であると報告されている。自然宿主および感染経路は依然として不明であり、詳細な調査が必要である。
SARSコロナウイルスは最初の発生よりしばらくは散発的な発生であったが、2カ月ほどたってから爆発的な流行をみせた(図1 : http://www.who.int/csr/sars/epicurve/epiindex/en/index1.html)。特にスーパースプレッダーと呼ばれる特定の患者による感染の拡大が脅威となったほか、医療関係者を介した拡散も目立った。しかし、新型コロナウイルスは現時点ではヒト-ヒト感染の可能性は低く、危険度は低いと考えられており、WHO による渡航制限勧告もされていない。9月26日にデンマークで5例の疑い例が発生したが、これはインフルエンザBであることが判明した。さらに10月8日には香港でサウジアラビア渡航歴のある4歳患児の疑い例が発生したが、これもインフルエンザA(H1N1)pdm09であり、このようなインフルエンザ症例の紛れ込みが多数発生すると予測されている。しかし、サウジアラビアでは10月末にハッジ(Hajj)と呼ばれるイスラム教徒のメッカ大巡礼が行われ、何百万という人々がサウジアラビアを訪れる予定である。従って新型コロナウイルスもSARSコロナウイルスと同様に急激に流行が拡大する懸念が依然として残っており、今後の動向について注視する必要がある。
本ウイルスに関する症例定義など詳細な情報については、国立感染症研究所ホームページ内特設ページ「コロナウイルス(HCoV-EMC)重症感染症」を参照されたい(http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/hcov-emc/2186-idsc/2686-novelcorona2012.html)。
出 典
Promed mail. Archive Number: 20120920.1302733, Available from: http://www.promedmail.org/?p=2400:1000
Euro Surveill. 2012;17(39):pii=20285, Available online: http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20285
Euro Surveill. 2012;17(40):pii=20292, Available online: http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20292
Euro Surveill. 2012;17(40):pii=20290. Available online: http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20290
N Engl J Med 2012. DOI: 10.1056/NEJMoa1211721. http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1211721?query=featured_home&
国立感染症研究所ウイルス第三部 白戸憲也 松山州徳
(*) 2014/7/24訂正. 誤)7月 正)6月.