国立感染症研究所

 

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富山県で初めて確認され, 極東紅斑熱と推定された紅斑熱群リケッチア症の1例

(IASR Vol. 45 p64-65: 2024年4月号)
 

日本紅斑熱はRickettsia japonica(Rj)によるマダニ媒介感染症で, 発熱, 発疹, 痂皮(マダニの刺し口)を3主徴とする。治療にはテトラサイクリン系の抗菌薬が有効だが, 重症化し死亡する例も散見される。日本紅斑熱は感染症法上の4類感染症に指定されており, 診断した場合には直ちに届出が必要である。日本紅斑熱は西日本を中心に発生しており, 富山県の近隣県でも少数ながら症例が確認されていたが, 2022年まで富山県では確認されていなかった。Rjの属する紅斑熱群リケッチア(spotted fever group Rickettsiae: SFGR)には多数の種が含まれており, 病原性不明の種も多いが, 病原性を持つ種も複数報告されている。Rj以外のSFGRによるリケッチア症も国内で複数報告されているが, 日本紅斑熱とロッキー山紅斑熱以外のSFGR感染症は感染症法上の届出対象になっていない。なお, SFGR感染症の臨床症状, 経過, 治療法は日本紅斑熱と同様である。SFGRの1種であるR. heilongjiangensis(Rh)による極東紅斑熱1)は, イスカチマダニ(Haemaphysalis concinna)によって媒介され, ユーラシア大陸の極東部で発生しているが, 国内では2008年に宮城県で初めて症例が報告された2,3)。2007年に青森県で報告された症例も極東紅斑熱であった可能性が高いとされており4), 日本紅斑熱の報告が少ない地域においても類似のSFGR感染症例が発生する可能性がある。今回, 富山県で初めてSFGR感染症の確定診断に至り, さらに極東紅斑熱であったと推定される症例が確認されたため, 報告する。

症例は50代女性, 2023年5月4~6日にかけて富山県内平野部の公園および水田地帯をイヌとともに散歩した。5月7日朝に左肩の違和感を自覚するとともに, 左肩を刺咬しているマダニを発見し, 自己にて除去したのち, 虫体を保存していた。5月8日に近医皮膚科を受診し, 刺咬部位をパンチ生検されたが咬器の残存は認めなかった。同日夜から発熱を認め, 5月10日に近医内科を受診した。血液検査では血算は正常であり, 感冒の診断で解熱薬を処方された。しかし, 5月12日から腹部に皮疹が出現し, 次第に四肢へ拡大した。その後も発熱は持続し, 症状の改善に乏しく, 5月15日に富山大学附属病院皮膚科を受診し, リケッチア症が疑われたため, 同感染症科に紹介入院となった。受診時には発熱(38.2℃), 体幹部から四肢全体に散在する小紅斑, 左肩にパンチ生検後の瘢痕を認め, 瘢痕部を含めて再度皮膚生検を実施した。血液検査では肝機能障害, 白血球減少, 血小板減少と炎症反応高値を認めた。診断のため入院時に採取した全血, 瘢痕周囲の皮膚, および持参されたマダニ虫体を富山県衛生研究所(富山衛研)へ搬入した。入院後よりミノサイクリン(MINO)投与を開始したところ, 速やかな解熱とともに血液検査所見も正常化し, 紅斑も消退傾向となったため, MINO内服は継続のうえで5月20日に退院となった。

富山衛研におけるリケッチア症の検査は, 初めにSFGRおよびOrientia tsutsugamushi(つつが虫病の病原体)を対象としたreal-time PCR法5)を実施する。前述のとおりSFGRには多数の種が含まれているため, real-time PCR法でSFGR遺伝子が検出された場合には, 追加検査としてSFGRの17kDa共通抗原およびクエン酸合成酵素(gltA)の遺伝子領域を対象としたコンベンショナルPCR法5)およびダイレクトシーケンスを実施し, 系統樹解析によりリケッチア種を同定している。さらに, 必要に応じて間接蛍光抗体法を用いたSFGRに対する抗体検査も実施している。なお, SFGRに含まれる種は互いに強い血清交差反応を示すため, 血清診断では原因リケッチア種を特定することはできない。

今回の症例初回検査では, 入院日に採取された血液および皮膚, 発症前日に患者から採取されたマダニ虫体(イスカチマダニと同定)について, real-time PCR法5)で解析したところ, マダニ虫体からSFGR遺伝子が検出された。一方で, 初回の検査では患者材料からSFGR遺伝子は検出されなかったため, 間接蛍光抗体法による抗体検出を試みることにした。5月10日近医内科受診時および5月29日再診時のペア血清でRjに対するIgM抗体の陽転化が確認されたため, SFGR感染症の診断となった。6月29日に採取された血清でRjに対するIgG抗体の陽転化も確認された。さらにマダニ虫体から検出されたSFGRのリケッチア種を同定するため, 2つの遺伝子領域(17kDa, gltA)に対するコンベンショナルPCR法5)およびダイレクトシーケンスを実施した。その結果, gltA領域ではRh・Rjともに100%(436/436bp)一致し, 17kDa領域ではRhと100%(479/479bp)一致, Rjと99.37%(476/479bp)一致となり, マダニから検出されたSFGRはRhであると同定された。したがって, 本症例は極東紅斑熱であったと推定された。患者材料からのRh検出を目的に, 5月8日および5月15日に採取された皮膚の病理用パラフィンブロックを追加で入手した。これらを用いてreal-time PCR法を実施したところ, SFGR遺伝子が検出されたが, 遺伝子量が少なかったためかコンベンショナルPCR法では陰性であり, シーケンスは実施できなかったことから, 極東紅斑熱の確定診断には至らなかった。

極東紅斑熱は, 2008年8月に宮城県で国内初の症例が確認され, その後行われた野外調査では, 本症例と同様にイスカチマダニからRhがPCRで検出されるとともに細胞培養でも分離され, 17kDa, gltA, ompAのいずれの遺伝子領域においても患者材料から得られた遺伝子配列と完全に一致していることが確認されている6)。イスカチマダニに関する日本国内での生息情報はいまだ極めて限定的だが, Rh陽性となったイスカチマダニが収集された環境は, 従来よりRjを有するマダニ類の生息が確認されていた山林等と異なり, 日差しを遮るもののない都市部の河川敷であった2)。本症例も確定診断には至らなかったが, 山林ではない平野部の公園および水田地帯を散歩中におそらく付着したイスカチマダニからRhが検出された。イスカチマダニの生息場所は河川敷等の開けた環境であり, その生息密度が低いことから, ヒトがRhを保有するイスカチマダニに刺咬される機会は少ないと考えられる。しかしながら, イスカチマダニが生息している場合には, 極東紅斑熱症例が発生する可能性を否定できない。イスカチマダニは北方系のマダニであるため, 日本紅斑熱の報告の多い温暖な地域では, 極東紅斑熱が発生する可能性は低いと考えられた。一方, これまで日本紅斑熱の報告がない, あるいは少ない北日本(少なくとも富山県以北)ではイスカチマダニが生息し, 同様の患者が発生している可能性があり, 今後, Rhを保有するイスカチマダニの分布を明確化するなど, 情報の蓄積が求められる7)。なお, RhとRjは遺伝学的に極めて近縁で, ゲノム全体でも99.2%の相同性があると報告されている6)。そのため, Rjを特異的に検出する目的で設計されたプライマー(Rj5/Rj10)を用いたPCR法でRhも検出される5)。したがって, Rj5/Rj10のPCR陽性で, シーケンスを実施せずに日本紅斑熱と診断された症例の中には, 極東紅斑熱症例が含まれている可能性がある。また, シーケンスを実施していたとしても, 対象とした遺伝子領域によってはRhとRjを鑑別できない可能性がある。富山県の症例においても, 17kDa領域ではRhとRjを鑑別可能であったが, gltA領域では2種を鑑別できなかった。したがって, RhとRjの鑑別が必要な場合には, PCRの対象領域に多様性の高いompA領域を加える等の対応が望ましいと考えられた。

本症例により, 主なダニ媒介感染症であるつつが虫病に加え, 2021年まで富山県内で報告がなかった重症熱性血小板減少症候群, SFGR感染症が, 2022年, 2023年にかけて立て続けに報告されることとなった。本症例では, 患者自身がマダニ虫体を保管していたことや, 受診した各医療機関で保管・提出されていた検体を可及的に収集できたことが正確な診断につながったと考えられる。本症例は, 当初搬入された患者検体からはSFGR遺伝子は検出されておらず, 同時に搬入されたマダニ虫体から遺伝子が検出されたため, SFGR感染症と判明した。マダニ虫体が入手できた場合には, 患者検体のみならずマダニ虫体に対しても遺伝子検査を行うことが推奨される。

本症例ではマダニ咬傷の発見からMINOでの治療開始までに8日間を要しているが, 重症化はきたさなかった。しかし, 日本紅斑熱症例では重症化の報告も散見されており, 引き続き, 各医療機関の医師・獣医師を含めた医療従事者に対してダニ媒介感染症を疑う場合には, 鑑別診断のための各種検体採取, 検査提出を徹底し, リケッチア症が強く疑われた時点で速やかにテトラサイクリン系抗菌薬での加療を開始することが望まれる。

 

参考文献
  1. Fournier PE, et al., J Clin Microbiol 41: 5456-5465, 2003
  2. 安藤秀二ら, IASR 31: 136-137, 2010
  3. Ando S, et al., Emerg Infect Dis 16: 1306-1308, 2010
  4. IASR 41: 133-135, 2020
  5. 国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル リケッチア感染症診断マニュアル 令和元年6月版
    https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Rickettsia20190628.pdf
  6. 笠間健太郎ら, IASR 41: 142-143, 2020
  7. 安藤秀二, IASR 41: 141, 2020
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